…なんでこんなことに、

 なったんだっけ。





   
 最強最大ミステイク 〜VS「俺様」〜





 気の早い台風が訪れて去っていった、6月下旬の某日。
 その翌日は、台風一過の名に相応しい、快晴。
 雲一つなく晴れ渡った、青空。
 おあつらえむきに、部活は休み。
 昨日は台風の所為で休みだったので、思いがけない連休になった。
 連休、とは言っても昨日は一日雨の音を聞いていることぐらいしかできなかったのだが。


 ともかく、久し振りの一日オフだ。
 明日からは部活と学校でまた忙しくなるに違いない。
 そうとなれば今日は一日、気分転換も兼ねて好きな事でもしようと心に決める。
 行くあては別にないがともかく外へ出ようと着替えを出している所で、携帯が鳴った。

「だーれだろなー」

 久し振りにのんびり過ごせる休日、そのことが嬉しくて。
 呟く声音も、それを示すかのごとくどこかしら弾んだものだった。
 沢松辺りかな、などと思いながら携帯を手にする。
 どうせ暇だったし、沢松に付き合うのも悪くない。
 そんなことを考えながら。



 天国の携帯は、シンプルなシルバーだ。
 二つ折りのタイプで、モバイルカメラ付き。
 ストラップは、買った時に付属品でついてきた、いたってシンプルな紐だけのタイプだ。
 ここ最近買い換えたばかりのそれは、まだ使い慣れなくもあるがやはり新しい物というのは嬉しい。
 天気のよさ、久々の休日、そんな嬉しさもあいまって天国は口元を綻ばせながら携帯を開いた。



 液晶画面に表示されていたのは「俺様」の文字。


 それを目にした瞬間、天国はぴしりと動きを止め顔を引き攣らせていた。
 つい先刻までのうきうきワクワクした気分もどこへやら、だ。
 背景にずうん、と黒い色が浮かんだかのような。
 先ほどまでが春の空気だとするのなら、今の空気は氷河期だ。
 吹雪が吹き荒れ、雪と氷の白く冷たい世界だ。あくまで、イメージとしてだが。




 メモリダイヤルに「俺様」と登録したのは天国ではない。断じて。
 天国の携帯、変えたばかりの新品だったそれに、半ば無理矢理メモリ登録をした本人が、そう記したのだ。
 そういえばあの時に画面に貼ってあった透明なシールも剥がされたんだっけか、と逃避の如く思い返す。
 新しい携帯の液晶画面に必ず貼ってある、透明なシール。
 これへの対応は人それぞれだろうが、天国はこれを出来る限り長く貼っておきたいタイプだった。
 しかしその「俺様」が。
 己の番号を登録するその時に、無情にもそれを剥ぎ取ってしまったのだ。


 あの時の衝撃度は、今思い返しても切ない。
 それを剥がした「俺様」に悪気があったわけではない、というのが分かるからこそ、余計に。
 それで責めるのも大人気ない気がして、その時はなんで剥がしたんだよ勝手に、と一言だけ言うに留めたが。
 今にしてみればもう少し詰っても罰は当たらなかったかもしれない、とも思う。
 その後から「俺様」に付き合わされたり、呼び出されたりするその頻度を思えば。


 確かに「彼」を示すのに「俺様」という単語はよく似合っていると思う。
 まさしくこれしかない、と言っても過言ではないほどに。
 しかしその俺様っぷりを身を持って体験させられている天国にしてみれば、笑えるような出来事ではなかった。
 何せ「俺様」はダイヤルNo「001」に勝手に登録してくれやがったものだから。
 天国は「001」に登録していた自宅を新たに登録し直さなければならなかった。
 まだそれが自宅だったから良かったようなものの、友人知人の番号だったらどう責任取ってくれるつもりだったんだオイ。
 ぶちぶち言う天国に「俺様」はこう言い放った。

『んな、誰だか分からなくなるよーな奴よか、俺のが重要っしょ』

 と。
 開いた口が塞がらない心境、というのはああいう時を言うのだろうと思う。
 そんなこと好んで体験したくはなかったが。
 しかし天国にとっては残念なことに、この「俺様」と一緒にいるとそういう心境にさせられることが度々あるのだ。
 それも、決して珍しくない頻度で。


 ああ俺、なんであんな奴と交友関係にあるんだろ……
 っていうかちょっと待て。
 一瞬遠い目をしてから、ふとあることに思い当たる。



「お前部活じゃねーのか今日ッ。サボるなちゃんと行けっての!」


 通話に出てもいない、今だ着信音を鳴らし続ける携帯に向かって思わずそう怒鳴りつけ。
 当然のことながら返事はない。
 手の中の携帯は無機質な電子音を奏でているだけだ。
 天国はそれに何とも言えない心境になり、片眉を上げて。
 それでも鳴り止む気配のない携帯に、観念したように一息つくと通話ボタンを押した。




