「て〜んごーく君」

「……何やってんすか、アンタ」

 病人じゃねーのかよ。
 言いたげに眉を顰める俺を見て(実際そう言ってやろうかと思った)、相手はふっと笑った。
 苦笑でも何でもない、まるで俺のそんな表情を楽しむみたいにだ。

 ああ、腹の立つ。









 
 ゴーゴーへヴン!!(Go Go HEAVEN!!)









 この人…鳥居剣菱さん(凪さんの実兄だ。冷静になってよく見りゃ似てやんのな)は、なんだか知らないが最近よくこうやって俺の前に姿を見せる。
 帰り途中の路地だったりとか、何となく寄ったコンビニでだとか。
 いやあの……ストーカーっすか?

 ちなみに今日の出会いの場所はというと。
 某全国チェーンのレンタルビデオショップ、だ。

「6回目」

「はい?」

「こーやって会うの、6回目なんだけど。てんごく君、気付いてた?」

 ……知るかよそんなもん。
 てーかいちいち数えてんなよ。ますますストーカーっぽいって。
 笑ってるし。

「相変わらずだなぁ〜、てんごく君は」

「何がすか」

「思ったことがすーぐ顔に出るよね」

「……好きで出してるわけじゃな」

「ちなみに今は〜。んー、そうだな〜、ストーカーかよアンタ。ってーとこかな〜?」

 ……くっそ。
 読まれてるし。
 マジ何?
 なんなわけですかアンタ。
 ESPっすか。

 とりあえず心中で悪態をついて(言った所でどうせ流されるのがオチだし、何よりこの人を怒らせると性質が悪いからだ)、俺は大きく息を吐いた。
 目の前で、相変わらず片袖がずり落ちた格好の剣菱さんは。俺の顔を見てにっこり笑った。(どうでもいいけど仮にも病人なら体冷やすような格好してんなよ)
 ああ、なんなんだよもう。

 何か、この人を相手にしてるといっつもこうなんだよな。
 ペースが掴めないっていうか、呑まれるっていうか、気付くと相手のペースに巻き込まれてるっていうか。
 とにかく、なんだか。
 凄い疲れんだよな。


「ホント、何やってんですか」

「何って、まぁうろうろとね〜」

「そう近くないでしょうに、学校」

「ん、まぁそうかな〜」

「……何考えてんすか」

 不機嫌を隠そうともせずにそう聞いたら、へらりと笑いやがった。
 何考えてんのか、相変わらず分かんねーし。

「……分かんない?」

「分かるワケないでしょーよ」

「本当に?」

 がし、と。
 伸ばされた手に、腕を掴まれた。
 こないだの腕相撲の時も思ったけど、存外力が強い。
 骨格の造りがしっかりしてるってのかな。
 病弱だったなんて聞かされた所で、きっと信じられない。
 いや、今だって。
 実際あの光景を目にしていなければ、信じられはしなかった。

 そんでも。
 その目に宿る光は、強いままだ。

「言わなきゃ、分かりません」

「嘘ばっかりだな、てんごく君は」

「俺は鈍いですから」

 言ったら、掴んでいた手を離された。
 うわ。
 結構な力で掴んでやがったな。
 なんか、ちょっと痺れてるし。


 曖昧に微笑う剣菱さんに、俺は何を言うでもなく。
 そのまま新作のコーナーに向かった。
 別に目的があって来たわけじゃない。
 ただ話題作のチェックをするのは、俺の趣味兼情報収集だ。
 懐かしのネタから旬の話題まで様々な情報を網羅し、管理し、且つそれを無駄なく使う。
 それには普段からの情報収集がかかせないんだ。

 ……多分、周りの奴らには騒がしいだけのバカだと思われてっだろうけど。
 影ながらの努力、してたりすんだぜ?
 ま、色々情報を持ってるってのは役立ちこそすれ、邪魔にはなんねーしな。
 目下の所、女装に次ぐ俺の趣味は情報収集だったりする。
 沢松以外、そんなん知りもしねーけどさ。

「なるほどね〜。てんごく君は、こういう所で地道に情報収集してるわけか〜」

 ……前言撤回。
 沢松以外にももう一人、ここに。
 俺の一面を知った人がいる。
 それが不可抗力かつ俺としては全く希望していなかった展開なのだってことだけは、俺の名誉としてしっかり主張させてもらう。
 溜め息と悟られないように息を吐いて、俺は新作の棚に手を伸ばした。
 片っ端から作品紹介を読む為だ。




