「ガキでも作っちまうか」 「……はい?」 遠回しな愛のうた 彼はいつもいつも言葉が足りない。 自分の脳内で分かっているからそれでいい、と本人は言うのだが、周りでそれを聞いている人間からすれば問題大有りなのである。 彼、シェゾ・ウィグィィはかなりの美形だ。 光を受けて輝く銀髪に、切れ長の目は深い海の底を思わせる碧、それに長い手足。 黙って立っていれば女にはさぞかし不自由はしないだろう容貌、なのだけれども。 いかんせん、彼には不名誉なレッテルが張られていた。 おそらく一般人が面と向かってそんなことを言われれば生きていくのが辛くなるだろうその代名詞は……何を隠そう"ヘンタイ"だ。 そう呼ばれるに至った経緯には色々な出来事が在るのだが、ここで語ると長くなるのでとりあえず省かせていただく。 彼が唐突に放った言葉は彼女…栗色の髪に、同じ色の好奇心旺盛そうな瞳を持ったそうは見えないがとてつもない実力を秘めた魔導士…アルル・ナジャの動きを止めてしまうには充分過ぎるほどだった。 それはそうだろう。 世間的にお付き合いをしている、所謂彼氏彼女な関係な二人だけれど。 その実シェゾがヘンタイ呼ばわりされるようになった経緯に彼女が大いに絡んでいたり、それどころか元々敵同士、と呼んでも差し支えないような間柄にあった二人が色々な紆余曲折を経て今日の関係に至ったりするのだけれど、それも話が長くなるので割愛。 とまあ、二人の間には色々としがらみやら因縁やらその他諸々が転がっていたりして、それは現在進行形なのだけれども。 冒頭の爆弾発言を口に出来るほどには、平和なのだと言える。 シェゾの言葉にアルルが固まったのも仕方ないだろう。 彼氏からいきなり「ガキでも作るか」などとトンデモナイ発言をかまされて驚かない彼女などそうそういないはずだ。 人によってその後の反応は様々だろうが、泣くか怒るか喚くか照れるか…… けれど、アルルの見せた反応はそのどれにも当て嵌まらなかった。 数瞬固まりはしたものの、すぐにそのフリーズは解ける。 そうしてからアルルが見せた仕草はと言えば、肩を落として溜め息を吐く、というものだった。 オプションは、額にかざした左手。 「あのさぁシェゾ……そういうの、まかり間違ってもルルー辺りに聞かれないようにね。女王乱舞で家具を壊されたりとか、迷惑極まりないから」 「可愛くねーな、もっと焦るとか怒るとかねーのかお前は」 「君の発言にイチイチまともに取り合ってたら疲れるんだもん。ボクだって学習するよいい加減」 ぱたぱたと手を振りながらアルルは言い放ち。 シェゾがそんなアルルの反応につまらん、と口の中で呟いたのを幸いにもアルルは気付かなかった。 シェゾが爆弾投下したのは、1日の終わり、夕飯も入浴も終わってさあ後は布団にもぐり込むだけ、という時間でのことだった。 ベッドに上半身を起こし本を読んでいたシェゾが、歯磨きが終わって寝室に入ってきたアルルに唐突に冒頭の爆弾を放ったのである。 残念ながら爆弾は不発に終わったようだが。 「なんでいきなり子供なワケ?」 もそもそと彼の隣りにもぐり込みつつ、アルルは問う。 部屋の明かりは消していない。 役割分担をしているわけでもなかったが、ベッドで本を読むのが好きらしい彼が明かりを消すのはいつのまにか暗黙の了解になっていたから。 「……なんとなく」 「なんとなく、でそんなこと言われちゃ世の女のコはたまんないよ。一人の人間を育てる、責任を負うって大変なことなんだから」 「お前は欲しくねーのか?」 「ボク? うーん、子供は確かに好きだし……」 シェゾとの子供だったらきっとカワイイだろうし、欲しくないわけじゃないんだけど。 そうしたらやっぱり、欲張りかもしれないけど男のコと女のコ、一人ずつがいいなぁ。 ボクは一人っこだったけど、ときどき兄弟が欲しくなったりしてたし…… ぐるぐるぐる。 先のことを色々考えて、アルルの思考は飛躍する。 今までだって楽しいことばかりじゃなかった。 だから思い描くそれも、きっと平坦なだけの道ではないのだろうけれど。 それでも、彼となら。 自分の隣りにいる、不器用だけれどまっすぐな、優しいひととなら。 苦難もきっと、乗り越えて笑える。 そう、思える。 「ていうかシェゾがそんなこと言い出す方がよっぽど意外だと思うんだけど。こう言っちゃなんだけど、子育てとか関心なさそうだし」 「まあ、勝手の分からん世界ではあるよな」 「じゃあ何で子供が欲しいなんて言ったりするのかなぁ」 じとり、とシェゾを睨みつけ、アルルは子供のように唇を尖らせた。 綺麗、というよりも可愛らしいという表現の方がしっくりくるアルルの顔立ちは、そんな表情をするとますます子供っぽく見える。 