つたわり、つながり、つづいていく。



「っ! うー……」

 突然肩を揺らしたかと思うと、ルフィが唸りながらがくんと座り込む。
 エースは追うようにその横に膝をついた。
 しゃがみ込んだルフィは片手で耳の辺りを押さえ、苦しげに眉を寄せている。
 落ち着かせるように肩に手を置くと、どこか痛そうな顔はそのままに少しだけ、笑ってみせた。
 大丈夫だから、と。そう言いたいかのように。

「視えるのか」
「う、んー……これ、今じゃねぇみてえ」

 言うルフィの目が向けられている場所には、確かに誰もいなかった。
 一箇所に強い思念を留めておけるだけの人物。それは。

「……能力者か」
「たぶん……知らねーヤツだけど。敵っぽいカンジはしねえ」
「そうか。ルフィ、立てるか?」
「うん。落ち着いてきたし」

 頷くルフィだが、その顔色は決して良いとは言い難かった。
 その頭をくしゃりと撫でながら、胸の内に歯痒さとも、もどかしさとも言えるような感情が広がっていくのを感じる。
 傍にいるのに、根本的な部分では何もできない。
 大丈夫かと声をかけながら、結局は苦しみを取り除いてもやれない自身の無力さにいつだって苦い気持ちになるのだ。

 ルフィの能力は、他人の意識を読み取る。リーディング、と呼ばれている能力だ。
 今でこそ幾分か力を制御出来るようになったが、研究所を出たばかりの頃は誰彼構わず読んでしまい、動けなくなることも珍しくなかった。
 人の心は、人は、綺麗なばかりではない。
 人里離れた山中で、限られた人間としか接してこなかった二人にとって、世界は決して優しいものではなかった。

 ルフィよりか幾らかマシとは言え、同じ環境で育ってきたエース自身もまた、世間に上手く馴染めているかと言えばそうではない。
 人並みに上手く溶け込めない自分を知るたびに、見知らぬ誰かに言われているような気になった。
 お前たちのような能力者が非能力者と同じように生きていけるものか、と。
 口にしたことさえなかったが、幾度研究所へ戻ろうと思ったことか。
 望まないまま能力を発動し、苦しむルフィを見るその度に迷った。
 それをしなかったのは、あの場所にいるだけでは安全はあれど自由がないと分かっていたからだ。

「……エース」

 静かな声で呼んだルフィが、ぎゅっとエースの手を握ってくる。
 エースの手に比べると些か小さくて、けれど暖かな手。
 いつだってエースの傍らにある、失い難いぬくもり。

「おれは、大丈夫だぞ?」
「ああ、そうだな」

 にこ、と笑うルフィの目に嘘はない。
 お互いにお互いしかいない自分たちには、嘘も隠し事も偽りもない。
 隠してもルフィの能力をもってすれば筒抜けなのだが、それがなくともエースはルフィに隠し事をしようという気はさらさらなかった。
 家族よりも恋人よりも、一卵性双生児などよりもずっと近く、同じ時間を共有してきた。
 ルフィの能力があるから、いつだって精神のどこかで繋がっているようなそれは、きっとシャム双生児よりもずっと近く親しいものなのかもしれないとさえ思う。
 それは、きっとこれからも変わらない。
 変えようという気も、ない。

 明日がどうなっているのかなんて分からないのに。
 祈りにも似たような強さで思う。
 この手を放したくない、失いたくない、ただ、守りたいのだ、と。

「走っていっちまった。……なんだったんだろ、誰だったんかな」
「さあな。縁がありゃ、どっかで会うだろ」
「うん。行こうぜ、エース」

 く、と握ったままの手を引かれた。
 本当は知っている。気付いている。
 大事に大切に守ってきた、弟のその手にこそ、自分は導かれているのだということに。
 エースの心の柔らかな部分を、いつだってルフィが守ってくれているのだという事実に。

「ルフィ」
「なんだ?」
「おれが、いるからな」

 ずっとずっと。
 お前に、おれたちに、害をなすものは、おれがどうやったって退けてやるから。
 だから、ただ傍にいてくれればいい。おれの、たった一つの望み。願い。

「おれも」

 弾けるように笑ったルフィが、エースの胸元にぽすんと身を預けてくる。
 無防備に投げ出された体は、そのままルフィの心を渡されたような気にさえなって。
 内緒話をするようにエースに顔を寄せて、ルフィは言った。

「エースには、おれが、いるぞ」
「……ああ」

 心の中が暖かなもので満たされていく。
 きっとルフィも、同じ気持ちでいるのだろう。
 エースの気持ちを感じ取り、そしてまた笑う。
 ルフィの中で、二人の感情が気持ちが混ざり合って、一つになっている。
 目には見えないそれが、唯一の確かなもののような気がした。

 繋がった気持ちを、心を抱えて、明日もいくのだ。
 どこへとも知れない道を。
 先の見えない場所へ。
 けれど不安はない。

 二人でいるなら。
 それだけで、きっとどこへでも、どこまでも行ける。



 

 

100題・16「シャム双生児」をお送りしました。

スパナチュが流行っている今日この頃ですが。
超能力兄弟、つったらこっちが思い浮かぶんだぜ。
そして思い浮かんだら最後、そういや結構寄り添い合ってたなーとか。思い出しまして。
思わずの犯行です。

UPDATE 2010/10/11(月)

 

 

 

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