だから君と約束を




 約束、というものは。甘やかで、そのくせ容赦のないどこか残酷な楔なのだ。
 だから、今日もまた。

「新八ィ」
「はい?」
「次は、ターミナル近くに出来た甘味屋な」

 別れ際に、何気なく次の約束を取り付ける。
 些細な口約束。

「いいですよ」
「お、素直な返事だなァ」
「沖田さんの紹介してくれるお店って、結構僕の趣向にも合うんで」
「惜しい」
「は? 何がですか」
「そこはにっこり笑って沖田さんが好きだからです、とか言っていい場面だろうがよォ」
「何の話?! いや人のセリフも感情も勝手に捏造しないでくださいよ!」

 ツッコミのテンポは今日も良好。
 気に入った音楽を聞いてでもいるかのような気分になって、思わず笑う。
 声を荒げた新八だが、次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。その一見淡白にも取れるような潔さもまた、沖田の好む所だった。

「まぁでも、楽しいんですよね。沖田さんといるの」
「ふ〜ん?」
「こう何度も誘ってくれるって事は、沖田さんもつまらなくはないんでしょう?」

 口調は質問でありながら、答えを確信しているような顔。
 万事屋の地味眼鏡(役割・ツッコミ)だと思っていた頃には見た事もなかった、意外と強気な姿勢。

「まぁ、そういう事にしといてやらァ」
「素直じゃないですね。でも素直な沖田さんっていうのも気味悪いか」
「失敬な。俺ほど正直に生きてる奴も今時いねえぜィ」
「ああ、まあそうですよね。事自分の欲望に関してはね」

 よくサボって昼寝してますしね、などと言いながら寄越される視線は冷たい。
 決して恵まれているとは言い難い環境に育ちながら、新八は驚くほど真面目で融通が利かなかったりする。(ちなみに志村家の生い立ちは近藤が聞いてもいないのに語ってくれたので知らず覚えてしまった)
 姉一人弟一人で育ってきたとか、物心着いた時には剣の道を志していたとか、境遇だけを見れば似通っている部分がなくもない、というのに。その性格は全くと言っていいほどに共通点がなかった。
 だからこそ、共に行動出来ているのかもしれないと思うが。
 同族嫌悪、だなんてよくある話だからだ。

「ともかく、約束したぜィ」
「はい、約束されました」

 念を押した沖田に、新八は笑いながら頷く。
 新八は時折、些細な事で楽しそうにしたりする。軽口の応酬だったり、出掛ける途中で寄り道したり、今のように約束を交わしたり、そんな時に。
 置かれている環境が環境だからか、周囲に殆どいない同じ年頃の人間との付き合いが楽しいのだろう。

 そんなだから、俺に付け入られるってのになァ。
 声には出さず、口の中だけで呟く。音にしなかった理由はごく単純なもので、単に手札をむざむざ晒す気がなかっただけだ。
 飄々としている、と称される事の多い沖田だがある程度の狡猾さは持ち合わせている。巧妙に隠されたそれに気付く人間が少ないというだけの話だ。
 まして、新八に対する時の沖田は殊更自身の持つ牙を隠しているのだから。

「なァ」
「はい?」
「駄菓子屋、寄って帰ろうぜィ」
「またですか。別にいいですけどね。付き合いますよ」
「渋い顔すんなィ。チョコバットの当たりが出たらやるからよ。あ、ヒットの時な。ホームランはやらねェ」
「いらねえよ! どんだけ通い詰めてんだアンタ!」
「ホームラン王の名は誰にも渡さねェぜ」
「だからいらないから。そもそも駄菓子でホームラン王ってどうなのって話だから」
「駄菓子を馬鹿にする奴ぁ駄菓子に泣くんだぜィ」
「誰も馬鹿にはしてませんよ……」

 疲れたように呟く新八の肩を押し、駄菓子屋方面へ向けて歩き始める。
 押されるままに歩き出すのを見て、愉悦感にも似た感情が胸の内に渦巻くのを感じた。
 逆らわない、疑わない、信頼されている。ただそれだけの事に、背筋がぞくりとするような。

「新八ィ」
「何ですか」
「約束、したからな。忘れんなよ」
「分かってますって。破った事ないでしょう、僕」
「そういや、そうだなァ」

 感心したように呟くと、新八はでしょ、などと言いながら笑った。
 楽しげに笑う顔を見ながら、気付く。
 約束という名の楔に捕われていたのは、己も同様だったのだという事に。柔らかくて甘い、抗いがたい誘惑のような鎖。
 自分と相手が、離れていても極小の糸で繋がっている。その証が、約束。

「沖田さん、どうかしました?」
「……何でィ、いきなり」
「いや、何か嬉しそうに見えた気がして」
「じゃあ、そうかもしれねえなァ」

 言って、くくっと笑った。新八不思議そうに首を捻っている。急に機嫌が良くなった(ように見える)沖田を不審に感じているのだろう。それを見ながら尚、沖田は笑っていて。
 やられたなァ、と思う。付け入っていたつもりが、気付けば同様に踏み込まれていただなんて。
 読めない展開に驚きはしたものの、沖田の心中に広がるのは苦い感情ばかりではなかった。
 どころか、面白いとさえ思えてしまう。
 それは多分、この縁を手放す気など毛頭ないからで。
 泣かれても喚かれても詰られても、離してなんかやらねェ。
 だから、きっと次もまた。

 予感なんて易しいものではなく、予想なんて温いものではなく、限り無く確定に近い未来を思う。
 性質の悪い中毒のように、この関係に固執している。それすら悪くないとさえ考えてしまう。
 だから、きっと次も。


 約束を、交わすだろう。



END

 

 

祝・銀魂話30本!(拍手とブログ文は除く)
いやあ、あからさまに沖新に偏った状態で30本ですよ。
ありがとうございまーっす! 沖新万歳!!
そして気づいた衝撃の事実。ひじかたさんをいちどもかいたことがないよ。
ど、どんだけぇぇぇ!


UPDATE 2007/11/6

 

 

 

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