「剣菱さん、映画とか見たりするんですか」

 新作もほぼチェックし終えた頃。
 俺は横で何を見るともなく見ている剣菱さんに、ふと思い当たって訪ねてみた。

「まぁ、誘われればって感じかな〜。よっぽど興味なきゃレンタルとかもしないし」

「……そんな感じですよね」

「何か言った〜?」

「別に何も」


 そうして返ってきたのは、予測していたのとほぼ同じ答えだった。
 映画館に行った所で、椅子に座って寝てそうだと思うのは俺だけだろうか。
 空調完備、客席は暗転、だなんて絶好の睡眠スポットになると思う。
 あれだけあちこちで寝られる人だ、映画の音ぐらい物ともしないだろう。
 てゆっかさ。レンタルもあんまりしないって言い切ったけど。それじゃアンタ、ここに何しに来たわけだよ。

 なんだかやけに疲れた気がして、今度はもう隠す気力もなく溜め息を吐いた。
 それを見たらしい剣菱さんが、軽く笑う。
 確認したわけじゃないけど、空気でそれが分かった。
 ああ、何。空気でそれが分かっちゃうほど一緒に過ごしたってことですか。そうですか。


「……てんごく」

「はい?」

「君の名前と同じ場所」

 ぽつっと。
 前触れなく唐突に呟かれた言葉は、今までとは打って変わった口調になってて。
 俺は驚いて剣菱さんを見た。
 剣菱さんは、俺じゃなくて別の方向を見てて。
 その横顔は、どこか遠くを見てた。

 遠く遠く。
 店の中なんて通り抜けて、もっと遠くを。
 空の果てを。

「俺はさ、それをいつでも近くに感じてきた」

「なに……」

「俺の知ってるその場所は、冷たいんだ。誰もいないし、何も無い」

「剣菱さ」

「けど、同じ名前なのに。てんごく君は、違うね」

 遠くを見ていた目が、戻ってくる。
 まっすぐに見据えられて、俺は動くことも忘れてた。
 ふ、と。
 視界が暗くなって。
 剣菱さんが俺の頭に手を置いてた。
 子供にそうするみたいに、頭を撫でられる。

「会いたかったんだよ。あったかい"てんごく"に。だから、この辺うろうろしてた。てんごく君の行きそうな場所を、色々考えて」

 剣菱さんのその言葉に、俺は多分目を丸くしたのだろう。
 俺の表情を見て、剣菱さんがふっと笑ったから。
 けど俺は、それどころじゃなかった。

「ば…っ」

「ん〜?」

「バカか、アンタは!!」

 怒号。
 という表現をするのがきっと一番正しいだろう声音で、俺はそう叫んでいた。
 店の中だというのもすっかり忘れて、だ。(まぁどうせ片田舎のことだ、客の数なんてたかが知れてたけどさ)
 感情的になるとすぐ顔に出る俺のことだ、きっと頬は紅潮してるに違いない。

「バカって……ひどいなぁてんごく君」

「バカにバカって言って何が悪い! 会いたいなら電話でも何でもすりゃいいだろ?! こんな回りくどいことしなきゃ俺が逃げるとでも思ったのかよ! バカにすんな!」

 言いながら、俺は頭に置かれたままだった剣菱さんの手を振り払った。
 だってもう、本当に頭にきてたから。

「呼べよ! そんな……っ、負担、かけんなっ」

 やべえ。
 何か、泣きそうだし。
 涙腺弱いよな〜、俺。
 自覚はしてっけど、どうしようもねーんだ。
 感情が昂ぶると、勝手に涙が堰を切る。

 泣きたくなんかない。
 そんなの、御免だ。
 そう思いはしても、視界が歪むのはどうにもならなくて。
 何よりもう、自分でも何がなんだか分からなくなってて。

 だってさ。
 心配しないわけないじゃん。
 俺だけじゃない。
 凪さんだって、アンタのチームメイトだって。
 みんな心配するだろ。
 俺に、俺があの場所に戻るのを気付かせてくれたアンタが。
 失くなったら。
 俺、すっげいたたまれないじゃん。

