大誤算。 青天の霹靂、急転直下。 目を丸くしてる間にも、地球は廻り続けるもので。 でもま、そういうもんでしょ。 最強最大ミステイク・3 〜大誤算から大逆転〜 台風一過の空の下、てくてく歩く高校生二人。 半歩前を歩くのは御柳芭唐。 その御柳に手を掴まれて歩いているのは猿野天国。 手を繋いでいる、では断じてない。 掴まれている、のだ。 天国はそれに気付いていないようだったが。 事の発端は、天国の携帯にかかってきた一本の電話からだった。 久々の部活がない日。 予定は特にないけれど、せっかくの休日、おあつらえむきにいい具合に晴れ渡った空。 それになんだかワクワクしながら、今日一日をどう楽しもうかと思っていたその矢先。 天国の携帯は一本の電話を着信した。 画面に表示されていたのは「俺様」なる文字で。 それを確認した瞬間、天国の背後にブラックホールが出来たのは御柳の預かり知らない話ではある。 そうして天国はまんまと「俺様」こと御柳に呼び出され。 待ち合わせ場所の駅前に着いた時に一悶着あったりはしたけれど(御柳に言わせれば天国が一人で騒いでいただけ、とのことになるのだろうが)、なんだかんだで一緒に歩いている辺り、二人の相性は悪くはないらしい。 天国は別に、御柳に呼び出されることが嫌な訳では、決してない。 御柳と一緒にいるのは楽しいし、何より好きな人だから。 好きな人と同じ時間を過ごせるというのは、やっぱり幸せだと思う。 だとすれば、何に対し天国が困惑しているのかと言えば。 ひとえに、御柳の強引さ、に尽きる。 そう、御柳のスタイルといえばゴーイングマイウェイ、他人がいようがどこ吹く風、ていうかむしろ俺の思い通りにならないことなんてないっしょ、な人間で。 その押しの強さに押し切られたことなんて、珍しくもない。 天国は決して自身が謙虚な人間だとは思っていない。 周りの反応を伺うことはありこそするが、自身の意思や意見はハッキリ持っている。 それでも、それなのに、御柳に押し切られる。 断ろうと思えば、断れるのだ。 それは天国も理解している。 それなのに何故こうも毎回毎回流されてしまうのか。 そんなもの、今更考えてみることでもない。 分かり切った結論に、思わず溜め息が漏れる。 「惚れた弱み、って恐ぇよな……」 「何、俺に惚れ直したか?」 「言ってろ、バカ」 呆れたように返せば、御柳は天国の方に顔を向けてにやりと笑う。 うわ、ヤな笑い方だなオイ。 内心で呟くも、それが御柳に聞こえているはずもなく。 「ひっでーよな〜、俺は天国にベタ惚れなのに」 「お前がそういう事を言うってのがまず間違ってると思うんだが、俺は」 いい加減御柳の言動にも慣れている天国は、動じることもなくため息を吐いた。 すげなく言い返す天国に、御柳はぷう、とガムを膨らませた。 ……ついさっきゴミ箱に噛み終わったのを捨ててた気がするんだが。 いつの間に新しいのを口の中に放り込んだのだろう。 御柳の神出鬼没、理解の追いつかない行動には慣れてきたとは言っても。 気になる事は、やはり気になってしまうのが人間の性だ。 ぼけっと御柳を見つめる天国の視線に、御柳は臆することもなく。 限界ギリギリまで膨らませたガムを、寸での所で口の中に戻した。 「どっちかってーと、お前のが意外じゃね?」 「何が」 「もっと、好きとかそういうの言いそうに見えっけど」 「……照れるじゃん。そういうの言うのって」 「ふーん、そういうもんか」 御柳の呟きに、決まり悪げに視線を逸らし、俯いて。 目が追うのは、足先。 御柳の、少しだるげに見える足の運び方。 けれど何気ない素振りで、御柳が自分に歩調を合わせてくれていることを天国は知っていた。 身長差があるのだから、当然の如く歩幅も違う。 それでも、御柳は至極当然のことのように天国の隣りを歩いた。 元々歩くのがそんなに早いわけではない御柳だけれど、自分の歩幅を天国が歩くのに合わせて。 