青すぎる空に



 風を切る、音。
 何かを思う、そんな暇さえなかった。気付いた時には、もう終わっていた。

「よお、大丈夫ですかィ?」

 ひらり、目の前で手を振られる。そこまでされて、ようやく我に返った。
 無防備にもほどがある。今の隙に殺されていたって、文句も言えない。
 けれど、沖田の立ち振るまいは、目を奪われるほどに、我を忘れるほどに見事なものだったのだ。
 鮮やかに、一分の乱れも躊躇もなく、彼はそれを行なった。新八の目の前で、クラスメイトの命を奪った。
 言葉が出て来ない。こんな時何をどう言えばいいのかなんて、知るはずもない。
 座り込んだままでいる新八の前で、沖田は平然と武器を回収していた。死体の首に深く食い込んだ、鎌。

「おき、た、さん……」

 情けなく声が震えた。呆然とする新八を余所に、沖田は常と何ら変わりなく。
 表情も、言葉も、何気ない動作も、どれもこれも悔しい程にいつもどおりだった。
 だからこそ、怖いと思った。つい今し方殺されかけたのとは違う、恐怖。
 動けないでいる新八をどう思ったのか、沖田はひょいとしゃがみ込んだ。顔を覗き込まれ、思わず息を詰める。

「顔面蒼白、ってェカンジだなァ。刺激が強過ぎたかィ?」
「別に、そんなんじゃ……」

 まさか貴方が人を殺したのがショックで、とも言えず言葉を濁す。
 曖昧な言葉をどう思ったのか、沖田はひょいと片眉を上げて。

「っ、な、んですか」

 がし、と手首を掴まれて肩が跳ねた。戸惑いながら聞けば、掴まれた手を顔の前まで持ち上げられる。
 ゆらり、揺れる己の手の向こう側で。
 どこか人形めいた沖田の顔に薄く笑みが張られるのを、ただ見ていることしか出来なかった。

「手、震えてるぜィ?」
「っ、あ……!」

 指摘され、初めて手が小刻みに震えているのに気付いた。意思とは裏腹に、体は正直に深層心理を表していたらしい。
 慌てて掴まれている手を振りほどこうとしたが、沖田の手の力が強まり無理だった。
 沖田が何をするつもりなのかが全く分からず、かと言って告げるべき言葉も見当たらず。結局新八は黙ったまま沖田の顔を凝視するしかなかった。

「怖がる必要なんて、ねーでさァ」

 恐怖しか感じえない人物が、何を言うのだろうか。思うけれど口には出せずに、新八はただ沖田の言葉を待つ。
 沖田はそんな新八に向けて、にこりと笑んだ。それにまた、悪寒が走る。
 沖田の笑顔はその顔立ちも相俟って、綺麗と評するに相応しいものだった。だからこそ、それが怖かった。
 死臭漂う場所で。血の滴る鎌を握ったままで。返り血を頬に散らしたその顔で、何故笑えるのか。

「守ってやりまさァ。俺と来るなら、な」
「……え」
「俺と来るよな、新八ィ?」

 一言目は笑いながら、二言目は打って変わって真顔になって、沖田は言った。
 答えに迷う新八の視界の端で、沖田の手が密やかに鎌を握り直すのが見えた。言葉は疑問系であったものの、選択肢などないに等しいのだと知る。
 この手を選ぶか、それとも死ぬか。

「僕、は……」

 声が震える。
 死ぬのは嫌だが、狂気じみた沖田の傍らにいるのも不安で仕方ない。どうすればいいかなんて、分からなかった。
 迷っているうちに、沖田が未だに掴んだままだった手に顔を寄せた。指先にふわりと、温もりが触れる。
 押し当てられた唇は、柔らかかった。容赦なく人の命を奪ったのに、壊れたような目をしているのに。
 穏やかな仕草に戸惑う。混乱を極めた精神状態でマトモに考えることなど無理だった。

「分かり、ました。貴方と……一緒に」

 どうして僕なんですか。そう言いたかった唇からは、全く違う言葉が発せられていた。
 ぐらり、眩暈がする。血の匂いのせいか、揺らいだ心のせいか。
 分からない、けれど。もう、どうでもいい。そう、思った。
 この人の手を選んだのは、他の誰でもない僕だから。
 頷く時に、覚悟は決めたのだ。

 新八の応えを聞いた沖田は、また笑って。
 手首を離された、そう認識するのも束の間、その手が背中に回る。そのまま引き寄せられ、新八は沖田の肩に顔を埋める格好になった。
 やや遅れて抱き締められたのだと気付くが、慌てることもこの腕から逃れようという気にもならなかった。

「これでお前ェは、俺のモンでィ」

 ぽつり、沖田が言った。それが新八に聞かせる為のものだったのか否か。
 真意は分からない。ただ、沖田の声音は隠しようのない嬉しさに彩られていて。
 新八はゆっくり、瞼を下ろした。そうして広がる暗闇に、酷く安堵した。
 だって、目を開ければ空が見える。
 こんな狂気じみたゲームに参加させられているとは思えない程に高く青く澄み渡った空が。いっそ哀しい程に眩しい青すぎる空が、目に写ってしまう。
 それならいっそ、闇に包まれている方がいい。非現実的な出来事には、キレイなものなんていらない。
 闇に搦めとられて行く己を感じながら。新八はぎこちない仕草で、沖田の背に手を回した。


END


 

 



UPDATE/2008.8.3(sun)

バトロワ設定って、実は好きなのかもしれません。
いや、結構ジャンル変えてぽんぽん思いつくんで……
前に拍手で書いた話を読んで、続きが見たいという声を幾つか頂いたので。
よければお納めください。

 

 

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