たまには逆襲。




◆「たまにはお休み。」続編◆


 休んでいるというのに、その静寂を土足で蹴散らしぶち破るような遠慮呵責ない足音。
 次いでからりと襖が開けられて。

「昼間っから惰眠を貪ってるたァ、まったくいーい身分だなァ。新八ィ」
「……風邪なんですよ。誰かさんみたいに仕事サボって寝てるわけじゃないんですよ。そもそも自分の格好鏡で見てから言ってくださいよその制服メチャメチャ仕事中で来ましたよねそうですよねああもうっ、喉の調子良くないのにツッコませないでくださいよっ!」
「だーれもツッコめたあ言ってねえだろうによォ。律儀な性格っつーか、体質っつーのか」
「性格で止めておいてください体質じゃありませんそんな体質あってたまるか」

 ああもう頭痛いのに、とぼやきながら新八は体を起こした。
 沖田は当たり前のように新八の布団の横に座すと、持っていたビニール袋の中に手を突っ込んだ。
 がさりと音を立てて引き抜かれた沖田の手に握られていたもの、それは。

「……りんご?」
「見舞いの定番つったら果物だろィ」

 破天荒大魔人かつS星の王子な沖田がまさかよもや見舞い、なんて言いながらりんごを差し出す日が来ようとは。想像だにしていなかったし、その対象が自分だというのも驚きだし、熱が上がったらしい頭は鈍く痛むし、で。
 途惑い混乱している新八の目の前に、沖田はりんごを突き付けて。

「つーわけで、食え」
「ちょ、病人に生のりんごの丸齧り薦める人間がどこにいるんですか!」
「ここに」
「うさぎりんごにしろとか摩り下ろしにしろとかそういう事は言いませんけどせめて皮剥いて食べやすい大きさに切るとかぐらいはしてもいいと思うんですけどォォォ!」
「だーから、ノンブレスでツッコミ入れてんなっつの。職業病なのは仕方ねーけどよォ、具合悪いんだろ?」
「だ、誰の所為だと……っ」

 言い募ろうとして咳き込む。
 手で口を押さえて何度か咳をした後、沖田を見れば。

「……何て顔してるんですか」

 驚きと途惑いと心配が綯い交ぜになったような、複雑な表情がそこにあった。
 更に見れば、りんごを持っていない方の手が何やら中途半端な位置に上げられている。
 多分、おそらく、予想でしかないが。あれはもしかしたら、背中を擦ってくれようとしたのではないだろうか。
 やたら曖昧というか疑念というかな表現がくっついてしまうのが沖田らしい所ではあるが。

「……いや、まあ、びびったっつーか」
「ただでさえ風邪なのに意外性たっぷりなトコ見せつけないでくださいよ。判断力鈍ってんですから」
「ああ、いや、うん」

 どこか煮え切らない調子で、沖田は頷く。
 ドSな彼がその実突発的事態に弱い、というのは既に新八の知識の中にちゃんとあったので。
 自分が想像以上に具合悪そうにしていたから驚いたのだろうな、と判断した。
 いつでもどこでも誰相手でも俺様節全開な沖田だが、その実いっそ意外に思える程に観察眼が鋭い。そうでなければ真選組の隊長など務まらないのだろうが。
 今もまた。
 常より僅かに見開かれた瞳に、わずかにちらついた後悔の念に。
 新八は、ふっと笑った。

「大体、風邪だって知ってるのにマスクの1つもしないで来るって、どんだけ無防備なんですか。舐めてますか風邪を。昔っから万病の元って言うくらいなんだから、しっかり予防してくださいよ。それでなくても体張る仕事してんですから」
「……おう」
「……そう素直に頷かれても拍子抜けするんですけど。しゃっきりしてくださいよ、まったく」

 肩を竦めて、沖田の腕をがしりと掴む。りんごを手にした、その腕を。
 ぱち、と瞬きをした沖田が何か言いかけるより早く。体をやや前に倒した新八は。
 しゃり、と音を立てて沖田の持っていたりんごに齧りついていた。

「ん、甘いですねえ。食べ頃だ。沖田さん、これ自分で選んだんですか?」
「いや、甘いの見繕ってくれって頼んで」
「あはは、やっぱり。美味しいですよ、ありがとうございます」
「まあ、見舞いだからなァ」

 驚きが収まってきたのか、沖田の声に段々といつもの調子が戻ってくる。
 世話の焼ける人だなあ。
 そんなことを考えた時、むくりと。新八の中で、悪戯心が頭をもたげた。
 ボケと天然が飽和状態の周囲が周囲だから、普段はまあ常識人な言動をしてはいるけれど。
 新八だってまだ16なのだ。悪戯の一つや二つ、してみたいと思ったりもするのだ。というかまあ、朱に交われば赤くなるというか、周りが破天荒だから段々新八の思考も毒されてきたというか慣れたというか。
 普段は理性が働くからちらりと思ってみても行動に移したりしないだけで。ただ、今は事情が違った。熱で些か働きの鈍った思考回路は、新八の行動を抑制するのには足りなかった。

「自分で買うのとはまた違いますよね」
「そうかィ? 俺にゃあ分かんねーけどなァ」
「もう一口、いいですか」
「別に構わねーが……平気なのかィ?」
「一応病人を気遣う心ってのは持ち合わせてるんですね」
「しん……っ??!」

 うーわ。めずらし。
 沖田さん、そんなメチャクチャ驚いてます、な顔しなくたっていいじゃないですか。
 たかが、指を噛んだくらいのことで。ついでにちょっと舐めたくらいで。
 今更、でしょうに。

 上目遣いで沖田の様子を伺っていた新八は、やがて口を離して。
 石化している、と言われても頷けてしまいそうな勢いで固まっている沖田に向かって、にんまりと笑ってみせた。
 それはもう、悪戯が成功して大満足、な子供の表情で。

「風邪がうつると真選組の皆さんに怒られそうですから、指にしときました。続きは風邪治ってからですよ?」
「…………」
「空気感染だからもう無駄かもしれないですけどね。あ、でもうつったら今度は僕がお見舞い行きますね」
「…………」
「沖田さん、ついでだから言っておきますけど」

 沖田の返事はない。
 呆然とした顔がおかしくて、くつくつ笑いながら新八はその顔を覗き込む。
 何だかふわふわするのは、熱が上がってきたからかもしれない。
 逆襲成功、なんて胸の内でガッツポーズを決めつつ。

「普段大人しいって言われてる人間ほど、キレると恐ろしいんだって、覚えておいた方がいいですよ?」

 笑う新八は、ドSを不用意に挑発且つ煽ってしまったことを後悔することになるのだが。
 それはここでは、後日談。


END


 

 



予想外に長くなった。もっと、もっとこう、さあ…!
ドSが固まった所から何かこう話が構想とは別な方角へころころと。
普通にお見舞いでりんごの話とかで終わる予定だったなんて言わなきゃバレナイ。


2007/10/16ブログ小話
(UPDATE・07/12/10コメントそのまま)

 

 

        閉じる