少し、ほんの少しだけ天国の隣を歩くのに丁度いいぐらいに、歩幅を調節して。 少しだけ悔しいのは、本当。 違いを見せつけられて、それが悔しくないだなんて嘘でも言えない。 だけれど、嬉しいのも、本当。 面倒くさがりで、自分の興味のある事にしか反応を見せなくて、いつでもどこでもだるげな表情を晒してるような奴なのに。 そういう奴が、自分の隣を歩く為に少しだけ意識を向けてくれること。 それが、何気ないようでいてその実凄いことなのだと、天国はそれを知っていたから。 「それに、それにさ。俺、思うわけだ。お前は思いついたら即言ったりできちゃうんだろうけど。俺は違うんだ。そういうの、溜めておきたいって思うんだよ」 「溜める?」 「おう。好き、って気持ちをさ。溜めて溜めて溜めて……もうこれ以上は抱えられないってとこまで溜めてさ」 「そんで?」 「爆発しそうになったら、その時に言うんだ。俺は、そう決めてんの。その方が、希少価値上がる気ぃすんじゃん?」 「ふーん」 嘘。 決めてなんかない。 内心で冷や汗をかきながら、それでもああそうだったのか、なんて納得していたりもして。 好き、って気持ちは本当だけれど。 御柳へ向かうその気持ちは他の誰より何より強いのだと、自惚れではなくそう言い切れる自信もあるのだけれど。 いざ本人を前にしてそれを言葉に出来ないのが、天国にはどうしてだか分からなかった。 面と向かって口にするのが照れる、というのは勿論ある。 けれど、それを簡単に上回るぐらい、御柳が好きで好きで。 それなのに何故、言えないのか。 その理由を今、自分の言った言葉に貰った。 なんとも間抜けな気がするのは否めないが。 「ま、ヤな気はしねーよ」 ふ、と口元を緩めながらの御柳の言葉に。 天国の表情は一気に明るくなる。 「だろっ?」 分かりやすい天国の反応に、御柳はくっと笑った。 御柳は天国とは逆に、言いたくなったら躊躇うことなく好きだと口にするし、触れたくなったら手を伸ばす。 一度信号待ちの時にキスをして、天国を盛大に怒らせたこともあったりする。 だが、御柳は懲りない。 どれだけ言われても、天国に触るしキスもするし抱きしめる。 それが御柳の「好き」の表現だからだ。 場所を考えろ、とか人目を気にしろ、とよく言われるが、御柳にとって関心のないものは全部同じ。 言わば、そこに立っている電柱と通行人が同じ扱いなのだ。御柳の意識の中では。 好きな物は好き。嫌いな物は嫌い。 捻くれてるだの天邪鬼だの好き放題言われている御柳だが、自分は結構分かり易いと思っている。 好きと嫌い。 御柳が意識するのはただそれだけなのだから。 「だったら、言ってくれよ。俺が好きだって」 「う」 「俺の目ぇ見て、偶にでいいからさ」 瞳を覗き込まれて、天国はたじろぐ。 鳶色の目が、ついぞ見ない真剣な色を湛えているから。 不覚ながらも心臓が疾走を始め、顔に熱が集まるのが分かる。 思わずぐ、と息をも止めていた天国だが、このままこの目で凝視され続けたら絶対心臓止まるっ! と御柳に些か失礼な事を考えて。 「た、偶には……な」 こく、と頷いたのだった。 顔を真っ赤にしている天国を見て、御柳は相変わらずだな、と肩を竦めた。 それは嫌味な意味ではなく。 見慣れた天国の仕草だが、見飽きることはない。 そんな自分がなんだか可笑しかったから。 駅前から随分歩いているというのに、天国は未だに手を繋いでいるという事実に気付いていないようで。 それがまた、可笑しかった。 繋いだその手に少し力をこめて。 御柳よりも天国の体温は少し高めで。 そのぬくもりが、どうにも心地よかった。 「なあ、ところで結構歩いてると思うんだけどさ。一体どこまで行くんだ?」 天国がそう切り出したのは、およそ駅から歩き出して5分ほどが経った頃だった。 ……聡いんだか鈍いんだか相変わらず分かんねー奴。 御柳が内心でそう呆れたように呟いたのを、天国は知らない。 