【歪みの国のアリスパロ】(アリス=新八、チェシャ猫=沖田、ビル=山崎)



「どうぞ」

 ドアを開かれ、今更後に引けなかった。躊躇いながら、室内に足を踏み入れる。
 廊下と同じように、部屋の中の壁も床もすすだらけで薄汚れていた。
 とは言え不潔というわけでもなく、殺風景な部屋というだけだ。
 がらんとした部屋の真ん中には、長いダイニングテーブルと向かい合わせに一つずつ椅子が置かれていた。
 テーブルには、ホテルかレストランかと見まがうような真っ白なクロスがかけてある。
 その上には燭台と蝋燭。蝋燭は三本立てられ、それぞれに火が灯されていた。
 火がちらちらと揺れるたびに、壁に写った影も蠢く。
 ゴト、と音がして僕は我に返った。
 見ればこの部屋に招き入れた男の人が、椅子の片方を引いていた。

「座って?」

 穏やかな物言いだけど、どこか絶対的な響きだった。
 誰なんだろう。

「どうぞ」

 迷っていると、さらにもう一度。笑ったまま、繰り返された。
 断れない、と判断した僕はそろそろと椅子に座る。
 彼があの不可思議な世界の住人だということには、この部屋に招かれた時から薄々感づいていた。
 上手く言い表すことは出来ないけれど、醸し出す雰囲気や物腰がどこか現実離れしているような気がしたからだ。

「少し待っていて」

 僕にそう告げると、男は部屋を出て行く。
 奥の方から物音がしてくる。席を立ってしまっても良かったのだけれど、出来なかった。
 彼の言葉の響きが頭に残っていたからかもしれないし、もっと別の理由かもしれない。自分でも自分の行動がよく分からなかった。
 そういえば、沖田さんに会ってからずっとそうな気がする。
 自分でも、自分の理解を超えたような事を何度も何度も。そもそも会う人会う人マトモじゃないっていう所為もあるんだろうけどさ……
 ここには沖田さんはいない。
 神楽ちゃんのお城でもそうだったけど、自分の身は自分で護らなきゃいけないんだ。
 膝の上に置いた手をぐ、と握った時、男が戻ってきた。
 片手に皿と、もう片手にカゴが乗せられている。カゴにはフキンがかけられ、中身は見えない。けど表面の波うち方からパンか何かだろう。
 慣れた仕草で、彼はその二つを僕の前に置いた。
 彼がテーブルを回り、僕の正面に置かれた椅子に座る。
 それを待って、僕は聞いた。

「あの…貴方は?」
「好きな方をどうぞ」
「え、いや、今は……」
「どうぞ」
「あの、僕はですね、シロウサギを探してて」
「どうぞ」

 ああ駄目だ、彼も話が通じない。そもそも名前すら分からないし。
 どうしよう。とりあえず食べれば話を聞いてくれるだろうか。
 考えながら目の前に置かれた皿とカゴに目を向ける。シチューと、パン。
 ……パンの方が、何か入れたりしにくいかな。
 どうしてこう、どうしようもない二者択一ばっかり迫られるんだろう。
 溜息を吐きたい気分で、僕はのろのろとテーブルの上へ手を伸ばした。


END


 

 


Web拍手掲載期間→2/26〜5/15
UPDATE.2008/6/19

トカゲ山崎。ビルはもーザキしか思い浮かばなかった。


 

 

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