【君がこの手を選ぶなら】


 振られた、そう言った次の瞬間新八はボロボロと涙を零し始めた。
 驚いたのは告げられた沖田の方だ。
 言葉にしたことで、改めて現実を実感してしまったらしい。

「うわ、えっと、あれ……? なんで、こんな」

 沖田がかける言葉も見当たらないまま凝視していると、そこでようやく頬を伝う涙に気づいたらしい新八が慌て始めた。
 手で涙を拭うが、あまり意味はない。
 新八の瞳からは次々と涙が溢れているのだから。

「ごめ、なさ……ちょ、っと、止まん、な」

 慰めの言葉なんて知らない。
 優しい言葉なんて、持っていない。
 けれど、困ったような顔で泣き続ける新八を放っておくのも出来なくて。
 手が伸びたのは、それが理由だ。そういうことにしておく。

「お、き……?」
「泣きなせェ」

 こうすりゃ俺にも見えねェから。
 抱き寄せた頭を胸元に押しつけながら囁く。
 暫くすると固くなっていた体から徐々に力が抜け、その肩が小さく震え始めた。
 新八の嗚咽は、何もかもを堪え胸の奥にしまいこむかのように小さなものだった。

 新八の手は、遠慮がちに沖田の服の裾を握っている。
 縋りついてくれればいいのに。
 自分ばかりが背中に手を回しているなんて、まるでこの想いをそのまま体現しているようだと思った。
 伝わらない。
 それでいて手放せもしない。

 なぁ、俺の手を選べばいい。
 それなら、こうやって泣かせたりしないのに。
 痛いことからも哀しいことからも、全てから遠ざけて守ってみせるのに。

 胸の内で言いながら、抱きしめる腕に力を込める。
 結局、口に出来ない。
 告げて、否定されたら。拒絶されたら。
 今までのように口を利くことも叶わなくなったら。
 そんな思いが頭をもたげ、喉を塞ぐ。

 本当は、分かっていた。
 告げられない時点で、この手が選ばれる日など来ない、なんてこと。
 少しだけ泣きたい気持ちになりながら、沖田は新八の髪にそっと頬を寄せた。


END


 

 



Web拍手掲載期間→2009/4/26〜8/31

 

 

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