何もかもを見透かしているかのような目をしたかと思えば、次の瞬間には聞いている方が思わず脱力してしまうようなことを真顔で言ってのけたり。 御柳からしてみれば、天国は宇宙人だと言われても信じられるかもしれなかった。 今まで見てきた、どんなタイプの人間とも違う。当て嵌まらない。 だけれど、それが不快ではない。 むしろ、楽しい。 こんな自分は、いっそ病気なのかもしれないと思う。 中毒者のようだ、と。 甘い毒が、血流に運ばれて全身に巡っていくかのような。 溺れている自分を自覚する。 毒が回って、細胞が造り替えられて。 それでも、不快だなんて思えない。 ああ、重症だ。 思いはするのに、零れるのは笑いだったりして。 嵌っているのなんてとうに自覚している。 猿野天国、という人間に。その魂に。 「みゃあって。何ボケっとしてんだよ。どこ行くんだって聞いてんじゃんか」 「あー……見惚れてた」 「アホなこと言ってんな」 へらりと笑って、語尾にハートマークの一つも着いているような口調で言ったのにすげなく返され。 そういうのも、嵌る要素の一つなのかも、なんて思ったりする。 そっけなくされる程、だなんて青臭いガキのようだと自分でも思うが。 心が傾倒していくのに、理由も理屈も必要ないのだということを、言葉よりも強烈な引力で御柳に教えたのは天国の存在そのものだったから。 「相変わらず恋人に対して冷たいよなー……俺落ち込むぜー?」 わざとらしく言って肩を落とす御柳に、けれど天国は冷たい視線を送るだけだ。 御柳のその仕草も言葉も所詮ポーズなのだということを、天国は今までの経験上知っていたからだ。 「んで、どこ行くんだよ」 さらりと無視して、三度問う。 御柳は今まで肩を落としていたのもどこへやら、けろりとした表情で天国の方へ顔を向けた。 やっぱ演技かよ。 分かってはいたけれど、思わず顔を顰めてしまう。 そんな天国の様子に構うことなく、御柳は表情同様にけろりと言い放った。 「んー、オムライスの美味い店」 「……はい?」 今。 今、なんだかとてつもなく目の前の男には似つかわしくない単語が。その口から発せられはしなかっただろうか。 思いもかけない爆弾に、見事黙らされた天国は。 きょとんとした表情で御柳の顔をまじまじと見やっているだけだった。 その顔が可笑しかったのか、それとも天国の反応が予想通りだったからか、御柳はにやりと笑い。 「お子様は、そーいう料理が好きっしょ?」 「お…ッ。誰が子供だよっ!」 「ん〜? だーれもお前のことだなんて言ってねーけどなぁ?」 「うぐ……っ」 やっっぱり御柳は意地が悪い。 底意地が悪い。 性根が曲がってるんだ、きっと。 分かっていたことだが、再確認して。 天国はふーっと息を吐いた。 言いたい事は山ほどあったが、不毛なやり取りで精神を疲弊させるのはご免被りたかったのだ。 そんなことをしても自分が疲れるだけで何の得にもならない。 決して長い、とは言い難い付き合いのはずなのにそれが分かってしまう自分に複雑な思いを抱かずにはいられないのだけれど。 人付き合いというのは長さではない、深さなのだなぁとこんな場面で再確認してしまうことになるとは思わなかった。 勿論、長く過ごしたその分積み重ねられた歴史というものが持つ効力も、充分過ぎる威力を持っているのだということを天国は知っていたのだが。 「俺が気に入ってる店紹介してやるなんて、珍しいんだからなー。もっと嬉しそうな顔見せてくれてもバチ当たんねぇっしょ」 「……一人で言ってろよ」 口にする御柳の方が余程嬉しげな表情をしていて。 ていうかそれ、お前が食べたいだけなんじゃねーの? 呆れつつ内心で呟いて、ふと天国は思い当たった。 御柳が、自分からわざわざ出向いてそんな店を発掘するようなタイプでないことなど、とっくに知っている。 だとすると誰かに連れていってもらった、というのが妥当だろう。 オムライス、というメニューから考えてもそれが最近のことではないことが伺い知れる。 