帰り道だった。 Silent movie -音のない色彩- 夕暮れ時。 学校帰りの学生や、買い物帰りの主婦などで道がわずかに騒がしい時間帯。 もう少し時間をずらせば、そこに会社帰りの背広姿が加わるのだろうが、それには些か早い時間に。 石田雨竜は、踏切の遮断機の前にいた。 何てことはない、単純に踏切の向こう側に渡るためである。 その片手には、某全国チェーンのスーパーのビニール袋が下げられている。 一人暮しの雨竜は自炊している為、必然的に買い物などもこうして自分で行くことになる。 そしておそらく、彼は並の主婦では太刀打ちできないほど生活力に長けていた。 今日もいつもより遠出することになったが、タイムサービスの恩恵に与る事が出来た。 今日はジャガイモが安かった。 定番ではあるが肉じゃがでも作ろうか、などと考えていると。 踏切の向こう側に、ふと見知った人間を見つけた。 長く伸ばされた、明るい栗色の髪。 美少女、と言って差し支えないだろう顔立ち。 一見幼げにも見える表情からは想像できないような、強調された胸。 雨竜のクラスメイト、且つ同じ手芸部に所属している彼女。 名を、井上織姫という。 彼女が人目を惹くのは、その容姿のせいだけではなく。 いつでもどこかしら嬉しそうな、周囲の人間にまで影響を与えるような明るい雰囲気の所為だろうと思う。 誰と接する時にも物怖じしない態度、明瞭な声。 そして何より、身の内にある、決して折れることのない芯。 人付き合いが得意とは言い難い雨竜だったが、そんな雨竜にも織姫は屈託なく話しかけてきて。 それに笑顔で返答、は出来ずとも織姫は嫌な顔一つせずに。 時折その突飛な言動に驚かされることはあれど、それでも織姫が向けてくれる声や笑顔に不快な気分にはならなかった。 遮断機がたてるカン、カン、カン、という音のせいで、声はきっと届かないだろう。 踏切の向こうで、織姫は手にしたビニール袋の中を覗き込んでいる。 何を買ったのか、嬉しそうにきらきらした目をしている。 それがどことなく微笑ましくて、軽く目元を眇めた。 ふと。 織姫が笑いながら、後ろを振り向いた。 そこで初めて、織姫の斜め後ろに見知った顔があることに気付く。 派手なオレンジ色の頭。 黒崎一護。彼もまた、雨竜のクラスメイトだった。 織姫が一護に想いを寄せているのは周知の事実だ。それを知らないのは当人のみに他ならない。 二人が付き合っている、という話は聞いたことがない。けれど、二人の間にある形容しがたい空気に気付いているのは雨竜以外にもいるだろう。 隣りに並んだ一護に、織姫が何か話し掛けている。 一護もそれに言葉を返している。 遮断機の音のせいで、その会話がどんなものかは知る由もなかった。 一護の左手には、織姫が手にしているのと同じビニール袋が下げられていた。 察するに織姫の買い物に一護が付き合ったというところか。 大仰な手振りで何事かを一生懸命訴えている織姫の言葉に、耐えきれなくなったように一護がふっと笑った。 柔らかな眼差しは、およそ普段の一護からは想像できないようなもので。 本人は自覚していなんだろうな、と思う。 それでいて不自然な表情というわけでもないのだから。 一護がふと、織姫の髪を見て何かに気付いたような目をした。 織姫が目を丸くして、ことんと首を傾げる。 無声映画を見ているような気分だった。 音がないのに、それでも伝わる感情。 一護が右手を上げ、織姫の髪に触れた。ちょうど左耳の後ろ辺りだ。 触れた指先がくすぐったかったのか、織姫が少し肩を竦めて笑う。 それに一護が何か言ったらしく、唇を動かした。 電車が視界を遮ったのは、丁度その時だった。 巻き起こった風に目を細める。 不思議と、音がしなかった。 耳にうるさい遮断機の警報音も、目の前を音を立てて行き過ぎる電車の音も。 聞こえない、なんてそんなことある筈がないのに。 途惑いながら、それでも不思議と焦る気持ちは湧き起こらなかった。 電車が通り過ぎ、遮断機の点滅も消える。 それを合図に、遮断棒がゆっくりと上がって行った。 「あれ、石田くんだ!」 右足を前に踏み出した、その瞬間に耳に飛び込んできた音。 踏切の向こうにいた織姫が雨竜の姿に気付いたらしく、ぶんぶんと手を振っていた。 呼び声、それをきっかけに戻ってきた世界を取り巻く音。 その、いっそうるさ過ぎるほどの音に、改めて驚いた。 自分が身を置いている世界に溢れる、音の多さと美しさに。 けれど、それに。 不思議と悪い気はしなかった。 織姫の隣りを歩く一護が、少し苦い顔をしている。 その表情の示すトコロは見てたんじゃねえだろな、だ。 雨竜からしてみれば、今更何言ってんだか、と思うようなことなのだが。 「こんにちは井上さん。買い物帰り?」 まあ、何だかちょっと面白いやら面白くないやらなので。 雨竜は微笑って、織姫に話し掛けた。 一護の存在など目に入らない、とでも言いたげに。 そうすればそうしたで一護は面白くなさげに眉間に皺を寄せる。 難儀な奴、と。 そう思いつつ、これはこれで面白いと思ってしまったのは、まあ。 仕方ないことかもしれない。 END |
100題・課題56「踏切」をお送りしました。 一織ラヴです。ええはい。 そんな感じの話になってしまってもうどうしたらいいものやら。 織姫の髪に触る一護が書きたかったのです。 さりげない仕草だけど、ラヴっぽくないです? 髪に触るって。 UPDATE/2005.6.11 |
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