「もしもし……?」

『おっせーよ』


 電話を耳に押し当て、少し躊躇いがちに声を出す。
 向こうから聞こえてきた第一声は、まったく予想通りの少し不機嫌そうな、だるそうなそんな声だった。
 外にいるのだろうか、後ろがざわざわとしている。

「悪い、ちょっと携帯置きっぱで部屋出てたから……」

 言いながら、なんで俺が謝らにゃいかんのじゃ、と内心では悪態をついていたりして。
 口には、出さない。下手な事を口にしたら、後が恐ろしいからだ。
 ヘタレだと言われようが、臆病者だと誹られようが構わなかった。
 そんなつまらない目先のプライドなんかより、自分の命の方が大事だからだ。
 誇張表現に思えるが、天国にとっては生死に関わる問題同然だった。

『携帯不携帯しててどーすんよ。意味ねーな』

「だから、悪かったって。んなタイミングよく電話かかってくるとは思わねーしさ」

『俺がかけるのくらい察知しろよ』


 ……わー。
 無茶言ってます。
 無茶苦茶言うてます、このお人。
 何ですか、分かっていましたが自分が法律なんですか。そうですか。
 大体俺普通の人間だから、そんな電波キャッチなんて高等技術、持ってないわけなんです。
 そんなことが出来るのは、俺の周りじゃ司馬だけです(多分出来ると思うアイツは)、ええ。
 俺は人間やめる気も宇宙人になる気も、まして司馬に電波送受信の技を教わるために弟子入りする気も、さらさらありません。
 ていうかそんな技術持ってるなら察してください、俺の気持ちを。
 今物凄く疲れてること、そして何よりこの電話を切りたいこの気持ちを!!


 電話の向こうの「俺様」は、そんな天国の心境を知る由もなくまあいいや、などとのたまっている。
 どうやら天国の願いは通じなかったらしい。


『じゃ、今から駅な』

「はい?」

『お前の家からなら15分ありゃ着くだろ。出かける仕度時間も合わせて、20分後にな』

「は、ちょっ」

 いきなり何言ってやがるこっちにも都合ってもんがあるんだよ今日は久々のオフだからゆっくり過ごそうかと思ってたんだってのていうかもう決定事項なのか俺が行くことはああもうとにかくちょっと待て!
 言うべき言葉が一挙に押し寄せ、思わず言葉に詰まる。

『じゃ、待ってっから』


 一人困惑している天国を余所に、返事も待たずに「俺様」はプツリと電話を切ってしまった。
 呆然としている天国の鼓膜を揺らすのは、通話が切れたことを示すツー、ツー、という音で。
 しばらくその音を聞いていた天国だが、我に返ると携帯を閉じた。

 呆けている暇も、取り乱している場合でもない。
 言うべき事は面と向かっていくらでも言えるから。
 今はとにかく、駅に向かうことが先決。
 慌ただしく着替え、財布と携帯をポケットに押し込んで。
 天国は一方的かつ強引に約束を取りつけた「俺様」に会う為に、会って苦情の一つでも言ってやる、と心の内で呟きながら家を飛び出した。



 ていうか俺、何やってんだろ。
 なんでこんなことになってんだろ。

 自分でも自分の置かれた状況に首を傾げながら。
 それでも向かってしまうのは、なんだかんだで楽しんでいるから、なのだろう。

 何がきっかけで始まって、どうしてこんなことになってるのか。
 そんなこと今更追求したって始まらないから。
 たとえばその選択が失敗だったとして。
 それでも、楽しめるのならそれでいい。
 楽しめないのなら、楽しめるようにしてしまえばいい。

「……アイツの考え方、伝染ったかも」



 呟いて、ふっと苦笑い。
 それでも悪くはないな、と思ってしまう辺り、相当感化されてしまっているらしい。
 これが至上最悪な失敗なのだとして。
 それでも、負けっぱなしでいるつもりはないから。




 とりあえず今は、勝った気でいる「俺様」に何とか一泡吹かせてやりたいから。


 だから、走る。




「負けっぱなしじゃ終わんねー…覚悟してろよ、御柳」





END

 

 

 

100題・課題51「携帯電話」をお送りしました。
7070HIT、報告をしていただきました浅田様に捧げます。
長々とお待たせいたしましたが、お納めくださいませ。

秋も深まっているというのに夏前の話なんですけど。
台風過ぎ去った後、とか言うてるんですけど。
本題はそこではないのであまりお気になさらず。

ちなみに携帯の透明シール、金沢は長く貼っておきたい派。
あれ剥がれると悔しいよ…

UPDATE/2003.11.4

 

 

 

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