ふたり並んで




 待ち合わせた相手は、もう少し時間がかかるのだと言う。
 ただ突っ立って待つのも嫌だな、と思った天国はコンビニで雑誌を立ち読みすることにした。
 バイトもせずに部活動に身を捧げる高校生な自分にとって、雑誌を立ち読むことは最早習慣だ。
 いちいち購入していては破産する。
 立ち読みをされる店側にはいい迷惑なのかもしれないけれど。
 まあいちいち注意されるわけでもなし、問題はない。

 待ち合わせ相手に、コンビニで時間を潰しているから近くなったらまた連絡してくれるようにとメールを送り、携帯をポケットに突っ込んだ。
 すぐ取り出せる場所に入れておかないと、いざ連絡が来た時慌ててしまうことになるから。
 制服のズボン、その右ポケットに携帯をしまいこれでよし、と唇の端を吊り上げた。

 自動ドアが、震えるようにしながら左右に開く。
 そのまま、迷いもなく雑誌のコーナーへと足を向けた。
 一頻り雑誌を眺めて、最初に手に取ったのはゲームの情報誌だ。
 最近部活部活でめっきりやってはいないが(疲労と金欠のダブルパンチでゲームどころではない、という話)、元々好きなので見るだけでも楽しいだろうと思った。


 お、これ新作出るのかー。システム変わってんのかな、どうなんかな。
 兎丸とか買うんかな。ちょっとやりてえなぁ。


 興味のある記事はじっくりと。
 それ以外はまあ概要が分かればいいかな、程度の流し読みで。
 他の人間がどんな風な立ち読みの仕方をしているのか知らないし、聞いたこともないがまあごくごく一般的な読み方ではないかな、と考えながら雑誌のページを捲っていく。

 ぱらぱら、ぱら。
 紙の音が、耳を穿つ。
 そう広くもない店内は、丁度人の空く時間帯だったのか天国以外は店員と、お弁当コーナーの前で棚を眺めているサラリーマン風の男しかいなかった。
 まあ、田舎でもなくかといって都会でもない場所のコンビニなんて、こんなもんだろう。
 まして昼食時でもないし、夕飯には少し早い時間帯だから尚更だ。


 あれ、今。
 何か、動いたか?


 コンビニの雑誌コーナーというのは外側、道路に面した場所に設けられていることが多い。
 全てがそうとは言いきれないが、少なくとも天国の行動範囲にあるコンビニというのは大体がそうだった。
 だから、雑誌を見ていると自然と外もよく見えたりする。
 それはまあ、逆も言えるのだろうけれど。

 見ていた雑誌が、丁度終盤にさしかかろうとしていた時のことだ。
 視界の端で、何かが動いたような気がして。
 天国はほんの僅かに顔を上げて、外に目を向けた。


 おー、待ち合わせかね男子高校生。
 ……もしかしなくても彼女ですかそうですか。
 っかー、羨ましくなんかねえからな、ちくしょー!!


 どうやら天国からは丁度死角になる位置、雑誌の積んだラックで見えない場所にしゃがみこんでいたらしい。
 顔は見えないが、背格好からして同じ年頃だと分かる。
 片手を上げる少年に、これまた同じ年頃だろう少女が小走りで近寄ってくるのが見えた。

 申し訳なさそうな顔で、何かを言っているらしい。特別美少女でもないが、まあそこそこ可愛い顔立ちだった。
 まあシチュエーション的に遅くなってゴメンねとか、そんな所だろうと思う。
 それに対し、少年は軽く首を振った。
 気にしてないから、とでも言ったのだろう。
 少女が小首を傾げて笑った。


 あーあーあー。
 何っつーか、何っつーかよ?
 くそう、羨ましくなんかねーよーだ。


 誰に言うでもないのに、心の中で喚き散らす。
 天国は雑誌に目を落とすフリをしながら、子供のように口をへの字に曲げてしまった。
 子供っぽい、と言われる仕草なのだけれど中々直らない。

 二人は待ち合わせをしていただけらしく、店に入ってくる様子はない。
 そのままさっさと立ち去ってくれればまだしも、その場に立ったまま何事かを話しているようだった。
 早く帰れよ、と思うのだが人様の事情に立ち入るわけにも、まして店の中にいる自分が二人に口出しを出来る位置にいるわけでもなく。
 仕方なく、雑誌の続きを見ようと視線を落とす。

 まあ、気持ちが全然分からない訳でも、なかったので。
 一緒にいたいと。
 恋人と、好きな人と同じ時間を、傍で過ごしていたいという、その気持ちが。
 雑誌に目を向けてはいるものの、内容なんて頭に入って来ない。
 ああなんか恥ずかしくなってきた。
 そう自覚するとますますその感情が強くなる。
 頬がぽわ、と暖かくなって来たのを感じて、天国は内心で焦り始めた。
 生憎、完璧なポーカーフェイスはまだ会得していなかったから。

