【歪みの国のアリスパロ】(アリス=新八、チェシャ猫=沖田、女王=神楽)
※若干グロ表現あり、苦手な方はご注意を!


 公園に戻りましょうか、と。
 言おうとした言葉は、声にならなかった。
 衝撃が背中を押し、突然のことに反応しきれなかった僕は不様に地面に転がった。
 土が頬を擦り、草の匂いが鼻をつく。
 だけど、転んだことすらすぐに頭から吹き飛んだ。
 何が起こったのかと振り向いた、その目の前で。

 沖田さんの首が、宙を舞った。

 ほんの一瞬間を置き、血が噴き出す。
 赤い霧のように、雨のように散ったそれは、草に地面に僕に、ぱらぱらと降りかかった。
 何が、起きた?
 地面に這ったまま、働かない思考を巡らせる。
 頭が重い。
 だって、沖田さんが。どうして、こんな。
 つい一瞬前まで、話をしていた、のに。

 呆然とする僕の目の前で、首がなくなった沖田さんの胴体がふらりと揺らめいた。
 そうしてゆっくり、草むらの上に倒れる。
 倒れた体の向こうに、神楽ちゃんがいた。
 鈍く煌めく鎌を片手に、笑っている。元々赤黒い染みのついていた鎌に、今は沖田さんの血が滴っていた。

「あ…、おき、たさん……?」

 名前を呼ぶ声が、震えた。
 声だけじゃなく、体も震えてくる。
 震えながら立ち上がって、沖田さんの元へ駆け寄った。
 一瞬、頭と体のどちらへ行くか迷って。僕は結局頭へと向かった。

「沖田、さ……」

 名前をちゃんと呼ぶことが、出来なかった。
 だって、首と胴体が離れて生きられる訳がない。
 沖田さんの首は、僕からそっぽを向くように転がっている。
 不意に吹いた風で、その明るい色の髪がふわりと揺れた。

「新八? 何で泣いてるアルか?」

 声も出せずにいる僕に、神楽ちゃんが戸惑ったように話し掛けてきた。
 …泣いてる?
 のろのろと腕を上げ、目元に触れる。
 指先が濡れた。

 …そういえば、眼鏡がない。転んだ時に落としたみたいだ。
 冷静にそんなことを考える自分に驚き、同時に冷えていく胸の内を感じる。

「なんで、こんなこと」
「新八?」
「なんでこんなことするんだよ! こんな、ひどい…」

 ひどい。
 それ以上は言葉にならなかった。
 苦しい、そう思った。
 どうして、こんなに哀しくて苦しいんだろう。
 沖田さんとは会って間もないのに。強引で人の話を聞かなくて、僕をこの世界に引き込んだであろう人なのに。

「新八、猫の為に泣いたりしたら駄目アル」
「どうして、そんなこと」
「新八」
「どうしてそんなこと言えるんだよっ! なんでこんな…っ」

 どうして、なんで。
 泣きながら、まるで子供になったみたいにそればかりが頭を支配する。
 神楽ちゃんが、困ったように眉を寄せた。
 泣き出しそうにも見える表情は、普段の僕なら心配しただろうけど。
 今の僕にそれだけの余裕はなかった。

「こんなの、許せない…!」

 激しく詰る声は、出なかった。
 それでも、震える声には隠しきれない激情が宿っていた。
 神楽ちゃんが、今度こそハッキリと顔を歪めた。唇をへの字に曲げて、ぷいと横を向く。

「……やっぱり、猫は嫌いアル」

 憎々しげな声で、神楽ちゃんはそう言った。

「番人の次に遠くのくせに、新八を泣かせるなんて生意気アル」
「番人…?」
「新八、駄目アルよ!」

 厳しい声で叫ぶと、神楽ちゃんは手にしていた鎌を投げ捨て僕の目の前に駆け寄ってきた。
 神楽ちゃんの手が、僕の肩をがしりと掴む。
 触れた手は、あの大きな鎌を振るっているとは思えない、ごく普通の女の子の手だった。

