冷えた手を口実に 「さむ……」 吐いた息が白く染まり、ほわりと空気に溶けていく。紛うことなく季節は冬。 手袋を忘れたことに気付いたのは、手が冷たくなってきた頃の事だった。 冬休み明け、最初の登校日ということでバタバタしていた所為だろう。 しまったなあ、と思いはするが忘れてしまったものはどうしようもない。家からそう離れていない距離ならば戻ったかもしれないが、今から戻れば確実に遅刻してしまう。 新学期早々遅刻することを考えれば、冷えた手を我慢するしか選択肢はなかった。 体温が下がり赤くなってしまった手を口元に宛て、はあっと息を吐きかける。一瞬で霧散していく熱は気休めにしかならないと分かってはいたが、少しでも暖が欲しかった。 川原に差し掛かり、前方に見慣れた頭を見つける。明るい栗色の髪に、寒さの所為か少しだけ背筋を丸めて。足取りがのろのろとだるそうなのは、十中八九眠気の為だろう。 新八は特に足を早める事はなかったのだが、のんびり歩く沖田には程なく追いついた。 「おはようございます、沖田さん」 「んー、おお、新八かィ」 「眠そうですね、相変わらず」 隣に並び、苦笑しながら言う。 それでも今朝は亀の歩みながらも歩いているだけまだマシなのだ。登校途中だというのに道端で堂々とアイマスク装着して寝ている姿も珍しくない。 そうしてそれを起こすのは最近では専ら新八の役目だった。 以前は近藤や土方、時折山崎などがその任を負っていたはずなのだが気付けば新八が沖田を起こすことが多くなっている。特に打ち合わせたわけでもないのだが、自然にそうなっていた。 近藤は愛の狩人(と書いてハンターと読む)と称してお妙を追いかけているからだろうし、土方は沖田と顔を付き合わせると色々とストレスが溜まるのだと溢しているのを以前耳にしたことがある。山崎は立場としては沖田より下らしいから、言いにくいこともあるのだろう。 そんな諸々の理由から、気付けば新八は「沖田係」になっていた。不可抗力だ。だがそれが心の底から嫌という訳ではないのだから、自分でも救いようがないと思う。 「この世から朝なんざ消えてなくなっちまえばいい」 「ちょ、恐ッ! 何新学期の朝早々にブラックな発言ぶちかましてんですか!」 「ついでに土方マヨラーも消えちまえばいい」 「あああもう、新しい年になっても沖田さんは沖田さんだっていうのはよく分かりましたからっ」 眠そうな顔はそのままに沖田節全開な発言に新八は思わず額を押さえる。 新年だろうと新学期だろうと、たかだかそれぐらいの事で沖田が変わるわけもない。 「あー、そうだなァ。どうせ消えるんならいっそ俺と新八だけ残して全部消えてなくなりゃいいんだ」 「まだ言うか。朝から物騒な事言ってないで、もう少し」 早く歩いてくれないと、この速度では遅刻してしまう。 そう続ける筈だった言葉は。 「本気だぜィ? 俺には新八だけでいい」 それまでの眠そうな顔が嘘のように、まっすぐと己を見つめながら言う沖田の言葉に遮られ、言い切ることが出来なかった。 静電気が走った時のように背筋がぴしりと震える。 朝の光には到底似つかわしくない、そぐわない言葉と表情。けれど沖田の真剣さは痛いほどに伝わってきて。 この人のオンオフスイッチはどこにあるんだろう、なんて関係ないことに思考を逃避させてしまったりした。 つい一瞬前までは眠そうな、明らかにオフモード全開だった筈なのに。どこをどうすれば、瞬時に殺し文句も甚だしい台詞を吐けるように切り替われるのだろうか。 直ぐに言葉を返せなかったのは、こういうシチュエーションに慣れていなかったからだ。 何を言っていいか、どうすればいいのか分からない。 「ま、今はとりあえずこれでよしとしとくか」 逡巡する新八に気付いたのだろうか、沖田はそう言って眦を緩めた。 これで、って何がですか。 新八が問うより早く、沖田の手が新八の手を浚うように掴んでいた。今までポケットに突っ込まれていた手は、暖かかった。 驚いて瞬きをしている新八に、沖田はにやりと笑って。 「冷てェなァ。真っ赤になってんじゃねェか」 「って、これじゃあ沖田さんの手が冷えますよ。離してくれていいですから」 「やーだね。恋人つなぎは自重してやってんだから、大人しく手ぐらい握らせろィ」 控え目に主張したが、沖田は聞き入れる様子もなく。 男同士で手つなぎ登校はどうなんだろう、と一応は思った新八も、暖かい手に触れられているのは正直ありがたかったから、それ以上強く言うことはしなかった。 ……なんていうのは、本音の半分で。 残りの半分は、冷たくなった手を理由に手を繋げるのが、嬉しいと思えてしまったのだ。 自分本位に見える沖田だが、その実相手をよく観察している。ついさっきだって、躊躇う新八をさりげなく救い上げてくれた。 そういう、分かりにくいけれど確かな気遣いが好きだなあ、と改めて感じる。口に出して告げることはしないけれど。 「……寒いのも、悪いばっかりじゃないですね」 「そうかもしれねーなァ」 握った手に少しだけ力をこめれば、それ以上の強さで握り返された。 触れ合う温もり以上に、心が暖かくなる。 何気なく見やった沖田の耳が赤くなっているのは、寒さのせいばかりではないのだろう。 新八は声を立てずに笑うと。偶には手袋を忘れるのもいいかもしれないな、なんて考えた。 END ミズサワシロウ様、 しかも素敵小説まで賜りましてもうもう、何とお礼を言っていいものやら…ッ! ミズサワ様の3Z新八が「沖田係」になってるのが凄く好きです。 うちの殺伐二人ではどうにもかわいくないですが……よければ、お納めくださいませ。 UPDATE/2008.1.15 |