茜の空、夏の終わり、隣りを歩くひと。 万事屋のポストに、1通の葉書が来ていた。 それは依頼でも催促状でもなく、以前依頼を引き受けたことのある人からの季節の挨拶で。 新八も顔を合わせたことのある人だったから、ああ元気そうだな、と安心した。 それから、ふと。 そこに書かれた残暑御見舞い申し上げます、の文字に気付き。 そういえば、何時の間にか立秋も過ぎてしまっていたのだと思い至った。 例年通りお盆参りもちゃんと行ったし、夏祭りにも足を運んだりもした。 それなのに、何故か季節のことが頭から抜けていた。 暑い日が続くから忘れていたけれど、これから色々な事が少しずつ秋に向かって行くのだろう。 今まで意識していなかったのに、一度自覚してしまえば日が落ちた後の空気が以前よりか幾分か涼しく感じられる。 今日はゆっくり寝られそうだな。 明日の朝ご飯は何にしよう。 今日は出勤する姉上を見送れなかったから、明日は美味しいものを一緒に食べよう。 とりとめもないことを考えながら、ゆっくり歩く。 今は万事屋からの帰り道。 日が沈んだ空は、けれどまだ夕焼けの名残で茜色をしていた。 片手にトイレットペーパー、もう片手に食品の入ったビニール、という出で立ちは齢16の少年の格好ではあまりないのだけれど。 姉弟二人きりの生活にも慣れている新八は、今更そんなことを気にしたりはしない。 手に持ったビニール袋を持ち直すと、がさりと音が鳴った。 「よぉ、今帰りかィ?」 「沖田さん」 かけられた声の方へ顔を向ければ、黒い隊服が目に入る。 泣く子も黙る、なんて形容をされている真選組の一員と、こんな風に会話をするようになるなんて万事屋に務める前までなら考えられないことだった。 しかしながら人間の順応性というものはなかなかに高く出来ているらしい。 万事屋として彼らに関わったり、姉へのストーカーの件など諸々が重なって今では何だか顔馴染になりつつある。 年若くして隊長を務める彼、沖田とも何だかんだで顔見知りになっていた。 「一人なんですか?」 市中廻りも彼らの仕事の一つだが、大体は何人かでまとまっている。 偶にはその例外もあるようだが。 そしてこの沖田という人間が大概その例外を担っているということも、新八の中ではしっかり認識されていた。 それでもまあ、一応は訊いてみる。 沖田はんー、と少し唸って。 「何人か一緒だった筈なんだが、気付いたら皆いなくなってやがってなァ。まったく、しょーのねぇ奴らだ」 「……また撒いてきたんすか」 「人聞きの悪ィこと言わねぇで下せえよ…っと」 俺ァ傷つきやすいんでねェ、なんて嘯きながら近づいてきた沖田が、新八の横に辿りつくとひょいと腰を折った。 何をするつもりかと身構える前に、手元からがさりと音がする。 指にかかっていた重みが消え、持っていたビニールを奪われたのだと一拍遅れて気付いた。 「ちょ、アンタ何」 「重い荷物を持って往生してる一般市民に救いの手を、ってな」 「人をサボりの理由にすんな」 言ってはみるものの、無駄だろう。 我が道を突き進みまくる沖田を留める術を、残念ながら新八は持たない。 既に新八を置いて歩き出した沖田に、一つ溜め息を吐いて。 それでも新八の家への方向は間違っていなかったから、そのまま隣りに並んで帰路に着くことにした。 何だかんだで重い方を持っていった辺り、一応の気は遣われているのかもしれない。 かさばりはするがそう重くもないトイレットペーパーを片手に歩きながら、まあいっか、と思うことにする。 沖田と一緒に見廻りに出てきたであろう隊員たちには申し訳ないけれど。 「あー、もう秋ですねィ」 「へ? 何ですかいきなり」 唐突に沖田が言う。 沖田の言動の殆どがそうだが、脈絡のないそれについていくのは至難の技だ。 問えば、沖田は僅かに首を竦め。 「気付かねーかィ? 虫の声がしてるだろ」 「ああ、そういえば」 意外だった。 沖田が季節の事を気に掛けるなんて、思いもしなかったから。 そして少しだけ、嬉しくも思う。 つい先ほどまでもう秋なのだと考えていた、それに同意してもらえたかのような気がして。 りりり、りりり、と優しい音が耳を打つ。 夏の終わりは何だかもの悲しいけれど、静かに訪れる秋だって悪いものじゃない。 秋になったらなったで毎日忙しいんだろうなあ、とも思う。 だけどそんな日々が嫌いじゃないのだから。 巡る季節を、毎日を、歓迎できるように。 「夏も終わりだなァ」 「そうですねぇ」 今日も一歩ずつ、歩くのだ。 END |
Web拍手で残暑見舞い企画! …に間に合わなかった話。(……) 雰囲気好きなのでサルベージ。 普段は違う世界に住んでるけど。 ふとした時に隣りを歩く時には、同じ目線で物を見られる。 なんてのがいいな、と。 UPDATE 2006/10/21(土) |