少年とくろ。【霧雨の真昼】
※新八12歳、高杉23歳前後





 田舎に行きましょうか。

 外は、霧のような雨が降っている。
 その雨に紛れる様にぽつりと、新八が言った。

 戸口にもたれかかって雨を眺めていた高杉は、一拍間を置いてから振り返った。
 窓がない室内は、昼間でも薄暗い。今日のように天気が悪ければそれは尚更だ。
 新八は、高杉からやや離れた場所に座り込んでいた。開け放ったままの戸から入り込む光が、届くか届かないかギリギリの場所。
 板張りの床だというのに律儀に正座をしている。
 足が痛くなりそうだな、と思った。
 成長期途中の手足は細く、枯れ枝のような印象だった。
 切れ切れに聞いたことのある事情から、飢えるまではいかなくとも碌な食生活ではないのだろう。

 小柄で折れそうな体だけれど、その芯は決して脆くはない。
 今も。
 新八は高杉の視線を受けとめ、ふっと笑ってみせた。

「田舎に行きませんか、一緒に」
「……俺とか?」
「他に誰がいるんです」

 今度は苦笑。
 高杉は体の向きを変え、戸に背を預けた。
 きしり、歪むような音が鳴る。
 続きを話せ、と目で促せば新八は少し遠くを見るような目になり。

「誰もいない田舎に行って、自給自足で暮らすんです」
「世迷い言だな」
「そうですね。でも、楽しそうだと思いませんか?」

 ……捨てられねえくせに。
 言おうとしたが、面倒になって口を開かずに終わる。
 高杉が返事をしないのはいつもの事だからか、新八は気にした様子もなく言葉を続けた。

「川で魚を釣ったり、山菜を摘んだり、ああそうだ畑も作らないと。冬は雪かきに忙しいですよ、きっと」

 ごっこ遊びのような空想を、嬉しそうに話す。
 ありもしないのに。
 ありえもしない事なのに。
 その目は、楽しそうだった。
 楽しそうに煌いていて、けれど。
 どうしようもない寂しさに満ちていた。

 誰にも拭いきれない、孤独。
 これから先、どう生きようと、何があろうと。
 不幸の底に落ちようと、幸福の絶頂にいようとも、きっとずっとその孤独感は消えない。
 一度ぽかりと空いた穴は、ずっと存在し続けるのだ。
 ……その胸の内に。

「そんで? 雨の日は寝てんのか、こうやって」

 座り込み、ごろりと寝転がる。
 頭は当然のように、新八の膝に乗せて。
 新八は驚いたようだったが、否を訴えることもなく。

「足伸ばせ。高ぇ」
「猫ですねえ、ホント」

 高杉の注文に、言われるままに足が伸ばされる。
 それに満足して、高杉は目を伏せた。
 新八は、笑っている。
 指がふわりと、高杉の髪に絡んだ。
 遊ぶような指の動きに、猫はテメエだろうが、と思った。
 髪にじゃれる猫。

 まどろみの淵を漂いながら、新八の言葉をゆるりと反芻した。
 山里深く、誰も訪れない場所で。
 巡る季節に身を任せて、日々を穏やかに過ごしていく。
 二人きり、世界の片隅で点滅する光のように。
 それも悪くないな、と。

 決して訪れることのない未来だと分かっているからこそ、静かにそう思えた。
 先の道行きなど、誰にも見えはしない。
 けれど、この子供じみた言葉だけが絶対にありえないものだということだけはハッキリしていた。
 新八にもそれは分かっているのだろうと、何となく思った。

 昼の光は、宵闇よりも余程性質の悪い幻を見せるのだ。
 だから。


 忘れろよ。
 霧雨が見せた、儚い幻だと。
 そう、思え。




END



 

 

 


Web拍手掲載期間→2007.5.26〜2007.10.30

拍手お礼というか…10回連続押しの後に出るやつとして設定してた代物。
勢いで高新。
沖新に引き続きまたマイナーというか接点ねえなあああ! っていう。
寂しい感じが出ていれば成功。

 

 

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