誰か、誰か。



 俺の言葉の意味が、分かる人。






   
銀色の海






 先ず聞いたのは、鬼ダチこと沢松。

「なー。銀色の海ってさ、何のことだか分かるか?」

「まーた訳の分からんことを…お前な、答えが返って来ないって分かってる事をいちいち人に聞くのはヤメロよな」

 む。失敬な奴め。
 盛大な溜め息つきで答えてくれやがった。
 てか、答えが返って来ないって、決まってるワケじゃねーじゃんよ。

「どーせ、お前の望む答えをくれるのは一人だけなんだろーが」

「さー? どーだかね」

「……顔緩んでんぞ」

 やべ。
 ぐっと口元を引き締めて。
 だってさ、まだまだ聞ける奴なんて沢山いるんだし?
 って、なんでそこで野球部の皆さん、気の毒に……なんだよ、沢松!






「おーっす子津!」

「おはようっす」

 うん、やっぱり子津は今日もいい人そうだ。
 ちょーっと、幸薄そうだけどな。

「あのさ、銀色の海って知ってっか?」

 一もニもなく聞けば、子津は一瞬きょとんとして。
 それから、困ったように眉を寄せて首を傾げた。
 ……あー、ナルホド。
 こういう所が、所謂母性本能をくすぐるってヤツだな。
 正確に言えば母性ってーのは本能じゃねーんだけどさ。まあそれは今はどーでもいいか。

「銀色の海、っすか? ちょっと聞いた事ないっす」

「あー、そっか。いいっていいって。気にすんな。忘れてくれや」

「お役に立てなくて申し訳ないっす」

「いーんだって。あ、それよりもさ、子津んトコって数Tってどこまで進んだよ?」

「数Tっすか? 確か教科書の……」

 お、逸れた逸れた。
 よしよし。
 てーかさ、あんな顔されたらこっちが悪い事してる気になんじゃんよ。
 真面目っつーか、融通きかねーっつーか。
 ま、そこが子津らしくていいんだけどさ。




 そんなこんなで歩を進めていると、前方に見知った人影発見。
 むむむ、あれに見えるはガン黒こげワンコとモミーだな。
 ……って犬にも聞くのか?
 なんだかなー、それもどうよ、俺。

「猿野君に子津君じゃありませんか。おはようございます」

 おわ、色々考えてる間に見つかっちまったし。
 ま、いっか。

「おはようっす、辰羅川くん、犬飼くん」

「おっす。あのさー、銀色の海って知らねー?」

 単刀直入、が俺の取柄。
 挨拶もそこそこに、ぽんっと疑問を投げかけた。
 お、犬のヤツがぴくっと反応しやがった。

 あー、そっかそっか。
 いつもなら俺とアイツの挨拶って軽い応酬だもんな。
 それがねーからどうしていいのか分かんねーんだな。
 へっ、哀れなコゲワンコめ。


「……海は青いもんだろが。とうとう湧いたのか、猿が」

「海が青い、ねぇ」


 犬の言葉をオウム返しに繰り返しながら、俺はなんだか可笑しくって思わずへらりと笑っていた。
 いつもの俺なら、ここで吠えるところなんだろうけど。
 それをしなかったからだろう、犬だけじゃなくて辰羅川も驚いたみてーだった。
 だってさ。
 俺の質問に犬ならこう答えるだろうな、ってーのとピッタシ同じなんだよな。
 思わず笑いたくもなるって。

 ま、そらそーか。
 普通ならそう思うよな。
 海は青い、それが常識だもんな。

 けどさ。
 けどよ。
 常識、そればっかりが全部じゃねーと思うんだけどな?
 例えばホラ、南極なんか。
 あれも海だけど、青じゃねーし。白だし?
 ……そういう、ことなんだけど。

「銀色の海、ですか。本の題名か何かですか?」

「や、違う違う。分かんねーならいーんだ、うん」


 予想はしてたけど、やっぱり分かんないか。
 後は……



「兄っちゃーん! おっはよう!」

「うどわ! おっ前なぁ……毎度毎度それを挨拶にすんなよ、びびるから普通に」

「へへー、でも分かりやすいでしょ?」


 どか、と鈍い音と、衝撃。
 もういい加減に引き剥がすことに躍起になることさえ、バカらしくなっちまった。
 こう毎度毎度同じだとなー……
 確かに、これも込みで挨拶って気がしてきてるし。
 何が恐ろしいかって、人間慣れが一番恐ろしいぜ。


「お、司馬も一緒か。はよっす」


 兎丸の後ろからやってきたのは、最近じゃあすっかりセット扱いの司馬だ。
 俺がひらひら手を振れば、にこりと笑って軽く会釈した。
 最近気付いたんだけど、何気に誰かといる時はちゃんと音楽切ってんだよな。


