日々徒然ときどきSS、のち散文
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2006/03/20(月)
カーテンコールからは目を逸らさない(だってそれはまた会おう、の約束なのでしょう?)


花粉襲来中ですよ、もう。
風強くてやってらんねーってーのー。
そんなこんなで投げ遣り金沢です。



終わりの予感が、また一つ。
悔しいなあ苦しいなあ哀しいなあ淋しいなあ。

そんでもやっぱり、大好きだなあ。

なのです、よ。
葛藤して悩んで考えてそんでも行き着くのが「うん、でも、好き」なんだから。
そうしたらその気持ちを抱えていくしかないわけでしょう。

気持ちってのは目に見えないもので、だけど確かにここに在る。
そんで時間っていうのはどう足掻いても元には戻せないもので、そうしたら強く強く思ったこととか願ったこととか、そういう感情や気持ちってのはその一瞬の時間の中に永遠に残る、留まるもんだろうと思うわけなのです。
物理的に「永遠」なんてものがないと分かっていながら、それでも出した私の中の「永遠」てものへの答え。

だから、例え過ぎていくだけのものであっても、感情を大事にしたいのだ。
特に「好き」って思う気持ちは。
大切でかけがえなくて、暖かいものだから。

この間出した手紙を(ちゃんと手元に渡ったのだとして)、あの人はどんな気持ちで読んだんだろうかとちょっと思う。
はからずしも「終わり」のことを語ってしまっていたから。
あの六月のことを、語ってしまっていたから。
でも、あれは紛れもなくあの時の私の本音で。
あの時に書いた「答えを出すのは彼らでしかありえない。だとしたら答えをただ受け取ろう。目を逸らさないで見つめておこう。」という気持ちに嘘はない。

出された答えは、受け取るさ。
理解する事と感情はちょっとばかしベクトルが違うから、そりゃ凹むけどね。
沈むけどね、落ち込むけどね!
だって淋しいもん。
だけど、それが彼らが出した答えだってんなら、受け容れるしかないっしょ。
それに完全な終わりであるとは明言していないわけだから。
半端な希望は確かに残酷かもしれない。終幕である方がよっぽどいいのかもしれない。
だけど、それでも、終わりだと言わないんだから「いつか」を待てることの幸せを楽しんでやろうと思うのだ。
淋しさに泣いたり凹んだりすることだってさ、そういうののスパイスでしょう。

基本的に前向きだから。
そらへこむことも勿論ありますわな、だって生きてるんだもん。
でもこーやって言葉にすることで自分に発破かけるっていうか。
前向きに余計アクセルかけちゃうっていうか。
ほーら、書いてるうちに段々明るめ思考になってきたもん(笑とけ笑とけー)

まあ、ずっとずっと好きできてたんで。
花粉共々これはなかなかパンチの効いた攻撃でしたんで。
しばらく浮き沈みするかとは思います。
でも、そういうのは六月の梅雨に好きなだけやったんで。
あの時に色々考えてたし、あの後だって色々考えてきたから。
生きてんなら、もうそれでいーや。
好きっつー気持ちくれたのは、嬉しかったし。今でも好きだし。
それだけの話。好きなんだってな。

告白告白(笑)
でもまあ、まだ終わりじゃないってーことは、だ?
この恋(笑)にもしばらく付き合う必要があるんだな? そうなんだな?
照れるね、恋だの何だの青臭い言葉はさ。
でも、多分、それが一番近いのかもしれないって思うから。
恋してるみたいに好きなんだ、あのバンドがさ。


てなわけで、五月。
Psycho le Cemu、無期限活動休止。
【〜最終話〜 また逢えるその日まで…】
【〜エピローグ〜 語り継がれる物語】
行ってきたいと思います。(チケ取れますようにー!)
五月を持ちまして、この恋心(笑)は封印なのだ。