動きを止めた秒針に触れるように 違和感、を。覚えたのは、何故だったのか。 それを分かってしまったのが、彼のかつての戦友でも今の仲間でもなく、どうして自分だったのか。 選んだのは、選ばれたのは、誰で、どちらだったのだろう。 考えても答えは出ない。 言わなければ良かったのだろうか。 口を閉ざし、目を逸らし、知らないフリを続けていれば、何もかもが丸く納まっていたのだろうか。 だけどそんなの、その場凌ぎでしかない。 気付いてしまった事実は変えようがないし、そうなってしまったからには遅かれ早かれこうなっていたのだろうから。 考えながらも、新八の目はまっすぐに前へ向けられていた。 その問いを投げかけた時。 それまで面倒そうにしていた男が僅かにだが瞠目し、射抜くような瞳をしたのを新八は確かに見た。 隻眼。派手な着物。くゆらされる煙管。 対峙するのを望んだのは確かに自分なのに、頭のどこかで何故こんな事になったのかを問う声もする。 自分でも気付かないままに混乱していたのかもしれない。 ……そりゃそうか。 高杉さんと向き合う、なんて可能性ですら想像してなかったし。 「今、何つったよ?」 長い沈黙の後、口を開いたのは高杉だった。 どこか苛立っているような、声。 新八は軽く息を吸ってから、先と同じ言葉を繰り返した。 「貴方はどうして憎まれたがっているんですか、とお聞きしましたが」 聞こえなかったというなら、何度でも言ってやる。 いっそ自棄になっているともとれる心持ちで、口を開いていた。 最初と寸分違わぬ言葉が返ってきたことにか、高杉が今度は目を細めた。 その仕草に込められた意図が何であるのか、殆ど初対面に近い新八には読み解くことは出来なかった。 そうしてまた訪れる、沈黙。 けれどその間、視線は逸らされないままだった。 睨み合うでもなく、互いを探っているかのように。 煙管を口に運ぶ高杉が、自分と目を合わせたまま何を考えているかは分からない。 先の問いに対する答えかもしれないし、この後のことかもしれない。 もしくは何も考えていない、というのも充分ありえる話だった。 先よりずっと長い沈黙を破ったのは、カン、という音だった。 固いもの同士がぶつかりあう、音。 見れば高杉の手が、窓枠に煙管をぶつけていた。 「面白ェ事、言うなァ?」 喉の奥を鳴らすように、笑う。 感じが良いとは決して言えない笑い方を聞いて思ったのは、悪役じみた仕草だな、という事だった。 不思議と、恐怖心も嫌悪感も湧き上がらない。 「俺ァ、この世界が憎い。だから壊そうとしてる。そういう奴が憎まれんのは当然のことだろが」 「……憎まれたいのは、世界にじゃないでしょう」 「言い切りやがるじゃねえか」 「それが貴方にとっての唯一だか」 らですか、と続くはずだった言葉は遮られた。 瞬時に詰められた距離、同時に喉を掴まれた手によって。 その指には力こそ込められていなかったが、口を閉ざすには充分だった。 このまま息を塞がれても首の骨を折られても、致命傷になる。そしてそのどちらであっても、この高杉という男は眉一つ動かさずにやってのけるだろう。 触れる手が死神の鎌と同じであると知りながら、恐怖は感じなかった。 いっそ感情や感覚が麻痺してしまったのだと言われても納得出来る程に。 「……貴方の」 それでも言葉が止められない。 抑えられない。 そんな自分が馬鹿だと思うのに。 自身の感情が、行動がセーブ出来ない。コントロールを失ってしまったかのようだった。 口を開いた瞬間に、喉元にまとわりついていた指が脅すように食い込んだが、それは痛みを訴えるほどの強さではなかった。 間近で見る高杉の目には、怒りも苛立ちもない。 凍りついた湖でも見ているかのようで、それにゾッとする。 何故、誰も気付かないのだろう。 このひとは、こんなに。 「貴方の時間は、止まったまま、なんですか……?」 痛みも、哀しみも、憎しみも、嬉しさも、楽しさも、幸せも、ない。 止まった時間、その時計は何も影響されず、何にも影響しないまま。 こんなにも怖くて哀しいことが、他にあるだろうか。 新八は銀時の、彼らの過去を知らない。 攘夷と呼ばれた彼らが何を為し、何を失ったのか知らない。 尋ねたこともなければ、調べようとしたこともない。 語られない過去を無理矢理暴こうとは思わないし、いつか話してくれるなら聞いてみてもいいとは思う。 けれどそれは彼らが、銀時が、桂が、坂本が過去を振り返る様子を見せないからなのだと気付かされた。 勿論彼らが過去を忘れてしまったわけではないだろう。 思い返し苦く感じることも、時に痛みを覚えることだってあるはずだ。 だが、それでも彼らの時間は止まってはいない。 それぞれの速度で、ちゃんと刻んでいる。 けれど、高杉は違う。 彼の時間は、過去のどこかで止まったままだ。 生きているのに、ここにいるのに、心がここではない場所にいる。捕らわれている、と言ってもいいのかもしれない。 高杉にとっての過去は、過去ではないのだ。今も続いている。 「……お前」 小さな声で言った高杉が、するりと手を外した。 だが、近くなった距離はそのままだ。 新八はただ、その目を見ていた。 一片の熱も浮かばない瞳。ただ生きている、それだけの。 ……僕、も。こんな目をしていた時が、あったんだろうか。 何をするでもなく、ただ息をしているだけの、そんな日々なら自分にもあった。 空虚になることなんて、きっと誰にだってあるのだ。 高杉のそれは、あまりに長いけれど。 「……名前」 「え?」 「なんつーんだ、ガキ」 「しんぱち、です」 まさかこのタイミングで名前を聞かれるとは思わなかったから、妙にたどたどしい言い方になってしまった。 高杉はそれを気にした様子もなく新八ね、と確認するように名前を呟いている。 そうして暫く何か考えていたらしい高杉が、やがて言ったことこいえば。 「なんでお前みたいなのが、銀時のトコにいやがんだ」 褒められているのかけなされているのか、微妙な言葉だった。 苦笑しながら思う。 この人は、止まった時間の中にいる。 だけど寂しい人でも哀しい人でも、まして不幸な人でもない。 どこにでもいる、不器用な人だ。 「そう言われると……出会いはこれ以上ないってぐらい最悪なんですけどね」 「聞いてやる」 不遜な物言いに思わず笑いそうになった。 聞きたいって言えばいいのに。 それでも、促された事は素直に嬉しいと思えた。 止められた針を動かす事は出来なくても、触れるぐらいは許された気がして。 その細い針が動く日が来るとしたら、その時は、このひとはどんな目をするんだろう。 それが見たいと、思った。思ってしまった、自分に気付いた。 同情でも好奇心でもない。 例えるなら憧憬に一番近い、この感情に名付けることが出来る頃には。 このひとの時計は、動き出しているだろうか。 END |
100題53「壊れた時計」をお送りしました。 新八は特徴がないない言われるけど、それって何色にでもなれるって事だよね。 それってある意味最強なんじゃん? っていう話。 どんな色にも染まれる、とかって美味しいよね、みたいな。 UPDATE 2009/07/07(火) |