「猫のために泣くなんて、絶対絶対許さないアル!!」
「神楽ちゃん、番人って…?」
「そうでィ、俺らの為に泣くなんてしちゃいけねェや」

 神楽ちゃんの声に同意するように響いた、もう一つの声。

 聞いたことのあるその声に、けれど俄かには信じられずに僕は何度か瞬きをした。
 だって、今の、声は。

「沖田、さん?」

 僕がおかしくなったのでなければ、声は地面に転がった首から発せられていた。
 ふらつく足で、沖田さんの顔が見える位置まで移動する。
 地面に横倒しになった沖田さんは、だけど体があった時と変わらないままだった。
 その頬に多少土が付いていたり切断された傷周りは血で汚れていたりするが、それ以外はまるで変わらない。
 何を考えているんだかイマイチ分からない、顔。

「新八ィ、お前さんは俺らの為に泣いちゃいけねェ。それじゃあ意味がないだろィ」
「生き、て?」
「おうよ。猫は首だけになっても死なないもんでさァ」
「いや死ぬよ。普通は死ぬから。生き物は首だけじゃ生きられないから!」

 何だかもう、ホント常識とか倫理観とかことごとくぶち壊していくなぁ。
 体があってもなくても、沖田さんは変わらない。
 変わらない様子に、会話にひどく安心する。
 いつの間にか、僕の意識の中で沖田さんの存在がひどく大きくなっていたらしい。

「首だけになってもムカつくままアルな、オマエは」
「首にしか価値の見出だせない奴には言われたくねーなァ」

 僕の横に来た神楽ちゃんが、吐き捨てるように言う。
 対する沖田さんの言葉も、飄々としているようでいてどこか刺々しい。
 …なんだろ、仲悪いみたいだ。

「ま、今はオマエより新八アル」

 言いざま、神楽ちゃんの足が沖田さんを軽く蹴った。
 首だけの沖田さんに抵抗のしようがあるはずもなく、ごろりと転がる。
 ああ、土まみれだよ沖田さん。
 ていうか後で覚えてろとか言ったよ今。首だけで何をどうする気なのか知らないけど。

「猫に邪魔されたけど、今度はちゃんと刎ねるアルよ」
「え…」

 かちゃり、さっき放り出した鎌を拾って神楽ちゃんが言う。
 血に濡れる鎌が眼前に在ることに驚き、だけどもう一つ僕の目を奪う光景があった。

「……?!」

 神楽ちゃんの後ろに、音もなく立つ影。
 所在なさげに立っている、首のない体。
 首のない沖田さんの胴体が、そこにいた。
 沖田さんの体は、神楽ちゃんが振り上げた鎌を奪う。

「! 何するアルか!」
「聞こえるわけねェだろィ。体には耳がねーんだからなァ」
「返せヨ!」
「あっ、どこ行…」

 くんですか、と皆まで言い切る前に沖田さんの体はくるりと向きを変えると走り出していた。
 言い切ったところで、耳のない体には届かなかったのだろうけど。

「んの、クソ猫が!」

 悪態をつき、神楽ちゃんがその後を追う。
 は、早いなあ…流石に猫って名乗るだけあるというか。いやでも神楽ちゃんも結構早い…って、そうじゃなくて!

「体、行っちゃいましたよ?!」
「行っちまったなァ」
「いいんですか?」
「ま、何とかなるだろ」
「なるんですか…体、ないのに」
「体もなァ、いい加減頭の言う事を聞くのに飽き飽きしてんだろィ」

 相変わらずけろりとしてる人だ。
 そもそも首だけになってこんな風に会話してること自体、相当おかしいんだろうけど。
 こう何度も常識を破られていれば、いい加減耐性だってつく。

「あー、そうだ」
「どうかしました?」
「見ての通り、俺ァ動けないんでねェ。すまねえが、運んでくれねえか?」
「……」

 まあ、首だけじゃ動けないのは当然か。
 …生首を運ぶ事になるのはどうなのかと思うけど、置いていくわけにもいかないし。

 願わくばどうか、誰かにそれを見とがめられませんように。
 心の中でこっそり祈って、一つ息を吐き。
 僕は沖田さんの首に、手を伸ばした。




END



 

 

 


Web拍手掲載期間→2007.5.26〜2007.10.30

猫の飄々さが沖田っぽいかな、と。
強引さに巻き込まれていつの間にか、っていうのが沖新に重なったのですよ。

 

 

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