音を立てて降り出した雨に、咄嗟に雨を防げる軒先に飛び込んだ。 おそらく通り雨だろう。 暫く待っていれば止むだろうと当たりをつけ、そのまま雨宿りをすることにした。 慌てて帰ったところで急ぎの用事があるわけでもなし、濡れるだけ損だ。 壁に軽く背をもたれかけ、降る雨を見るともなしに見やる。 ぼとぼとと大粒だった雨は、段々とその大きさを小さくしていた。 雨が上がるのも時間の問題だろう。 目の前を、ぽたぽたと雨の雫が落ちていく。 動くものに目を奪われるのは、人の性だ。 何とはなしに手を伸ばすと、手のひらに雨垂れが落ちる。 透明な雫はぱちんと音を立てて。 名もない花の様に、手の上に広がった。 波紋の駆ける先へ 唐突に訪れた夕立は、やはり前触れもなくあがった。 夏空は気まぐれだ。 つい先刻まで灰色の雲に覆われていたかと思えば、瞬きする間に青空と入道雲へと変貌を遂げている。 夏らしい、濃い青色が空に広がっている。 そこにぽかりぽかりと浮かぶ雲の白もまた、空と同じく眩しいほどで。 雲の切れ間に差し掛かったのか、太陽がぎらりと顔を覗かせる。 その光は少し、眩しすぎると思った。 「……さて、帰るか」 呟き、雨宿りしていた軒先から表へ出た。 雨がやんだばかりだからだろう、通りに人はいない。 妙に静かで、それが何だか幻の中に迷い込んでしまったような気さえ起こさせる。 それを振り払うように軽く頭を振って、歩き出した。 地面のあちこちに、水溜りが出来ている。 大小様々なそれを踏まないように気を付けながら、ふと覗きこんだ水面に青空が映り込んでいるのに気付いた。 当たり前のことなのに、何だか眩しいような気持ちになる。 瞬間。 横を、風が通り過ぎた。 ぱしゃん、と軽い水音を立てて。 驚いて目を見張る。 すぐ隣りを駆けていったのは、子供だった。 自分と同じように雨宿りをしていたのだろうか。 どこへ向かうのか知らないが、脇目も振らずに駆け抜けていく。 小さい子供の走る姿は、まるで転がるようだと思って少し笑う。 後ろ姿しか見えなかったが、背格好からして少年だろう。 雨宿りをしていたのなら、その意味がないと思わず苦笑した。 子供はぱしゃぱしゃと音を立てながら、水溜りのことなど微塵も気に留めずに走っていく。 草履を履いた足も、着物の裾も。 背がそう高くないから、跳ねた水は袖まで濡らしているかもしれない。 笑いながら、ああ綺麗だな、と。 何故だか分からず、そんなことを考えた。 すとんと、その言葉が胸の内に落ちてきたようだった。 夏空の下、子供が駆けていく。 ただまっすぐに前だけを見て。 足元に広がった水溜りに、次々に波紋を残して。 水に映った青空が、ゆらゆらと揺れる。 陽炎のように。 照りつける太陽が眩しい。 目を細める。 その理由は、日の光の所為だけではないような。 そんな気が、したけれど。 本当の所は分からなかった。 何故、子供の後ろ姿を綺麗だと、眩しいと思ったのかさえ。 大仰な理由なんて、きっとなかったのだろうけれど。 顔の前に手を翳しながら、空を仰いだ。 どうして、眩しいと分かっているのにわざわざ空を見上げてしまうんだろうか。 「……あ」 見上げた空には、七色の橋が架かっていた。 虹の架かる方角は、先刻の子供が駆けていったのと寸分違わぬ方向だ。 なるほど、と合点が行く。 子供は虹を追っていたのだろう。 虹が消えないうちに、家に帰れるだろうか。 出来ることなら、教えてあげたい、と。 そんなことを考えながら。 少しだけ、早足になった。 END |
100題・課題83「雨垂れ」をお送りしました。 固有名詞の出て来ない話。 浮かんだのが着物姿の子供が虹の架かる空の下、駆けていく背中、という。 何ともどうなんだこれは…という光景だったので。 どうしてあんな時代劇めいた光景が浮かんだのか… 新春時代劇の影響な気がものっそいしないでもないですが(笑) 局地的マイブームの銀魂より、ぱっつぁんでした。 UPDATE/2006.01.06(金) |
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