この関係の名前が「恋愛」になってから。 ふと思って、口にした事がある。 「お前、誘蛾灯みてーだよな」 「なんだそりゃ」 俺の言葉にアイツは、一笑に付しただけだったけど。 この身を焼かれても 携帯から流れる、軽快なメロディー音。 けれどそれはすぐに切れ、部屋の中に再び静寂が訪れた。 と、部屋のドアが開く。 「コーヒー持ってきたぞー」 どこか楽しげにも聞こえる声音に、御柳は目を向けていた携帯から視線を外し、声の主を見やった。 「遅ぇ」 「お前なぁ……たかがじゃんけんで勝ったくらいで態度でかすぎだろそれは!!」 眉を寄せ、天国は足元にあったクッションを御柳に向かって蹴った。 が、それは簡単にかわされる。 蹴られたクッションはぼてっと情けない音をたてて床に転がった。 「ってかじゃんけん勝負にしよう、つって負けたのお前っしょ。文句言えんの?」 「ぐ……分かってるっつの。だからホレ、ちゃんと淹れてきたって」 悔しげに顔を顰めつつ、けれど負けは負けだと認める素直さが天国らしいというか何と言うか。 手渡されたカップから立ち上る湯気。 コーヒーの匂いが、部屋に満ちていく。 ふと、何かに気付いたらしい御柳が僅かに眉を寄せた。 「お前、またココアかよ?」 「……悪いかよ」 「ガキ舌」 「うっせ、好きなんだからいいだろ」 御柳の問いにべえ、と舌を出して天国は手にしたカップに口をつける。 「別に悪いとは言ってないっしょ。またかって聞いただけで」 「既にその聞き方が責めてるっての」 「いちいち拗ねんなって」 「拗ねてねえ!!」 いや、その顔はどう見ても拗ねてんだろ。 言いかけて、口をつぐむ事に成功する。 これ以上言うと、機嫌を損ねた天国が帰りかねない。 付き合いはそう長くはないけれど、その辺は心得てきた。 それもまぁ最近やっと、の話なのだけれど。 コーヒーの苦さは、丁度いい。 濃過ぎもせず、薄過ぎもせず。 そういや俺、教えてなかったよな。 いつの間に覚えたんだろ。 そんなことを考えながら、コーヒーを飲む。 俺はコイツの好みのコーヒー入れられっかな。 …っつかその前にコーヒーあんま飲んでねえか。 そんなことを考えながら、御柳はふっと口元を緩ませ。 それに気付いたらしい天国が、怪訝そうに眉を寄せた。 「そういやお前」 御柳がそう口にしたのは、カップが空になる頃で。 「んん?」 「さっき携帯鳴ってた」 「さっきって……いつだよ?」 問われ、御柳は白々しく首を傾げてみせ。 「コーヒー持ってくる前」 「さっきじゃねーじゃん! 随分前だろソレ!!」 「忘れてたんだよ。別にそう騒ぐことでもねーっしょ」 眉を顰め、肩を竦める。 天国はそんな御柳に何か言いたげに唇を動かしていたけれど。 結局諦めたのか(天国は御柳に口で勝てたことはない。いつも上手く言いくるめられてしまうから)、溜め息を一つ吐き携帯に手を伸ばした。 「んー? あ、メールじゃん」 天国の携帯は、シンプルなシルバーで。 けれどそれに何だか色々なストラップが付けられていて、賑やかな見た目になっていた。 それがお気に入りの玩具を片っ端から掴む子供のようで。 誰からのメールだったのか手慣れた操作で返事を打っている天国を見ながら、女子高生かお前は、と内心で軽く毒づいた。 「……何だよ?」 見られているのに気付いたらしい天国が、ふと顔を上げる。 「つけすぎ」 「あ?」 「ストラップ。見てる方がうぜぇ」 言われて、天国は持っている携帯を目の前に掲げた。 まじまじと見て、それから首を傾げる。 「そか? 別に気になんねぇけど」 そう言っている間にも、ストラップが揺れてじゃらじゃらと音を立てる。 