月も太陽も、

 全部。

 欠けてなくなっちゃえばいいのに。





   
真昼の白い月に





「見ーつけた」

 我愛羅が座っているのを見つけたサクラは、心なしか嬉しそうにそう口にした。
 市街地から外れた森、その木の梢。
 そこに座った我愛羅は、どこか人間離れした雰囲気を漂わせていた。

「がーあーらー」

 サクラの存在に気付いていないわけはないだろうに、我愛羅はサクラが呼ぶまでサクラを見ようとはしない。
 最初はそれが、なんだか寂しかったのだけれど。
 何度かそういうことがあるうちに、ふと気付いた。
 我愛羅は、名前を呼ばれたいのだと。

 我愛羅がそう口にしたわけではないのに、何故かそう思った。
 けれどそれは、あながち間違っていないと思う。
 滅多なことでは表情の動かない我愛羅が。
 己の名前を呼ばれたその時にだけ、わずかに。
 ほんの僅かにだけれど、その瞳が揺らぐから。

 今日もやはり、名前を呼ぶまで我愛羅はサクラを見ようとはせずに。
 呼ばれた名に、我愛羅はゆっくり首を動かしてサクラを見据えた。
 木の上からなので、必然的に見下ろすことになる。
 無表情なままの我愛羅に、サクラはぶんぶんと手を振った。
 我愛羅から見れば、何をそんなに嬉しそうにしているのか分からない、そんな風な表情で。
 その名と同じ、桜色の髪が日の光の下でやけに眩しく見える。
 我愛羅がそれに極僅かに目を細めた所で、サクラは我愛羅のいる木の真下に辿り着いた。


「隣り、行っていーい?」

 首を傾げながら問うと、頷きが返って来る。
 サクラはたん、と地面を蹴った。

 我愛羅は、いつも、高い場所に、いる。

 民家の屋根の上だとか、今日のように木の上だとか。
 高い場所が好きなの、と一度聞いたことがある。
 それに返ってきたのは、分からない、という言葉だった。

「おはよ」

「ああ」

 程なくして我愛羅のいる梢まで辿り着き、朝の挨拶を交わす。
 愛想の欠片もない我愛羅だったが、サクラはそれを気にする様子も見せずその隣りに座り込んだ。

「眺め、いいね」

「よく分からない」

 淡々とした口調に、思わず苦笑が洩れる。
 いつもこの調子だから、いい加減慣れてしまったが。
 どうしてこの人の隣りに、私はいるんだろう。
 そう思ったことも一度や二度じゃない。
 けれど、立ち切ることもできずに。

 サクラは今日もまた、我愛羅の隣りに座っていた。
 何をするわけでもない。
 時折サクラから話しかければ、答えは返ってくる。
 けれど、我愛羅から話しかけてくることは滅多にない。皆無に近い。
 時折かわされる会話以外は、二人の間に満ちているのは静寂のみ。

 何が楽しい、ってわけでもないんだけど。
 でも、追い払われるわけでもないから。

 誰に言い訳するでもなく内心でそんなことを呟いてみる。
 サクラ自身、分かっているのだ。
 この関係が歓迎されるようなものではないこと。
 そして、長続きするものでもないことに。
 けれど、だからこそ。
 今は壊したくなかった。
 この関係を、この空気を。


「月……」

「え? ああ、本当だ」

 時折吹きつける風は、ひどく優しい。
 髪を揺らすそれに心地良さげに目を細めた所で、ふと我愛羅が呟きを洩らした。
 喧騒の中ならば気付かれないであろう程度の声音も、今この場では聞き取るのに充分すぎる音量だ。
 見上げた空には、月が架かっていた。




 真昼の青空に、白い月が。



 取り残されたように浮かんでいた。





「満月の日は、俺に近づくなよ」

「え?」

「……俺が、俺じゃなくなる」

「我愛羅?」

「分かったな?」

「う、うん」

 まっすぐに見つめられて、気圧される。
 サクラが頷くと、我愛羅はまた視線を逸らしてしまった。
 その横顔がどこか淋しげに見えて。
 サクラは、無性にその頬に触れたいと思った。
 思っただけで、それを行動に移せはしなかったのだけれど。


 頭上には、白い月。

 見上げたそれが、今だけは消えて欲しいと。

 なくなってしまえばいいと。

 そう、ハッキリ思えた。




 消えちゃえばいいのに。

 全部。

 月も星も太陽も。

 暗くなった世界でなら。

 躊躇うことなく貴方を抱き締められる。



 そんな気が、するのに。



◇END◇





 

 

 

100題・課題52「真昼の月」をお送りしました。

2003/5/26の日記に書いた話に加筆修正したものです。
マイナーもいい所の我愛羅とサクラ。
実はNARUTOの世界で一番幸せになって欲しいのが、我愛羅。
なんでかツボったらしいです。

ただこの二人だとどうしても悲恋っぽい雰囲気になるんですよね…
それを踏まえ、でも幸せを感じて欲しいなぁ、とか思いつつ。
隣りにいられる、その幸せ。

UPDATE/2003.10.30

 

 

 

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