【キョウキの庭】


 触れる刃は、熱いだろうか。冷たいだろうか。
 夜目にも分かる、煌めく刃。
 無造作に下げられたそれがただ綺麗だと、上手く働かない頭で考えた。
 片方しか晒されていない男の目。
 それがゆっくりと細められる。

「     」

 唇が僅かに動いたのを見て、何か言った事が分かった。
 けれど鼓膜はその音を拾わない。
 聴覚がおかしくなったのか、聞こえてはいるけれど意味をくみ取れないだけか。
 どちらにしろ指一本動かせない今の状態では同じなのだけれど。

 名前を呼びたい。
 意味なんてないと分かっていながら、そう思う。
 返事はないと知りながら、今まで幾度となく呼んできた。
 これで、さいごなら。
 ……これが、最期なら。

「……かすぎ、さ……」

 掠れた情けない音が出た。
 声というより、空気が抜けたかのような。
 たった一つの言葉さえもまともに紡げない己が情けなかった。

 男の唇が、ゆっくりと弧を描く。
 言葉はなくとも返事をしてくれた。
 そう思い、それが嬉しい自分はきっと相当に馬鹿なのだろう。
 死んだって治らない。

 笑う。
 鏡を確認することなど出来ないから、上手く笑えているかは分からない。
 けれど、ただ、笑う。
 もう、それだけが出来る唯一だった。
 男が手にしていた刀の切っ先を、目の前に翳した。
 張りつめたような空気が、肌を伝う。
 それでもただ、笑った。

 近づく死の影すらも、奪っていく気なのか。
 そう思うと可笑しくて堪らなかった。
 どこまでも独占欲の強い人。
 それでいて悪い気はしないのだから、救えない。救われたいとも思わない。

 振り下ろされる刃を目を逸らさずに見つめながら、ただ笑っていた。
 狂気に染まりながら凶器を振りかざし狂喜に包まれる。

 笑っているのは、誰か。


END


 

 



Web拍手掲載期間→2009/4/26〜8/31

 

 

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