「うん……ごめんな、てんごく君」

「謝るなら最初っからすんな!」

「うん、しないから。もうしないから。泣かないでくれよ」

「泣いてねえっ」

「泣きそう」

 言われて、俺はバッと踵を返した。
 その足で、そのまま店を出る。
 剣菱さんが付いてきてるのは、足音で分かった。

 ずかずか歩く振動のせいで、溜まっていた涙が零れた。
 手の甲でそれを乱暴に拭って、いつもより早足で歩く。
 泣き顔なんか、見られたくない。


「な〜てんごく君〜?」

「……なんすか」

「呼び出し、してもいーわけ?」

「むやみやたらにうろうろされんなら、その方がマシっす」

「んじゃさー、携番教えてよ」

「は?」

「知らなきゃ、呼び出せない」

 こ、この人は何をぬけぬけと……っ。
 今の俺の顔、すっげ間抜けなんだろな。
 …っつか、呆れて涙も止まったし。
 そんでも半ば意地みたいに足を進めているのに、剣菱さんはお構いなしと言った風に話を続ける。
 ……強引な人だよな、実際。

「短縮の一番最初に登録して?」

「な、何言ってんですか」

「ヒーローみたいにさ。俺が呼んだら、会いに来てよ」

「ちょ、剣菱さん?!」

 聞いてない。
 人の話を聞かない人だ、この人は。
 てかなんなんだよっ。

「空の上の"てんごく"じゃなくてさ。俺は、てんごく君に会いたいから」

「人の話……ッ」

「俺を縛りつけてよ、この場所に」

 言葉も忘れた。
 思わず立ち止まって剣菱さんを振り返ったら。
 そこにあったのは、言葉の調子よりもずっと真剣な、目。

 ああ、この人は。
 遠くを見てきた人なんだ。
 俺の知らない、見た事のない場所を。
 幼い頃から、ずっと。多分、今だって。

 それを自覚した途端。
 そんな目を間近で見させられたその時、俺は俺の心の中を渦巻いていたもやもやした感情…例えば苛立ちとかそういう類の…が、絡まってしまった糸が解けるみたいに溶けていくのを感じた。
 暖簾に腕押し、柳に風、ってーのかな。
 この人には、何を言っても通じないと思ってたけど。

 そうじゃない。
 それだけじゃない。
 俺の知らない世界を見てきた人だからこそ、の態度だったんだ。
 それに気付かされた。
 気付いてしまったら、もうそれ以上拒むことなんてできなかった。

「……遠く」

「ん〜?」

「俺といる時は、遠くを見ないでください。それが約束できるなら、呼び出されてやります」

 そう告げた俺の言葉は。
 なんだか自分のとは信じられないくらい、固かった。
 固い調子で、だけどどっかしらが柔らかい。
 矛盾してるけど、そんな風な声だった。
 剣菱さんは、そんな俺の言葉に一瞬目を細めて。
 ゆっくりと、笑みを浮かべた。
 その笑顔は今まで見てきたものとは、どこかが違った。
 どこが、とは説明しがたいけれど。とにかく、何か違った。


 だけど俺は、その笑顔の方が今まで見てきたのよりもずっといいと。
 そんなことを思った。



「熱烈な告白だね〜てんごく君。ちょっとドキっとしたよ〜」

「こ……?!」

「てんごく君にそこまで言われちゃ、約束するしかないな〜。ってことで、携番教えて?」

 ……ころりと態度が変わりやがった。
 どっちが本性なんだよ、アンタ。
 言いかけた言葉をぐっと飲み込んで。(だってここでさっきのが告白なんかじゃないって必死こいて言ったところできっと堂々巡りになるであろうことは目に見えていたから)
 俺は観念して携帯を取り出した。
 つい最近機種変したばかりの、シルバーのそれを。

「仕方ないから、なってやりますよ。ヒーローってやつに」

「俺専用のね〜」

「……はいはい」

 不可抗力だけど。
 でも。
 ヒーローって響きは心地いいから、それでいいか、なんて思ってる辺り。



 俺はそんなに、この人が苦手じゃないらしい。





 ◇END◇



 

 

 

100題・課題14「ビデオショップ」をお送りしました。

2003.7.3の日記に書いた「ゴーゴーへヴン!!」に加筆修正しました。
初・剣菱兄さん。
未書き・苦手キャラ克服企画とか一人企画をたててた中の一本です。確か。
なかなか書きにくい人だった覚えがあります…

剣→猿っぽいですが、一応両思い一歩手前、ぐらいかな?
関係ないですが背景の写真はこれの為に金沢の携帯カメラで撮りました。
慣れない加工なのでへっぽこ…

UPDATE/2003.10.30

 

 

 

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