世界の果てへ向かう船





「ち、海軍のくせしてシケた食料だなぁ、オイ」

 海軍からまんまとせしめた船で、トルトゥーガへ向かうその途中。
 ガタガタとそこらを漁っていたジャックが、そんな文句を言いながら手にしていたのは、ラム酒の瓶とパンだった。

「オラ、食うだろ」

 ぽい、と投げられたそれを受け取り、ウィルは剣を磨いていた手を一度休めることにした。
 齧りついたパンは固い。
 思わず眉を寄せたウィルを見て、ジャックは意地悪げににやつくとラム酒の栓を開けた。
 それをあおって、一息つく。

「まあ、酒は悪くねえ」

「あるだけマシだろ」

「言うねえ、若造が」

 くく、と笑うジャックは何やら楽しげだ。
 何がそんなに楽しいのか、と問おうとしたウィルだが、迷った末結局口を開かずに終わる。
 きっと聞いた所でマトモな答えなど返ってこないだろうから。
 この男は飄々としているようで、物事の真理を射抜く目をしている。
 それは、付き合いの短いウィルにも痛いほどよく分かった。

 頭の回転の早さ、駆け引き、隠し持った手札の多さ。
 そのどれを取っても、きっと一級品なのだろう。
 切り札を出した、と見せかけてその実懐にもっと重要な一枚を秘めている。
 そんな男だ。
 時折、バカなのかとも思うこともあるけれど。


「よお、聞きてえか?」

「……何を」

「お前の親父が、何で"靴ひものターナー"って呼ばれてたか、だ」

「別に、知りたくもない」

「なんだ、付き合い悪ぃなあ」

 寄る辺もないウィルの答えに、ジャックは肩を竦める。
 まーだ海賊の血を認めらんねーのかね、と呆れもするが、自分にはどうでもいいことだとそれ以上の追究はしなかった。
 お世辞にも美味いとは言い難いパンを齧り、それを流し込むようにラム酒を飲んだ。
 ハムの一つでも摘まみたいところだが、ここは船上だ。
 とりあえずの食料には困らないだけ、マシだろう。

「あー、やっぱ海はいいねえ」

 思わず洩れた一言に、ウィルはジャックに訝しげな目を向けた。
 何を言い出すんだこの男は、という色がありありと浮かんでいるその目に、ジャックは唇を歪める。

「分かんねえか、波音、水平線、青い空に白い雲、その全部が自由の象徴じゃねえか!」

「……独房に入れられてた身には、余計にそう感じるんだろうな」

 両腕を広げたオーバーアクションで言うジャックに、ウィルはすげなく返した。
 あながち間違っているばかりでもないそれに、ジャックは苦笑する。
 あのままいれば、今頃は縛り首でゆらゆら揺れていたに違いないのだから。
 それを考えれば今の状況は極楽と言っても差し支えないだろう。
 何せ、またこうして海へ出られたのだから。

「お前に分からない筈はねえんだがな? お前も、親父の血を引いてんだ」

「さっぱり分からないね、そんな心地」

「自分の意見を曲げねえとこも、親父似だ」

「………」

 笑いながら告げられて、ウィルは顔をしかめる。
 もう何を言っても無駄だ、と。
 そう悟ったから。




 楽しげに鼻歌なんぞ歌っているジャックの横顔を眺めながら、ふとウィルは思う。
 自分の父親は、何故海賊になったのだろうかと。
 略奪、喧騒、その只中に身を置いて。
 目の前の男もそうだが、何がそんなにも海へ駆りたてたのだろうか。

「アンタはなんで、船に乗る? 海へ出る?」

 口から零れた言葉は、自分でも言うはずなかった疑問で。
 言ってしまってから、ウィルは焦って口を押さえた。
 けれど一度零れた言葉がそれで戻るはずもなく。
 快晴の空の下、しっかりその言葉が聞こえたジャックは、殊更ゆっくりとウィルの方へ顔を向けた。

