長かったような、短かったような夏休みも終わりを迎えた。 そうして訪れるのは、秋。 空が高く青く澄む、その季節。 それが、しあわせ。 秋と言えば。 「えへへ、一緒の班だね。よろしく朽木さん」 「ええ、よろしくお願いしますわ」 「いーんだって、そんなに固くなるようなもんでもなし」 上から順に、織姫、ルキア、たつきの言葉だ。 嬉しそうに笑って言った織姫。 その言葉に、これまたにっこりと笑みを浮かべて頷いたルキア。 二人のやり取りを見て、ひらひらと手を振りながら言ったたつき。 「ねえ、たつき達の班は何時からがいいー?」 「あ、待った。あたし空手部の方にも顔出さなきゃなんないから、ちょっと時間優先させてくれない?」 みちるからの呼び掛けに、たつきが席を立つ。 それを見計らっていたらしいルキアが、織姫にだけ聞こえるような声音で問うた。 「ところで井上……文化祭とは、どんな祭りなのだ?」 そう、秋と言えば。 文化祭、である。 1年3組の出し物はと言えば、何の事はない喫茶店である。 それでも飲食店を出したがるクラスは多い為、その抽選を見事勝ち取った結果だったりするのだが。 当日にすることと言えば大まかに分けて、接客、呼び込み、調理の3つ。 ルキア、織姫、たつきの所属する班は接客に当たった。 「まぁ当日客が来なけりゃ暇なんだろうけどねー」 「あたしは呼び込みでもよかったなぁ……看板持って……」 「織姫……先に言っとくけど、ちんどん屋はしないからね、呼び込みは」 「えぇっ、そうなの?!」 なんだ残念、と織姫は肩を落とした。 相変わらずの思考だな、と二人のやり取りを見ていたルキアは、こっそり苦笑する。 今何をしているのかと言えば、接客班に配られた『接客の心得』なるマニュアルを読んでいるところだ。 誰がこんなものを作ったのかは分からないが。 「うん、でも楽しみだよね、文化祭!」 「そうですわね」 あくまで上品に頷くルキアだが、内心わくわくしているのも本当だったりする。 実は祭りごとが好きだったりするので。 そんなルキアの様子に気付いているらしい織姫は、来年の夏祭りはみんなで行けるといいなぁ、なんて考えていたりする。 ……今年の、花火大会は。 少し、慌ただしく過ぎてしまったから。 それもなんだか遠い昔の出来事のような気もするから、なんだか不思議に思える。 ぼんやり思い返しながら、それも仕方ないか、と思う。 何せ、今年の夏休みは色々なことがあったから。 あり過ぎた、と言っても過言ではないほどに。 現世と平行して存在する、幽世。 おとぎ話としか思えないような、もう一つの世界。 そこに、自分が行って来たなんて。 隣りに今座っている彼女が、その世界の住人だなんて。 言った所で、一体何人が信じるだろう。 けれど、それは紛れもない事実。 実際その世界に行き、その世界を体感してきた織姫にとって、それを否定することはできない。 あの場所は、もう一つの世界の形。 今自分のいるこの世界とは、違う形だけれども。 合わせ鏡のように存在する、もう一つの世界。 その両方ともが真実で、二つを合わせてようやく世界は世界たりえている。 そんなこと、知らずに生きている人間はきっと大勢いるのだけれど。 自分はそれを知ることができた。 そうしてそれは、凄いことだと思う。 「……井上さん、口があいてますわよ?」 「あ」 ルキアに指摘され、織姫はパッと口元を押さえる。 考え事に集中してしまうと口があいてしまうのは、癖の一つだ。 こんなやり取りをするようになるとは思わなかった、と考えたのはおそらく織姫とルキア、二人ともだ。 同じことを考えているのが何となく伝わり、二人目を合わせてふっと笑い合う。 「うわ! マハナ何それ?!」 教室のドアが開く音と、たつきが目を丸くして言うのがほぼ同時だった。 丁度ドアを背にする位置に座っていたルキアと織姫は、何事かと背後を振り返った。 そこには、マハナが何やら大量の布を抱えている図があった。 見る限り、服のようだが。 「接客班の衣装〜。女のコ用」 「衣装?」 「そ。とりあえずサイズ合いそうなの適当に着てみてよ」 「わ〜、どんなのどんなのっ?」 衣装、の言葉に織姫が嬉々として立ち上がる。 布の塊に駆け寄る織姫を追うように、ルキアも席を立つ。 「げ、これ着んの?」 「うわぁ、かわいいね〜」 意見が分かれた。 前者がたつき、後者がみちるである。 頬を引き攣らせたたつきに、歓声をあげたみちる。 二人の嗜好の差がよく分かる。 紺色の、おそらく膝丈ほどの長さだろうワンピース。 少々レトロな作りにも見えるそれは、メイド風と言って差し支えないデザインだった。 襟元に結ぶのであろうリボンまである。 