「1番線、発車します」



 駅の電光掲示板には行き先、車輌の種類、出発時刻などが示されているのが主だ。
 それと、もう一つ。
 停車駅や遅延情報を知らせる役割も担っている。
 今日も今日とてそこに表示されている遅延の文字を見上げ、伊勢崎は溜め息を吐き肩を落とした。
 何度見直しても目を擦ってみせても、現状は変わらない。

 遅延だ。まごうことなく電車に遅れが出ています、だ。
 乗客や各社への対応を考えるだけで頭が痛い。
 それでも待っていたって状況は改善してくれないし、待たせてしまっている乗客のためにも一刻も早く動かなければ。
 心なしか重く感じる肩をほぐすように、腕を回す。
 憂鬱な気分が全て晴れるわけではないけれど、体を動かしている方が幾分かマシな気がした。

「伊勢崎」
「あれ、日光」

 呼ばれ振り向けば、立っていたのは日光だった。
 赤いつなぎを着て(東武の支給品だ、ちなみに伊勢崎は水色である)、腕組みをして立っている。
 無駄に偉そうに見えるが、これが日光のデフォルトだ。ついでに根拠のない自信もオプションで付いていたりする。
 日光との付き合いもいい加減長い伊勢崎にとっては、今さらすぎて特にその佇まいに何かを感じることはない。
 彼の態度に慣れていない人間にとっては、不機嫌そうに見えて怖かったりもするらしいが。
 なまじ顔が美形と呼ばれるだろう造りなだけに、余計に迫力があるのだろう。

 俺が同じ態度とっても、多分ああはならないもんな。
 顔がイイってそれだけで得してるよなぁ。
 ……とか何とか考えてはいるが、伊勢崎にとっては日常なので今更どうとは思わない事柄なのだけれど。

「遅れてるな、伊勢崎」
「うっ、知ってるよ」

 いきなり痛い所を突かれ、思わず肩が強張った。
 それだけじゃなく、頬がひくりと引き攣るのも感じる。

「最近多いぞ」
「それも、知ってるよ」
「分かってるならいい」

 オマエナニサマだよ、という物言いにも今更苛立ったりしない。
 まあごくたまにムッとくる時もあるけれど。
 どれもこれも今更、今さらなのだ。
 何故なら伊勢崎は理解しているからだ。
 だってずっと、二人だった。
 知らないはずがない、日光の性格を。
 容赦はないけれど、優しくないわけじゃない、誤解されやすいその性質を。

「伊勢崎」
「何……っと」
「差し入れだ」

 放られたのはコーヒー缶だった。
 美味しいのだけれど少々割高なため、滅多に買うことのない銘柄の。
 思わずふっと笑みがこぼれる。

 ああ、これだよ。
 こういう所、昔から変わらないし。
 別に口下手ってわけでもないのに(言わなくてもいいことまで言ったりするけど)、慰めとか励ましは言葉に出さないんだよね、日光って。
 変な所で不器用なヤツ、とは心の内だけで呟いて。

「日光」
「ん?」
「俺、頑張るから」
「……ああ」
「行ってくるな! これ、ごちそうサマ」

 貰った缶を顔の前に掲げ、声にはちゃんと力を込めて。
 日光が片手を上げたのに対して大きく手を振り返してから、伊勢崎は走り出した。
 やらなきゃいけないことは山積みで、そのどれもが気の重いものばかりだけれど。

 なんとかなる、なんとかしてみせる。
 待ってくれている人のために。
 一緒に歩いてきた人のために。
 月並みな言葉ではあるけれど、俺は一人じゃないから。
 頑張れるんだ。


 

 

100題・27「電光掲示板」をお送りしました。

やっちまったい青春鉄道さんの二次でございます。
上官も好きですが、在来線がえっちらおっちら頑張ってるのが好き。
というわけでこの二人。

UPDATE 2010/10/10(日)

 

 

 

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