「大体そんなにつけて何がしたいんだよ」 「いや……気が付いたら増えてたっつーか」 「なんだそりゃ」 「だってほとんど貰い物ばっかだし」 目の前のストラップを見ながら言う天国は、自分の言葉に御柳の表情が不機嫌そうに歪んだのに気付かない。 「これはスバガキに貰ったし」 見たまま玩具のような、レゴの兵隊。 「これは司馬がライブに行った土産にってくれたヤツだし」 シンプルなデザイン、けれどシャープな印象の英語のロゴが入ったストラップ。 「これは子津っちゅがくれた……多分、天然石、だったっけか?」 小さな石が連なったそれは、多分じゃなく天然石。 「あとこれは地方限定のハローキティだ♪ 不思議少女がくれたんだよなー、やっぱ猫繋がりなんかなー」 飛騨地方限定の装束の、有名猫。 「あとはー……」 「貰いすぎ」 「あ、何だよ」 まだまだ説明が続きそうなのにいい加減うんざりして、御柳は天国の手から携帯をもぎ取った。 そのままぽい、とベッドの上へ放り投げてしまう。 「ぎゃ! 人の携帯に何さらしてくれとんじゃ!」 「うっせーよ」 「こーの俺様一番我侭キング。どーでもいいけど飲み終わったなら貸せよ、カップ」 呆れた様に言いながら、天国は御柳の手の中からカップを取り上げる。 「これぐらい自分で動けよなー。年寄りじゃねんだから」 あー俺ってば甘やかしすぎー? などと笑いながら天国はカップをテーブルの上に置いた。 空になったカップが二つ、並んで置かれている。 ついさっきまで、暖かかったのに。 そこにはもう、ぬくもりはない。 ぼんやりと、その背中を見ていると。 ふとその肩が震えているのに気付いた。 「……何笑ってんだよ」 「いやー?」 否定しながらもその声音が笑っていたのでは、説得力がない。 御柳はムッとした表情で立ち上がると、天国の背後に回り羽交い締めにするように腕を回した。 回した腕に、天国の震えが伝わってくる。 「何が可笑しいんだって」 「かわいいとこあんじゃん、と思ってさ」 「…………」 「キング様の嫉妬〜♪」 けらけら笑う天国に、御柳は憮然とした表情になる。 言い返そうかとも思ったけれど、嫉妬したのは事実で。 天国は楽しげに笑いながら、己に回された腕を軽く叩いてみたりしている。 御柳は、目の前にある天国の肩に額を乗せた。 やっぱり誘蛾灯だ。 鼻腔をくすぐる天国の匂いに目を伏せながら、御柳はそう思う。 それぞれ抱く感情は違えど、惹かれて止まない存在。 手を伸ばし、近づいて、触れたいと思う。 焼かれるのは承知で、それでも。 「お前になら、本望かもな」 「……何がだよ?」 「こっちの話」 それでも手に入れたい、ただ一つがある。 駆け引き上等。 賭け事は命懸けだからこそ、面白いのだ。 この身ぐらい、いつでもくれてやる。 今更だ。 心はとっくに持っていかれているのだから。 だから、 その灯に触れさせて。 ……たとえこの身を焼かれても。 END |
100題・課題71「誘蛾灯」をお送りしました。 またも芭猿です。大好きです。 隠す事なくマイブームです。(高瀬ちんごめんよ……) 芭唐さんのどろどろ具合が出てて、鬱陶しくいい感じかと(爆) 今回は芭唐さんの嫉妬っぷりを書いたので、そのうち天国の嫉妬も書きたいなぁとか考えたりしつつ。 しかし芭猿はなんだかいちゃついてばっかりだ。 うちの芭唐さんは背中から抱き締める、ってのが好きらしいです。 最近気付きました。 ウェブ辞書で引いたら、 ・誘蛾灯 夜、灯火で害虫を誘い寄せて殺す装置。 とありました。 うちの芭唐さん、天国に骨抜きらしいっすわ(笑) 天然悩殺体質を相手にやきもきしてる日々なんでしょう、きっと。 だから一緒にいる時はこれでもかってほどいちゃつくんかな…… UPDATE/2003.4.28 |
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