【歪みの国のアリスパロ】(アリス=新八、チェシャ猫=沖田、女王=神楽) 「新八ィ!」 「うあっ、はいぃっ!」 名を呼ばれ、思わず背を正しながら返事をした。 バタバタと威勢のいい足音がして、誰かが階段を駆け下りてくる。 女の、子…? 「おかえりアル!」 「え、うわ、うわあァァァア?!」 走る勢いはそのままに、少女は僕めがけて突っ込んで来た。 突然のことに避けることもできない。 僕より多少小柄だが、それでも見下ろすほどに小さくはない少女に全身で体当たりに近い勢いで突っ込まれれば。 当然のように、息が詰まった。 ちょ、何か、凄い力なんですけどォォォ?! 肺が潰れるかと思った…… しがみつく少女をそのままに、僕はしばらく咳込む。 一頻り咳込んで、落ち着いてからようやく少女をまともに見られた。 僕より一つ二つ下だろう。 明るい色の髪を両耳の上でお団子に留めてある。チャイナ風、とでも言うのだろうか。 そういやさっき、妙な訛りで喋ってたような……? 「新八、おかえりアル!」 顔を上げた少女が、再び言った。聞いた気がした妙な訛りは空耳ではなかったらしい。 だけど僕は向けられた言葉そのものに意識を奪われた。 この不可思議な出来事に身を置き出してから、会う人会う人に繰り返し言われたその言葉。 懐かしむように、愛おしむように。 幾度となく、向けられたそれ。 満面の笑みを向けられ、僕は胃の辺りがきゅうと痛くなるのを感じた。 だって、僕は、このコを知らない。 笑顔でおかえりと告げられても、ただいまと返すことが出来ない。 それが無性に申し訳なかった。 ひどく昔に会ったことがあるというなら話は別だけど、僕が覚えていないほど前なら僕より幼いだろう彼女だけが覚えているというのも不自然だ。 「あの、ごめんね。僕、君と会ったことある、かな…?」 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、だ。 折角おかえりと告げてくれた少女には申し訳なかったけど、知らないまま話をするよりかは正直に言った方がいいだろう。 僕の言葉に、少女が顔を曇らせる。 「ちょっと会わなかったぐらいでこの工場長こと神楽様を忘れるなんて、だからダメガネって呼ばれるネ!」 「いやダメガネなんて呼ばれたことないしその言い方名前忘れるよりひどいからね」 ダメガネって。 可愛らしい顔に似合わぬ毒舌に呆気にとられてしまった。 そりゃ確かに僕は平々凡々な顔だしどちらかと言えばメガネを認識されてる方が多い気もするけど…って、やめよう。虚しくなってきた。 僕が悶々と考えてるうちに、少女改めて神楽ちゃんが言った。 「ま、これからちゃぁんとここに居るなら特別に許してやるアル!」 随分上から物を言う子だなぁ…まあこんな大きな城で育てられてきたぐらいだから、甘やかされてきたのかもしれない。 普段ならいざ知らず、現在進行系でファンタジーに巻き込まれ中の今は苛立つこともなかった。 「あのね、神楽ちゃん? 僕、聞きたいことがあって…」 「後にするアル」 とりあえず用件を済まそうと口を開きかけたのを、神楽ちゃんが遮った。 散々人の話を聞かない(自称)猫やら人やらパンやらその他諸々に会って来たけど、神楽ちゃんもかぁ……ああ、頭痛い。 いやでもこのままズルズルペースに巻き込まれるのはマズい。 それでなくても、沖田さんに色々巻き込まれてるんだから! 「首だけになってから、ゆっくり聞くアル」 首、だけ? 今、なんだかひどく物騒な単語を聞いた、ような。 瞬間、扉が閉まる前に沖田さんが告げた言葉が脳裏に甦る。 『新八ィ、首に気ィつけなせェ』 視界の端で、何かがきらめく。 それが僕にとって楽しい事態ではないのは、今までの経験上分かった。 この不可思議な出来事に身を置き出してからすっかり鋭敏になってしまった本能が、警鐘を打ち鳴らしているのを感じる。 咄嗟にしゃがみ込んだ僕の頭のすぐ上を、何かがぶうん、と音を立てて過ぎていった。 それが何であったのか確認するより早く、神楽ちゃんの舌打ちが耳を打った。 「な、な、何…っ?」 「新八ィ、何で動くアルか。キレイに刎ねられないアル!」 「何でって…首、なかったら死ぬから!死んじゃうから!人は首だけじゃ生きられないから!!」 唇を尖らせ、拗ねたように神楽ちゃんが言う。 表情も声音も可愛らしいのに、言葉の内容と手に持たれた鎌だけが異様だ。 いや、そのアンバランスさが逆に神楽ちゃんの本気を示しているようだった。 本気だ。本気で、僕の首を狩る気なんだ。 「だけど、首だけになったら」 鎌を持ち直しながら、神楽ちゃんが言う。 かちゃり、無機質な音が響いた。 「新八はもうどこにも行かないアルよ」 言葉だけを聞くと、熱烈な歓迎なのに。 僕に向けて来る笑顔にも、ただただ嬉しそうな色が浮かんでいるのに。 そんな僕の想いを打ち砕くように、神楽ちゃんが手に持つ鎌が無感動に光を反射した。 見たくもないのに、まじまじと眺めてしまう。 巨大な鎌の刃には、赤黒い染みがべっとりと付いていた。 それが何なのか、深く考えずとも答えは出る。 沖田さんの、言葉。 『お前は、やわいからなァ』 事態が想像出来るなら、前もって言え!! ここには居ない沖田さんに、ふつふつと怒りの念が涌く。 出たら、一発殴ってやる。 絶対絶対、生きて出て殴り飛ばしてやる。 拳を握って、強く誓う。 その為にも、どうにかして今の状況を打開しなくては。 僕は震えるそうになる足を叱咤し、迫る凶刃から逃れるべく走り出した。 END |
Web拍手掲載期間→2007.5.26〜2007.10.30 女王といえば彼女しかいないでしょう。て事でこのキャスト。 だって自ら名乗ってますからね、女王って。かわいーなあ。 |