「ちなみに男子の方はバーテンダー風」 「……誰の趣味よ、誰の」 はああ、と溜め息を吐きながら、たつきは額を押さえた。 衣装合わせの為の時間だったので、男子と女子は別れた教室をそれぞれ使っている。 おそらくは男子の教室でも誰かしらが頭を抱えているに違いない。 「朽木さんの背の高さだとー…この辺じゃないかなぁ?」 「ちょっと丈が短くありません?」 「着てみればそうでもないと思うんだけど……」 「……って早くも順応してないでよ織姫! ついでに朽木さんもノリノリだし?!」 たつきのツッコミを余所に(Not突き)、既に織姫はいつの間にか用意した裁縫用具を片手にしている。 ルキアもルキアで、服を着る気満々だ。 嘆こうが喚こうが頭を抱えようが結局衣装を変えることはできないわけだから、その順応性の高さはこの時ばかりは正解と言えなくもなかったかもしれないが。 重々しい溜め息を吐くたつきを余所に、二人は楽しそうだ。 そんな二人を始めとして、接客班のそれぞれが試着を始め出した。 「あれ?」 そんな中。 かつん、と何かが落ちる音。 ルキアの服のリボンを結んでいた織姫は、自分の傍から聞こえた音にきょとんと首を傾げた。 正確には、足元からその音は聞こえてきた。 「あら、釦が取れたようですわ」 「ありゃりゃ? ホントだ」 ころころ、と転がるそれをいち早く見つけたルキアが、かがんで落ちた釦を拾い上げた。 着ている服の釦が一つ、落ちた音だったらしい。 織姫はルキアの手元を覗き込む。 ルキアはそんな織姫に、拾い上げた釦を見せた。 「どこの釦だろ? ちょっとジッとしててね、朽木さん」 「ええ」 「あ、あったあった。背中のトコだ。糸が緩んでたみたい」 背中の釦、上から二つ目のそれが落ちたらしい。 名残のように糸がぶらん、と垂れ下がっている。 様子からして、元々糸が緩んでいたようだった。 「丈合わせちゃうのに脱ぐの面倒だよね、今縫っちゃうから少し動かないでいてね?」 言うと、織姫は鞄の中から裁縫道具を取り出した。 嬉々として針やら糸やらを取り出す様子に、そういえば手芸部だったなと思い当たる。 ここは大人しくしているのが懸命だろう、とルキアは織姫の言葉にこくりと頷いた。 織姫はふんふんと上機嫌に鼻歌混じりでいたりして。 大概にしてご機嫌な彼女だが、何がそんなに嬉しいと言うのだろう。 その、笑顔の裏に。 笑っていられるだけではない、そんな出来事も多くあるだろうに。 「あのねあのね朽木さん?」 「はい?」 不意に囁きかけられ、ルキアは首を傾げた。 そんなルキアの耳元に、内緒話とばかりに織姫が唇を寄せてくる。 さらりと、髪の音がした。 「石田君がね、虚対策で最低二人は空きが出るようにしてくれるって。だから、当日は一緒に楽しもうね!」 告げられた言葉に、ルキアは軽く瞠目し。 首を傾けて織姫を見やれば、そこには嬉しそうな楽しそうな笑顔があって。 それにつられたように、ルキアもふっと笑みを浮かべた。 「……そうだな。祭りは、楽しまねば」 「うんっ。はい、終わりだよ〜」 「ありがとうございます井上さん。助かりましたわ」 「裁縫は得意よね、あんた。機械は全然だけど」 「そうかな、えへへ」 たつきの言葉に織姫は照れ笑いを浮かべる。 ……微妙に、褒められたのかそうでないのか微妙な物言いだった気がするのだが。 織姫自身は気付いていないようなので、ルキアも放っておくことにした。 人生を楽しむコツは、楽しいと思うこと。 他愛のないことでも、些細なことでも。 何でもないように見えること、きっとそんなことの中にこそ、それは在るから。 探し出すのが難しいから、それならせめて楽しんで。 そうしているうちに、きっと見つかったりするだろうから。 たぶん、それが。 しあわせ。 END |
100題・課題94「釦」をお送りしました。 5959を踏んでいただきました、にいのなお様に捧げさせていただきます。 大変遅くなってしまい申し訳ないです…… よければお納めくださいませ。 ブリーチです。 織姫というより織姫+ルキアな感じですが…… 捏造もいいところです。 勝手に帰ってきたことにしちゃってますし。 本編がこれからどうなるか分からないんですけど、自分的にはハッピーエンド希望!! …なわけでこんな話です。 う〜ん、嘘八百になったらどうしましょ。 まぁワンピでもやったんで、自分的希望エンディング(笑) そんな感じで受け止めてやってくだされば幸いです。 (原作での決着が着く前に早い者勝ち状態でやっちまったー! 的な/笑) UPDATE/2004.5.27 |
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