甘いだけじゃなくて。






「……何、食ってんの?」



「のどあめ」




 ころころと口の中で飴を転がしながら、天国は端的にそう答えた。
 その答え方が気に入らなかったのか、はたまた別の理由からか。
 問いかけた御柳は、僅かに片眉を上げた。
 気にせず、天国は口の中の飴の味を堪能する。




 すーすーする感覚が、面白い。




 天国が今舐めているのは、昨今よく見かけるフルーツ味などののどあめではなく、オーソドックスなハッカ味ののどあめだ。
 別に風邪を引いてるとか喉の調子が悪いとか、そんな理由からのどあめを食しているわけではなく。
 ただ単に貰ったのだ、鬼ダチこと沢松から。
 どうしてこんな物を持っているのかと問い詰めたら、あっさり返ってきた答えは梅さんに貰ったんだよ、で。
 何だかんだ言いつつ上手くやってんな〜、と何やら妙に嬉しい気分になってしまった。



 それを何故天国が貰ったのかというと、単純に沢松が分けてくれたからで。
 幸せ気分をお裾分けされたような気がして、嬉しくて素直に貰ってきたのだ。
 ……本当は、フルーツ味ののどあめの方が天国は好きなのだけれど。
 食べられないわけでもないし、何より、親友の嬉しそうな様子が自分にもやっぱり嬉しかったから、だから貰ってきた。
 それだけのことだった。







「俺、昔ハッカ食えなかったんだよな〜」

 段々小さくなってきた飴を、やっぱり口の中で転がしながら唐突に天国は言う。
 隣りに居る御柳は返事代わりに、ぷう、といつものようにガムを膨らませた。
「なんかさー、スースーするじゃん? それがちょっと痛いみたいな感覚でさ。子供にはどこがいいのか分からなかったってーワケだ」

「俺には分かんねーな、そーゆーの」
 肩を竦めた御柳に、天国はイヤそうに眉を顰める。
「何お前、もしかしてガキの頃から大人と一緒のハミガキ粉使っちゃってましたー、ってヤツ?」
「……使ってたけど? 何でそこでハミガキ粉の話になるんだよ」
「ハミガキ粉ってハッカの味じゃん。ミントでもいーけどさ」
「それが?」




 顔色一つ変えずに問い返してくる御柳は、ここまで言われても天国の言いたい事が理解できないらしい。
 御柳はよく自分に対して鈍感だの鈍いだの(あ、意味同じか)好き放題言ってくれるが、御柳だって負けないくらい鈍感だと思う。
 ……まぁ正確には鈍感、と言うより自己中心的、と言った方がいいのだろうけれど。


「だから、ハミガキ粉って小っちゃい子にはちょっと味がキツイんだよ。子供用のハミガキ粉っていちご味とかよくあんじゃん?」
「へえ、そーなん?」
「……お前さぁ、どんな幼少時代送ってきたのか問い詰めていいか? 小一時間ほど」
 なんだか脱力感を感じ、天国は溜め息を吐きながら己の髪をくしゃくしゃっとかき乱した。





 御柳は、くるくる表情を変える天国を凝視していて。
 毎度のことながら、あれだけ表情を変えて顔の筋肉は疲れないんだろうか、とかどうでもいいようなことを考えてしまう。
「なーんかつまんねーのー。今でもいちご味のハミガキ粉愛用してまーす、とかさ。何か顔に似合わねー秘密とか、ねーわけ?」
「……まぁ、甘いのは嫌いじゃねーけどな」
 なんだよそりゃ、と言おうとしたのを呑み込んで(言っても良かったが天国が拗ねると面倒なので)、当たり障りのない答えを返しておく。




 と、天国は表情を明るくしてその言葉に食いついてきた。
「だよな! そーだよな! だってお前いっつも甘い匂いするもんな!」
「ガム食ってっし、当然っしょ」
 飄々と切り返すと、天国はむうと眉を寄せる。


「でもさー、お前ちょっと食いすぎじゃねえ? 虫歯になんぞ?」
「いんだよ、これ食ってねーと落ち着かねんだから」
 大げさな言い方になるけれど、これも言わば一つのアイデンティティの確立だから。
 だから、御柳はガムを噛み続けることをやめない。
 自分の証明、自分の精神安定のために。




「それにしたってさー、今話題のキシリトール配合のにするとか、色々あんじゃん?」
「俺はこれが一番合ってんの」
「バブリシャス甘ぇんだもん……」
 独り言のような調子で天国が呟く。
 その、どこか拗ねたような照れたような曖昧な表情に。
 御柳はにやりと、良さそうな、とはお世辞にも言いがたい笑みを口元に貼り付けた。


「何? 甘い味のキスはお気に召さなかったって?」
「わぎゃぁ! そ、そういうことをまたお前は恥ずかしげもなく言いやがって…ッ!」
「いーじゃん別に」
「良くねええ!」
 顔を赤くしてうがあああ、とばかりに喚き散らす天国に、御柳は肩を竦め。





「ま、でもお前はガムよりのどあめのがいーかもな」
「? なんだよ、いきなり」
「そんだけデカイ声出してりゃ、喉に負担もかかるだろーし」


 そこまで言って、御柳は一旦言葉を切る。
 貼り付けられたにやにや笑いに、天国は背筋を冷たいものが走るのを感じた。
 嫌な予感。
 こういう時の、こういう顔をした時の御柳は必ず何かしらやらかすのだ。
 それも、天国にとってあまり嬉しくないことを。
 いい加減学習してきたぞ。生涯学習、よし、偉いぞ猿野様!
 ……とか何とか考えているうちに逃げ出せばいいのだろうけれど、そこまで頭が回らないのが天国らしいというか、何と言うか。





 逃げなきゃヤバイかも、と天国の思考が辿り着いた時には、時既に遅し。
 御柳の腕が、しっかりと天国の腕を掴んで逃亡防止していた。


「お前、声すげーもんな? ヤってる時」
「バっ……!」
「んー、でも今日はアレだな。のどあめまで用意してきたっつーことは、思う存分啼かしてやってもいーってことっしょ?」


 にやにや笑いを貼り付けたまま、その端麗な顔が近づいてくる。
 天国は半ば呆然と、それを見ていた。





「覚悟しとけよ?」





 耳元に囁かれたのは、低くて甘い、けれども死刑宣告にも似た言葉。
 天国はぼうっとしたまま、その声音を聞いていた。
 御柳の声の響きは、心地良い。
 甘くて、けれどどこか痛さも含んで。
 天国はしばらくぼけっとしていたのだが、暫くしてから我に返り言われた言葉の意味を理解した。
 理解した瞬間、赤かった天国の顔が瞬時に蒼くなる。



「ちょ、やだかんなっ! お前、こないだ無茶なことはしないつったばっかじゃんかよ!」

「それはそれ、これはこれ」

「前言撤回してんじゃねえ! 男に二言はないんだろー??!」

「ああ、ないね。俺は今お前を啼かすつったし。それに二言はねーよ」

「違う!」

「つべこべ言うなって♪」

「いやだああああ!」





 叫び虚しく、天国は御柳に引きずられ。








「……のどあめ、きらいになりそうだ……」



 数時間後。
 天国がぽつりと呟いたのは。
 やっぱり、のどあめを口の中で転がしながらだったのだけれども。






End.


 

 

 

100のお題挑戦〜♪
ってなワケで第一弾は芭猿でございます。
直球でのどあめな話。
何だかんだ言ってラブラブな話でした(笑)
た、楽しかった…v

UPDATE/2003.4.17

 

 

 

           ※ブラウザを閉じてお戻りくださいませ★