「ねーねー、何の話してたのさ?」

「ん? ああ、お前らさ、銀色の海って知ってるか?」

「銀色の海? 新しいゲーム?」

「んや……司馬はどーよ?」


 ふるふるふる。
 ああ、やっぱ知らねーか。
 分かった、分かったから。
 小動物みたいな仕草はやめてくれ。
 お前は別に悪くねーって。


「ねえ兄ちゃん、何なのそれ?」

「教えて欲しいかー?」

「だって全然何のことか分かんないもん」


 俺の腰に引っ付いたまま、兎丸が子供みたいに口をヘの字に曲げる。
 あー、こういう所だけ見りゃ弟みてーなんだけどな。
 ……時々背景に渦巻く謎のオーラさえなきゃ、な。


「兄ちゃん〜?」

「……あー、内緒」

「ええ、何それー!」

「猿野くん、僕も気になるっすよ」


 う、そう来たか。
 兎丸の【教えてよ】オーラと子津の【いいひと。】オーラのダブル攻撃は流石に強烈だ。
 しかし、ここで流されたら意味ねーし。
 答えられた奴にしか、答えは教える気はねーし。
 まあ答えられた奴ってのは答えが分かってるワケだから教える必要もねーんだけどさ。


「残念だがこの言葉はトクベツなんでな〜。意味が分かる奴としか話す気はねーんだわ」


 か〜な〜り、ダブルアタックには流されそうになったが。
 俺はへらりと笑いながらNO、と言い切ることに成功した。
 だってさ。
 だってよ。
 どうしてもどうしても、この言葉の意味を。
 教えなくても、分かってくれる人が、いると嬉しいなって。

 ……あ〜くそ、悔しいながら認めてやるよ、沢松め。
 やっぱり、そうみてぇ。
 俺の望む言葉、欲しいと願う、言葉は。

 たった一人からしか、聞けない音みたいだな。








 そんなこんなで、時間は流れ流れて。
 俺は今、ウーロン茶片手に先週読み損ねた漫画雑誌を読ませてもらっていたりする。
 場所は俺の家、じゃあなくて。


「猿野、お前カゴに勝手に菓子入れるなよ」

「え〜? 俺そんなことしたっけかな〜?」

「……強制送還させるぞ」

「わわわ! 嘘ですゴメンナサイちゃんと金は払いますってば帥仙さん!」


 なーんでだか?
 華武高2軍(あ、今は3軍なんだけどな、まぁすぐ上がるって本人も言ってることだし別にいいよな)のピッチャー、帥仙刃六氏のお宅にお邪魔しちゃってたりなんかする。
 まあここまで至った経緯は積もり積もって話すと長くなるから省くけどさ。
 うん、所謂世間様で言うオツキアイってもんをさ、させて貰っちゃってたりするんだよな。

 ……おかしい。
 俺の予定では高校在学中に凪さんという可憐な女性と以下略だったはずなのに。
 でも、まあ。
 楽しいし、何だかんだで幸せなんで。
 俺は、それでいいと思っちゃってるわけなんだな。
 自覚はしてるが、俺って刹那快楽主義者なもんで。


「ったく、毎回毎回どうやって滑り込ませてるんだ? 精算の時に1番下から出てくるのは」

「ふっ、俺様の華麗なる美技に」

「阿呆。一言言えって言ってんだ」

「帥仙さん毎回引っ掛かってくれっから、楽しくて♪」


 うげ、問答無用で携帯用意すんのやめてくれよ。
 帥仙さんの最終兵器=強制送還準備なんだ、あれって。
 ちなみに強制送還ってのは召還術で、召還されるのは俺様の鬼ダチと書いて下僕とルビを振るアイツだったりする。
 ……ていうか、いつの間に携番交換なんてやってのけちゃったわけ、俺の知らない間に!


「って、マジかける気なわけ?! 俺今来たばっかじゃん!」

「そこで焦るぐらいなら最初から送還準備をさせるような発言すんなよ」

「う〜……俺は喋ってないと死んじゃうんです〜」

「鮪を気取るなよ、猿のくせに」

「うわぁぁっ、帥仙さんヒドイ! それホントに恋人に向かって言う言葉かぁ?!」

「……恋人って自覚があんなら、少し可愛げがある所も見せてみな」


 えー。
 恋人同士です。
 こんなんでも。
 冷たい?
 それっぽくない?

 あっはっはっ。
 俺と帥仙さんだぜ?
 そんじょそこらの常識と比べてもらっちゃ困るっつーの。
 型通りなんてつまんねーじゃん。
 俺とこの人だけ、そんなんのがよっぽど面白いって。

 だから、俺はこんなんが好き。
 無理しない、でも居心地がいい、なんてさ。
 その実最上級の関係じゃね?