「ああ、そりゃ難しい質問だな」

 気まずげに顔を曇らせるウィルに、ジャックは面倒くさげな声音でそう告げる。
 その答えが意外だったのか、ウィルは驚きをその顔に浮かべた。
 ポーカーフェイスのできねえ奴だな、と思いながらジャックは残り少なくなった瓶をあおる。

「じゃあ聞くが、お前は何で生きてるよ?」

「何で……って」

「それと同じだ、海賊に何故海賊をやってるか聞くなんぞな」

「理由もなく略奪行為に及ぶのか?」

「それが生きるための手段だからな。仕方ねえ」

 こともなげに言い切るジャックの言葉に、ウィルは眉を寄せる。
 予想通りな反応に可笑しくなり、笑いながらジャックは空になった瓶をごろんと放った。
 転がった瓶は、そのままウィルの足元に行き着く。
 つま先に当たった瓶に目を落として、ウィルは何か言いたげだった。

「そこに海がある、船がある、だから海へ出る。それだけだ。理由なんかねぇんだよ」

「それだけのことで誰かを傷つけることが正当化できるのか? だとしたら大した神経だな!」

「あのなぁ……お前、勘違いしてねえか?」

「勘違い?」

 語調を荒げたウィルに解することなく、ジャックはいつも通りの態度を崩さない。
 それにどこかしら拍子抜けし、思わず鸚鵡返しに聞き返した。

「海に出る理由なんざ、人それぞれだろーよ。金銀財宝を求める奴、自由を求める奴、冒険好きって奴もいるだろうな」

「さっきと言ってることが違うじゃないか」

「あぁ? いいから最後まで聞けって。だがな、理由なんてもんは建前でしかねーんだよ。そんなもんは後から幾らでも付けられる」

 この男は、何が言いたいというのだろう。
 思いながら、それでもその言葉を遮ることができない。
 半ば呆然としているウィルの手元から、ジャックがラム酒を奪って行ったが。
 それも最早、どうでもいいことだった。

「海に出てるヤローどもなんざ、皆同じなんだよ。ただ海に出たいだけ、それだけだ」

 単純だろ、言いながらジャックは笑う。
 出された答えは、あっけないほど単純で馬鹿馬鹿しい。

「俺たち海賊にとっちゃなぁ、この海が世界なんだよ。これが、世界の全てだ」

「……海賊にバカが多いのは、そういうワケか」

「ああ、そういうワケだ」

 溜め息混じりに言ったウィルに、ジャックはそう返し。
 にやりと笑って見せた。
 皮肉も通じない。
 呆れて、けれどそれもなんだか可笑しくて。
 ウィルはふっと息を吐いた。

 その口元に、ほんの微かにではあったが笑みを刻んで。







「まあでも、アレだな」

「? 何だ?」

 食事も終わり、途中だった剣の手入れを続けようとした時。
 ジャックが思い出したように口を開いた。

「俺が海に出る理由、だ。強いてあげるなら、俺の心臓に髑髏が刻み込まれてるから、だな」

 右手の親指で、己の心臓を指し示しながら。
 ジャックはにやりと、笑って見せた。
 それは違わぬことない、海賊"キャプテン"ジャック・スパロウの見せる表情だった。



END



 

 

 

100題・課題26「The World」をお送り致しました。

そんなこんなでやっちまいましたーッ!!
感満載のPOCです。
POCが何の略だか分からない方もいらっしゃるかもしれない。
POC=パイレーツ・オブ・カリビアンです♪
キャプテン好き好きーv

何故かラストの「俺の心臓に髑髏が〜」って場面が思い浮かびまして。
それを書くが為だけに話を作ってみました。
ジャックもウィルもまだ性格をきっちり掴みきれていないような気もしますが、
今の私なりの二人です。

難しげなお題だっただけに、早めに終わって何よりです(本音かい)
まだまだ先は長いですけどね…楽しみますよ♪

UPDATE/2003.9.6

 

 

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