本に視線を落としながらも、横目でアルルの顔を見たシェゾは微かに唇の端を上げて。 本を閉じると、アルルの髪に指を絡ませた。 指通りのいい滑らかな髪は、触れていて気持ちいい。 触れられているアルルもまた、頭を撫でられるという行為が心地いいのだろう。 微笑むように目を細めている。 「……ガキでもいりゃ、外野がごちゃごちゃ言うこともなくなんだろ」 優しい指先とは裏腹の、どこか拗ねたような、早口の言葉。 それにアルルは少し目を丸くして。 それから、可笑しそうに吹き出した。 ある程度予想していた反応とは言え、やはり面白くないものは面白くない。 シェゾの眉間に、自然と皺が寄る。 アルルは笑いながら、布団の中から出した手をシェゾの手にそっと乗せた。 シェゾよりも幾分か体温の高い、柔らかな指先が縋るように絡められてくる。 「君って案外心配性だよね。ついでに苦労性」 「…んだそりゃ」 「まだ起こってもいないことまで考えて心配になっちゃってるんだもん。あまり難しいことばっかり考えてると禿げちゃうよ?」 「は…っ、誰が禿げるって?! 某魔王じゃあるまいし!」 「……男の人ってなんで頭の話題になるとそんなに敏感なのかなぁ」 思わず声を荒げたシェゾを、アルルはごく冷静にそんな言葉で分析した。 その冷静な声と瞳に、シェゾは取り乱してしまった自分に気付き居心地悪そうに顔を顰める。 アルルはその仕草にまた、楽しげに笑って。 もそ、と身体を起こすと、シェゾの首に腕を絡ませた。 そのまま、アルルはシェゾの頭を抱えるように自分の方へ引き寄せる。 シェゾはされるがままになっていた。 甘い香りが、鼻腔をつく。 「ボクはまだ半人前だし、君だってまだしたいことがある。そうでしょ?」 「……だな」 「だったら、子供はもう少し先でもいいと思うよ。今のままじゃ生活力も心もとないしね」 「お前がそんな現実的だとは思わなかった」 「もう、茶化さないでよ! 大事なことでしょ!」 「ああ」 頷きながら、シェゾはアルルの背中に手を回した。 相変わらず、細くて小さい体だ、と思う。 少し力を込めれば、この背骨は砕けてしまうだろう。 そんな体が、自分の腕の中にある。 安心して、身を預けてくる。 その心地の、どれだけ至福なことか。 シェゾの髪に頬を埋め、アルルは嬉しそうに笑っている。 その微かに洩れる声は、まるで歌のようだった。 歌詞はないけれど、その歌の示す所は歓喜だ。 億面もなく、そんなことを考えた。 間違ってもそれを口にしたりはしないけれど。 「一緒にいよう、でいいと思うよ」 「何がだ」 「子供とか、そういうまわりくどいことじゃなくてさ。一緒にいようって言葉でいいのに。ボクは君が思う以上に、君のことが好きなんだから」 そばにいて。 離れないで。 それを口に出来ないのが彼なのだと知りながら。 シェゾの言葉の裏側にあった、本音を汲み取ったアルルは笑いながら諭すように教えた。 シェゾがそれを言えるはずもないのを充分理解しながら、それでも。 不器用な彼が口にした素直じゃない「一緒にいよう」が、どうしようもなくアルルには嬉しかったから。 この先の未来で、いつか彼の言葉を本当にする為に。 アルルは、抱きしめた腕にそっと力をこめた。 大丈夫、大丈夫だよ。 君の声は、ちゃんと聞こえてるから。 不器用で遠回しでも、ボクには聞こえたから。 嬉しかったから。 ともかく今は、こうやって体温を分け合っていようよ。 ……ね? END ※蛇足 「ねえ、でもいつかは本当にしようね」 「……あんまり待たせるなよ」 「う、善処するよ……でもさあ、シェゾって結構親馬鹿になりそうだよね〜」 「何を判断基準に言ってやがんだ」 「娘が出来たらさ、悪い虫がつかないようにすっごい必死になりそう」 「何を勝手に…(聞いてねえな人の話……)」 「あ、でもボクらの子供って言うとさぁ……魔導力、凄いかもね?」 「……要教育だな」 |
100題・課題93「Stand by me」をお送りしました。 ぷよっすよ。魔導っすよ。 うーわー、うちのサイトに訪れる方の何割が知ってらっしゃるというのか。 (しかもぷよの新作キャラ一新されてるしなー) まぁ100本もあれば色々出てくるだろうなーとは思ってましたが。 自分でもまさか魔導が来るとは思わなかった…(笑) しかも趣味に走ったCPで突っ走ってますし。 ともかく、お読みいただきありがとうございましたv 書いている方はかなり楽しかったです。 UPDATE/2004.7.22(木) |
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