 ……あ、そうだ。
 そうそう、聞くの忘れるトコだった。
 そもそも、俺はそれを聞きに来たんだった。


「なぁ帥仙さん。一つ聞いてもいい?」


 俺が聞けば、雑誌に目を落としていた帥仙さんは顔を上げた。
 ちなみに今見ているのは珍しくもないメンズ雑誌だ。
 眼帯なんぞ普段は付けてますが、結構普通の高校男子なんだぜ?



「海、好きだったよな?」

「ああ、そうだが。それが?」

「……銀色の海ってさ、見たことある?」


 そう。これが聞きたくて来たんだった。
 誰も意味を理解してくれなかった、この言葉。
 分かるかな?
 通じるかな?

 銀色、だなんてさ。
 おおよそ、人が海って言われて思いつくような色じゃないと思う。
 それでも、分かって欲しいんだ。
 アンタにだから、帥仙さんにだけは。
 他の誰が分からなくても、たった一人にだけは、通じて欲しい。
 我侭?
 人なんて欲があってナンボだろ。
 求める情熱がなくなっちまったら、そんなん生きてて面白くねーって。

 帥仙さんは、俺の言葉をゆっくり噛み締めるように一瞬間を置いた。
 らしくもなく、緊張してみたりしてやんの、俺。



「荒れた海は危ないからな。興味本意で近付くなよ?」




 ……ああ、ホラ。
 やっぱり、この人は俺の欲しい言葉をくれる。
 帥仙さんの放った言葉が、すうっと水を吸い込む乾いた土みたいに、俺の中に浸透していくのが分かった。
 待ってたんだ、俺。
 その言葉。
 俺の音を理解してくれる、その音を。


 なんだか凄く凄く嬉しくなったので、とりあえずその腕を掴んでみました。
 あ、ちょっとビックリしたっぽい。
 掴んだ腕が少し揺れたから。

 そんでも振り払うこともしない辺り、この人は案外いい人なんだろうなと思う。
 ってーか、俺の周りって基本的に根本からの悪人、…っていねー気がすんだよな。
 そんなん言ってたら、また沢松辺りは渋い顔すると思うけど。
 しょーがねーじゃん、俺がそう信じていたいんだからさ。



「いつ見たんだ?」

「何年か前。家族で熱海旅行行く途中に」

「ふーん……国府津辺りだろうな、多分」

「や、そこまでは覚えてねーけど」


 何でそこまで分かるんだ。
 さすが海好きを公言してるだけあんな〜。
 海なし県埼玉で海好きってのも、なんだか気の毒なんだかどうリアクションすればいいのか悩むとこなんだけど。
 結構あちこち行ってんのかな。
 ……俺も行ってみてぇかも。

 そんなこと考えてたら、帥仙さんの手が俺の頭を撫でた。
 くしゃって、子供にするみたいに。
 される仕草そのものはなんだか子供扱いされてるみたいで複雑なんだけどさ、その時に帥仙さんが見せる目が、さ。

 ……なんつーの。
 大切なモンを見る時、みたいな。
 うっわ、自分で言ってて照れるけど!
 まあともかく、その時の帥仙さんの目や表情は、俺が凄く気に入ってたりするもんだから。
 情けなさ全開だけど、悔しいながらそれに見惚れちまうんだ。くそぅ。


「今度行ってみるか?」

「ふへ?」

「国府津。あそこの海は荒れてる時のが見応えある」

「……拘りの一品?」

「行くのか行かねーのか、どっちだよ」

「行く行くっ! 行くに決まってんじゃん!!」


 ちょっと焦った。
 慌てて言った俺が可笑しかったんだろう、帥仙さんは少し笑った。

 あーもー、悔しいな。
 なんだか俺、もしかしなくてもベタ惚れってヤツじゃん?
 ……ま、いーけどね。
 だって俺知ってっし。


「お気に入りの場所に連れてってくれるぐらいは、俺に骨抜きなんだ?」

「……言ってろ、阿呆」



 顔赤いっすよ〜?
 や、うん。
 やっぱり愛は地球を救うから?


 俺は嬉しい衝動のまま、帥仙さんの背中に張りついた。


 ……俺も、ドキドキしてんだけどな。






 
END



 

 

 

100題・課題57「熱海」をお送りしました。

誰が求めるというのか、な帥猿です。
や、な、何か波がいらっしゃっちゃってくれまして……

熱海に行く途中に銀色の海を見たのは実体験です。
何でもかんでもネタにするのかおまいさんは。
…そんな声が聞こえたのは気のせいとします。

でも綺麗だったんですよ〜。
そんでいつか使ってやる、と(笑)

屑桐さんが「バカは死ね」なのに対抗して帥仙さんは「阿呆」が口癖、というマイ設定してみたり。
……これ以外に帥仙さん書かなさそうな気がするのは気のせいぢゃないかも…
話的には一人称でちょっと苦戦しましたが。
楽しんでいただければ幸いです。


UPDATE/2004.6.4

 

 

 

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