【名も無き夢】


 ここに至るまでの道のりは、ひどく長かった筈なのに。
 改めて思い返してみると、時間的にはそう経っていないのだと気付く。
 長いのだと錯覚してしまうほどの濃度だったのだ、と。
 明るい場所を、正しい道を、光を探して捜して、そのうち何を求めていたのか分からなくなったりもしたけれど。
 光に向かって立てば背後には長く影が伸びるのだと、それに気付けただけでも良かった。ひどく静かな気持ちで、そんなことを思った。

 時間は限られている。だけどそんなの、俺に限った話じゃない。
 生まれ落ちた瞬間から、皆落ち続ける砂時計を持っている。
 だから、俺は行かなきゃ。
 俺の罪は消えなくても、それに嘆いて立ち止まっている時間はない。
 歩かなければ。誰より、自分自身のために。
 結局は自分本位なのかと詰られても、砂時計の砂がなくなる前に一度だけでも。自分を許せるように、なりたいから。

「……ジェイ、ド?」
「起こしましたか」
「うん。いや?」
「どっちなんだか分かりませんよ」

 頷いてから首を捻った。
 曖昧な返事に覗き込んでいたジェイドが苦笑する。
 何がどうしたのかイマイチ分からなくて、今の状況を思い出してみる。
 ここはケセドニアの宿だ。
 ジェイドがいるのは同室になったから。
 夕食後暫くしてから眠気が訪れ、早々にベッドに潜り込んだのだった。
 その時はジェイドは部屋には戻っていなかった。
 今がどれくらいの時間かは分からないが、ジェイドが見慣れた軍服姿ではない事から察するにまだ夜なのだろう。

「俺、うなされてた?」
「いえ、ただ随分と寝汗をかいていたようですから」
「ああ、だから……」

 ジェイドの手にタオルが握られているのはそれが理由らしい。
 死霊使いに寝汗を拭いてもらう日が来るなんて、旅の始まりの頃には予想だにしていなかった。
 可笑しくて少し笑い、それに気付いたらしいジェイドに笑顔を向けた。

「ありがとな、ジェイド」
「ここ数日強行軍ですからね」
「うん。でも、夜は明ける、から……」
「ルーク?」

 ゆるりと、意識が沈んでいく。
 伝えたい事はまだあるのに、瞼が開けられなかった。
 失くしたくないものが、ある。
 大切なひとを、彼らが居る明日を、彼らと過ごせる日々を。
 だからまだ歩けるのだと。
 一緒にいてくれてありがとう、と。
 口には出せなかったけれど、伸ばそうとした手を握られたような気がして。
 ひどく幸せな心地で、眠りに落ちた。


END


 

 



Web拍手掲載期間→2008/11/20〜2009/4/26

 

 

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