 ここにいるから、二人が視界に入って来る位置にいるからダメなんだろう。
 そう判断して、持っていた雑誌をぱしんと閉じると置いてあった位置に戻した。
 新作の菓子でも見に行こう、そう判断して。
 その時、顔を上げたのは。
 移動する、その為だった。
 それ以外に他意はない。そう、断じて。


 二人は丁度、天国に横顔を見せるように立っていた。
 少女が何かを話しかけ、笑う。
 少年がそれを受けて目を丸くし、言葉を返す。
 それを受けて少女はますます可笑しそうにして。

 あ。
 この、空気。この感じ。

 ガラスを隔てているはずなのに、何故かそれが分かった。
 空気が変わる、ぴりりとした感触を。
 少年が、視線を落とす。少し照れたような、けれど真剣な目で。
 それに気付いたのか、少女が笑いを収めた。


 ああ、ちゅーするな、アレ。
 バッカ、場所選べ場所。おい彼氏。


 内心で突っ込む天国を余所に。
 二人はまるで引き寄せられるように顔を近づけて。
 軽く、けれど確かに唇を重ねた。
 ほんの一瞬の短い時間。けれど、唇を離した後に目を合わせて笑い合っている。
 嬉しそうに、幸せそうに。



 見事予想を当ててしまった天国は、当てたくなかったなぁと思いながら菓子の陳列された棚へ向かう。
 けれど、何となく気が変わった。
 おにぎりが食べたい。
 何故かそう思って。

 肉まんでも良かったのだけれど、冷めた肉まんほど哀しいものはないので。
 すたすたすた、とおにぎりの並べられた棚へ向かう。
 昨今のコンビニ弁当戦線はなかなか厳しいのだろう。
 おにぎりと一口に言っても様々な種類がずらりと並べられていた。

 どれにしようか。
 定番はやっぱシーチキンかな。
 チャーハンとかも結構好きなんだよな、俺。
 とり五目も捨てがたい。
 つか、見てたら腹減ってきたな。

 んー、と首を傾げて。
 選んだのは、シーチキンと、とり五目。
 おにぎり二つ、片手に持ってレジへと向かう。
 飲み物も買おうかと一瞬迷ったが、それはアイツに奢らせようと思ってやめた。

 それとなく目をやったコンビニの外では、ようやく帰ることに決めたらしい二人が手を繋ぎながら歩いていく所だった。
 どっと疲れた、と思わず溜め息を吐いてみたりして。
 幸せが逃げる? 知ったことか。


 キスがしてーなぁ。


 柄にもなくそんなことを考える。
 けれど、そんなわけにもいかないんだよな、とすぐに思う。
 少し眠そうな店員がバーコードをスキャンする音が、店内によく響いていた。
 表示された金額は、丁度財布の中にある小銭で支払うことが出来た。
 何故だかよく分からないけれど、小銭でぴったり支払えると何だか嬉しい気分になる。

 小さなビニールにおにぎり二つ。
 それをぶらんと片手に下げて、天国は店を出た。
 何とはなしに見上げた西の空に、細い月が浮かんでいた。
 夕陽の橙と、夜空の藍が混じり合った紫の空。
 そこにぽっかりと、取り残されたように浮かぶ月は何故だか寂しげに見える。


 キスの代わりに、並んでおにぎりを食べよう。
 まるで中学生日記のようなことを考えながら、小さく頷く。
 そこでようやく、右ポケットに押し込んだ携帯がぶるぶる震え出した。
 着いたか、そろそろか。
 コンビニの前から離れながら、天国は携帯を取り出した。

 何となく、少し振り返ってコンビニを見る。
 煌煌とした明かりは目に痛いほどだった。


 人気がなくても、コンビニの前でキスするのは絶対やめとこう。 
 アレ、目立ち過ぎ。
 スポットライト浴びてるみてーだった。


 携帯をぱちんと開きながら、密やかに決意する。
 画面に目を落した天国は、いつもより早足で歩き出した。





END



 

 

 

100題・課題85「コンビニおにぎり」をお送りしました。

「ああ、ちゅーするな。」

この一言が書きたいが為に書いた話です。
作中で一度も言葉を発していないという、ちょっと珍しい形態の話になりました。
書き方もいつもと変わってる、かな…?

天国さんの待ち合わせの相手は任意でご想像ください、的な。
読んでいる方はあまり面白くない話かもなぁ、と思いつつ。
コンビニ前って、照明来るから目立つんだ、よ…?
なお話でした。


UPDATE/2005.2.5

 

 

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