喪失感に殺される。




 足音がする。
 ひたひたと、静かな。
 けれど確実に迫り来る、音。

 喪失の音。
 腹の中をぎゅっと締めつけられるよう。
 息が詰まる。
 目眩と苛立ちが背筋を這い上がる。

 眉を寄せて、強く唇を噛んだ。
 そうでもしないと叫んでしまいそうだったからだ。
 例えば実際そうしたとして、何を叫んだのかは分からない。
 意味のある言葉など、きっと今は出て来ない。
 きっと獣の咆哮のようなものだっただろう。

 喉の奥で唸りながら、畳みの上にごろんと転がる。
 見上げた天井はいつもと変わらない。
 それなのに、何故か不安と吐き気が込み上げてくる。

 明日の「絶対」を約束することなど誰にも出来ないことなのだと。
 そんなこと、知っていた筈なのに。
 厭というほど意識に叩き込まれていた筈なのに。
 一度失いたくないと、失えないものなのだと自覚してしまえば、脊髄反射よりも強く刻み込まれていた筈のものですら、簡単に剥がれ落ちてしまう。
 理性も理念も倫理も常識も未来も、全て。
 ふっ飛ばして、今が続けばそれでいいとさえ思ってしまう。


「あー……チックショー……」


 何に対してのチクショウ、なのかも分からない。
 自分か、抱え込んだものに対してか、世界へか。
 知らず握り込んでいた手を開けば、そこにはじっとりといやな汗をかいていた。
 今はそれすらも苛立ちを募らせる。
 唸りながら、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱して。

 誰かの名前を呼ぼうとして、けれど誰の名を呼べばいいのか分からなかった。
 誰を呼べば、誰が隣りに居ればこの言い様もない不安から逃れられるのか。
 喉まで出かかった声は、結局吐息になって吐き出された。
 情けないやら苛立つやら。

 結局出来たことと言えば。
 早く帰ってこいっつーの。
 と呟いて、どこへともなく伸ばしかけていた手を畳みの上にぱたんと投げ出すことぐらいだった。


 いつか崩れる、ものだとしても。
 今は、まだ。
 ここが帰る場所であるなら。



END


 

 


子供はいつか大人になってくからね。
巣立ちを思うと切ない銀さん。
神楽ちゃんが嫁に行くとか言い出したら大変だ。
しかしこの後のオチはと言えば、
買い物から帰還した新八に「洗濯物取り込んどけつっただろおがよォ!!」と蹴り飛ばされる(笑)




UPDATE 2006/2/26(日)

 

 

 

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