溢れて零れる(くらいの気持ちだってんなら一つくらいは届いてくれたっていいじゃないか) 暑い。 ジッとしてようが何かしてようが情け容赦なく万人に暑さは降り注ぐ。 じわり、じわり。 額を、首筋を、背中を。 浮かんだ汗が重力に従い、肌を滑り落ちていく。 ただでさえ不快な感覚だというのに、背筋を伝う汗などはもう言葉にならない。 昔、まだ寺子屋に通っていた頃に流行った他愛もない悪戯を思い出す。 背中の真ん中を、人差し指で上から下へ。もしくは逆に、下から上へ。 何気ない所作だというのに、唐突にやられるそれはぞわりと二の腕に鳥肌を立たせるほど。 思い返したのと同時に、まるで計ったように汗が背を伝い。その不快さに新八は思わず眉を寄せ、首を振った。 それにしても、暑い。 大人しく部屋の中でジッとしていた方がまだマシだったのだろうとは思うが、そうも言っていられない。 逼迫しているのが常である万事屋の経済状況では、暑さ如きでは根を上げていられないのだ。 例え炎天下を歩く羽目になろうとも、1円でも安く且つ腹に溜まる食材を。 ……要は、新八がこのバカみたいに暑い中を出歩いているのはタイムセールの為なのである、ということだ。 団扇を持って出てくれば良かった。 今更そんなことを考えながら、なるべく道の端、少しでも日陰のある場所を歩く。 歩きながら、ふと目線を上げた。その、先に。 この暑い中だというのに真っ黒な服、を着込んだ人影が2つ。 距離があるのにその制服はすぐに彼らが何者であるかを知らしめる。 多分それは、彼らの敵にも味方にも。 武装警察、真選組。 万事屋としても、また妙の弟としても何時の間にかずるずると彼らと関わる機会が増えてしまった今となっては、否応なしに彼らと顔見知りになっていて。 離れている上に距離があるから向こうは気付いていないだろうけれど、新八からは歩く二人が誰であるのかさえも分かってしまった。 大柄な方は局長である近藤、その横を歩くのは新八とそう年齢も変わらないというのに一個小隊を率いる隊長の任を担っている沖田だった。 「……沖田さん」 ぽつり、意識しないまま呟いていた。 次の瞬間、新八の歩む速度が目に見えて鈍った。 道を逸れようかとも思ったが、タイムセールに間に合わなくなることを考えるとそれも出来ず。 鉛でも引きずっているかのように、足が重く感じられた。上げ損ねた足が地面を擦り、ざり、と音を立てる。 それすらも彼らの耳に届いてしまうのではないかと思えて、肩が震えた。 近付きたくない、気付かれたくない。 早く、早く、行ってしまえ。 だって、目の前にしたら。 目線を交わして、言葉を交わして、それから。それから? どうなることもないけれど。 きっと他愛ない挨拶をして、ただそれだけだ。 だから、気付いてほしくない。 己でも止めようのない衝動が、気持ちが、溢れて零れて止まらなくなるから。 衝動。 自分で思った言葉に、きゅ、と拳を握る。 抑えきれない心は、自分のもののはずなのにまるで他人のもののように歯止めが利かない。 衝動だ、勢いだ、一過性のものの、はずなんだ。だから。 だからだから、流されちゃいけない。 しっかりしろ。自分を見失うな。 叱咤し、些か乱暴に息を吐く。 握った拳が微かに震えている。 まるで熱に浮かされたかのように。 そんなことを考え、今の自分はまさしくその通りじゃないかと滑稽に思う。 浮かされた熱に煽られ、嬲られ、弄ばれて。 吐いた時とは逆に静かに息を吸いながら、何故だか無性に泣きたい気持ちになった。 届ける気も伝える気もない想いに、これほどまでに振り回されている己が情けなくて。 悔しくて。 虚しくて。 ……言葉にすることも出来ない想いが、侘しくて。 爪が白くなるほどに握り締め過ぎた拳、その指が痺れるように痛んでいるのを感じる。 けれど指を解くことは出来なかった。 そうすることで同時に、涙も想いも堰を切って溢れてしまいそうで。 「…………」 乾いた唇を微かに動かす。 伝えられない想いを乗せて、けれど決して音にはしないまま。 とっくに溢れ出している想いには、気付かないふりのまま。 浮かんだ汗の玉がまた一つ。 背中を伝い落ち、その感覚に目眩がした。 END |
毎日あっついですねー! という思いを込めて沖←新。珍しく。 いっつも沖→新ばっかですからね! たまにはぱっつぁんですよ。 片恋の熱さと夏の暑さを感じて頂ければ幸い。 2007/07/13ブログ小話 (UPDATE・07/12/10コメントそのまま) |