ここまで考えが及んだ時点で既に、天国の脳内には幼い御柳がはふはふとオムライスを頬張る図が鮮明に浮かび上がっていた。 「……かわいーかも…」 「何だって?」 思わず呟いた天国の言葉は、本当に小さな声でしかなく。 それを聞き逃した、けれど何事かを言ったのだけはしっかり聞き取った御柳が、天国の方に顔を向ける。 うわ、地獄耳だなオイ。 思いつつも口には出さずに。天国は何でもない、と首を振る。 けれどなんだか、何故だか自分でも分からないままおかしくて。 ふっと、笑みが零れた。 御柳は怪訝そうにしたものの、問い質してくるでもなく。 楽しげにしている天国に、むしろ満足している自分を感じていた。 大したことなんてしてねーんだけどな。 微苦笑しつつ、握った手に力を込める。 触れる、広がる熱に、ただそれだけのことに、心が軽くなるのをハッキリと感じた。 一緒にいること。 それが、楽しいと思えること。 単純なようでいて、なにより大切なそんなことを。 少しでも多く一緒に見たい。感じたい。 だから、強引だと言われようと何だろうと、この手を離すつもりなど毛頭なかった。 少しでも長く。 少しでも多く。 隣りに、一緒にいること。 自分でもバカみたいだと思うけれど、今望むべくはただそれだけだから。 嬉しげな御柳を見て、天国はなんだかんだ言っても今日が休みで良かったな、と思う。 休みで、晴れで、一緒に歩けていて良かった、と。 どうしてこんなことになったんだろう。 幾度となく繰り返した問い。 答えが見つからないと分かっていながら、それでもきっとこれからも何度となくそれを繰り返すのだと思う。 御柳の隣りを歩くようになったきっかけは、今でも天国自身よく分からなかったりする。 ただ、面白そうだなと思ったことは覚えているのだけれど。 引力のように抗い難い力が、そこにはあったのだろう。 価値観も考えも人生観も、全部を変えられた気がした。 つまんね〜生き方するぐらいなら、さっさと去ねよ。 アイツは、全身でそう言ってた。まるで俺の魂に、語りかけるみたいに。 ……俺の人生最大の誤算は、御柳って存在に会った、その存在を知ってしまった、そのことなのかもしれない。 けれど。 誤算だろうと逆境だろうと、別に構わないと考えている自分がいるのを天国は解していた。 出会ってしまった、その存在を知ってしまった事実は今更変えるべくもない。 それなら、ただ進むだけだ。 自分の信じる道を、信じるままに。 「ま、ノープロブレムだよな?」 「あー? 何だか分かんねーけど、そうなんじゃね?」 だって俺、お前のこと好きだしさ。 お前も俺のこと好きだし? 問題なんかねーじゃん、全然。 たとえば世界中を敵に回したんだとしても、逆転勝利で笑える自信があるよ、俺には。 お前と一緒だから、さ。 「言ってなんかやんねーけど」 「何一人で言ってんだよ、さっきから?」 「調子付くから言わねーよ」 べ、と舌を出しながら答えた天国に。 けれど御柳は楽しげに笑ったのだった。 追記。 この後、ふとショーウインドウに目をやった天国が手を繋いだままだったことに気付き大いに慌てるのは(必死で外そうとしたが結局離すことはできず)、ここから数十メートル行った先の。 御柳が連れて行った店のオムライスを天国が大絶賛して気に入るのは数十分後の。 確かな、けれどこれとはまた別の話である。 END |
100題・課題39「オムライス」をお送りしました。 「最強最大ミステイク」シリーズ三部作これにて完結でございます。 金沢的御柳の代名詞「俺様何様芭唐様」が存分に書けたような気がします。 まぁそんなこと言いつつ御柳も天国に振り回されてるんでね。 立場は同じなわけなんです、本当は。 しかしお題「オムライス」が無理矢理な気がしないでもない…… というツッコミは心の内に閉まっておきます。 UPDATE/2003.12.21 |
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