春を呼ぶ音、沈丁花の香 ◆銀・?←新・3Z設定◆ ピアノの音が、聞こえてくる。 弾むような、優しげな音だ。 春の日差しが暖かいのをいいことに木陰で横になっていた新八は、ぱちりと目を開けた。 「また窓閉め忘れてるし……ワザとなのかな、あの人」 ピアノを奏でるようには決して見えないくせして、この腕前は反則だろう。 実際初めてその演奏を目の当たりにした時、泡を吹くんじゃないかと思ったほどに驚いた。 けれど、彼の弾くピアノは嫌いじゃない。 いやむしろ、好きだ。だから、困るのだ。 音に誘われるまま音楽室に顔を見せたりすれば、きっとまた皮肉げに笑うに決まっている。 それは何だか、悔しい。 大体、窓を閉めずに不用意に弾いているのが悪いのだ。 このまま誰かに見られて、話題の人にでもなってしまえばいい。どうせ噂なんてすぐに立ち消えるものだから。 寝よう、と再び目を閉じ仰向けの体勢から右を下にして横になる。 視界が塞がれると、嗅覚や聴覚が鋭敏になる。 ふっと香るのは、周囲に植えられている沈丁花の香だ。甘い、けれどどこか凛とした匂い。 沈丁花は、早春に咲く花だ。優しげな香りで、春を告げる花。 別に花に詳しいわけではないけれど、その香りが気になって何となく名前を覚えてしまった。 けれどその香り以上に、新八の意識に訴えてくるものがある。 先ほどからずっと響き続けているピアノの音だ。 まるで纏わりつくように、揺さぶるように、呼んでいるかのように。 「……ああ、もう!」 苛立ったように呟き、がばりと起き上がった。 見上げるのは、音楽室の窓だ。 未だ途切れることのない音は、どこか笑っているかのように軽やかだ。 実際、笑っているのかもしれない。 くだらない葛藤をしている新八を見越して。 「一曲リクエストしてやる……」 そこはかとなく負けた気分になる。 けれど向かう足は止められない。 自惚れかもしれない、けれど。この音はきっと、自分を呼んでいる。 呼ばれたなら、行くしかないじゃないか。 無視することの出来ない音なら、誘いに乗るだけだ。 挑戦者になったような気分で、階段を上がる。 早足になっている新八は、己の唇がうっすらと弧を描いていることに気付かなかった。 辿りついた音楽室で甘い匂いがすると笑われ、挙句髪に鼻を寄せられ近すぎる距離に固まることになるまで、あとほんの少し。 END |
沈丁花咲いてるの見たのでつらつらっと。 個人的には相手決まってるんですが、この書き方でも誰でもいけるなーと思ったので敢えて想像でどぞ。 妄想がもちっとちゃんと固まって出せそうだったら相手をちゃんと出したい話。 (って結構ゴリゴリ考えてるだろお前さん) あ、ちなみにピアノの曲は何でも可ですが、書きながらエンドレス再生だったのは「春/よ、来/い」でした。えっと、ニコ動のKA/I/T/Oのでしたけど(笑) 確実にニコ中ですが、何か。 いやでもすっごいんだもん。あれ人の声じゃないのも凄いし、作った人も凄い。 2008/03/10 (UPDATE.2008/6/19) |