日々徒然ときどきSS、のち散文
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2005/08/28(日)
SS・ミスフルパラレル]きみのそばにいるよ(犬猿パロ)


 いやだ、と。

 何もかもがいたたまれなくなって、厭になって、俺はそう言った。
 バケモノが見えるのも、その所為で人付き合いが上手くできないのも、そういう自分をいつまで経っても克服出来ないのも、全部がたまらなかった。
 たまらなく厭だった。

 頭を抱えて、みっともなくボロボロ泣きながら、俺は喚いた。
 呻くように、駄々を捏ねる子供のように。
 今まで耐えて我慢して抑え付けていたものが、零れるように溢れてきた。

 天国は、そんな俺の前に立っていた。
 静かに、いつものように、立っていた。
 それが余計に俺の焦燥を駆りたてた。
 取り乱す俺が情けなく、愚かで、それが分かっているから尚言葉が止まらなかった。


「……メイ」

「ひとりは、っ……ひとりは、いやなんだ」

「メイ」

「ひとりは、さみしい……!!」


 言っちゃいけない。
 天国はバケモノだけど、それでも傷つかないなんてことはない。
 人じゃないけど、優しくて不器用で、よく笑って。
 生まれた時から傍にいる、天国。

 ずっと、傍にいるから。
 いつも、一緒にいるから。
 だからだから、俺は。


「俺はオマエの友達だよ、メイ。そばにいるよ。今までもそうだったし、これからもそうだ」


 困ったような顔をして、天国は言った。
 バケモノらしからぬ優しい声で。
 ともだち、だと。
 今までもこれからも。


「お前、っは!」


 顔を上げる。
 泣き顔のまま、天国を見据える。
 大の男がこんなにも泣くなんて。情けない。バカだ。
 だけど言わずにいられなかった。止められなかった。


「おまえは人じゃないだろ!」


 言った瞬間。

 天国の顔から、表情が、消えた。

 ひどいことを言った。
 言っちゃいけないことを言った。
 分かっているのに止められなかった。
 俺は。
 そうだ、俺は。


「……そうだな、俺は人じゃない。それを言われると、困るな」


 表情のない天国は、それこそが正しいバケモノに見えた。
 いつもバケモノらしからぬ明るい表情で、声で、俺の傍にいるから。
 無表情、ただそれだけで、天国が人じゃないことを実感させられる。
 背中に前触れなく氷を突っ込まれたような、ひやりとした気分になった。

 俺のすぐ目の前に立っていた天国が、ひたりと音を立てて後退る。
 人じゃないからだろうか、天国が歩く時はいつも、水の上を歩くようなどこか濡れた音がした。それだって勿論、俺みたいな見えるヤツにしか聞こえないもんなんだが。

 距離を置いた天国に、俺は焦った。
 ひどいことを言った、その自覚はあったから。
 いつも、どんなときも傍にいたから、天国が傍にいないなんて考えたこともなかった。
 それが当たり前で、今までもこれからも続くものだと思っていた。

 だけど、その保証がどこにある?
 誰がしてくれる?
 バケモノなんてのは大概が気まぐれで悪戯好きで、コワイもんだ。
 生まれた時からバケモノが見える俺は、何よりそのことを知っているはずだったのに。

 天国がいなくなる?
 俺の傍から?


「あ、ま、待て! 待ってくれ、天国」


 立ち上がろうとして失敗し、俺は床に手をつく。
 四つん這いになって、それでも俺は天国に向かって手を伸ばした。
 届かない。
 声が震える。


「うそだ、いてくれ。今までみたいに、いつもみたいに」


 俺と天国を繋ぎとめるもの、それは一体何だ?
 バケモノが見える俺の目。
 俺のそばにいなければ、と言った天国。


「ダメなんだ、オマエがいないと、俺……」


 天国は天井にある空調のフィルターに向かって、その手を伸ばしていた。
 バケモノだから、天国はその姿を自在に変えられる。
 天国がそういう場所に引っ込むのは別に初めてのことじゃなかったが、俺はとにかく焦っていた。
 俺が投げた言葉の所為で、天国がそのまま俺の前から消えてしまうんじゃないかと。
 そんなことを考えていた。
 情けなく縋る俺に、天国はフィルターの中にひゅるりと入り込みながら言った。


「いなくなったりしねえよ。ちゃんと、お前のそばにいるよ」


 その声は、いつもの天国の声だった。
 手の掛かる子供に言うような、何かを楽しんでいるかのような。
 だけど、次いで投げられた言葉は、俺の頭に冷水をぶっかけるようなものだった。


「……俺がいなきゃダメなんてことはないだろうけどな」


 俺と天国は、どうあっても違う次元、時間軸の中で生きている。
 傍にいるのに。
 そうだろう、人とバケモノなんてのはそういうもんだ。
 分かってる。分かっている。分かっている?

 違う。
 俺は、分かっているフリをしてただけだ。
 それが、分かってしまった。
 知らないフリをし続けた気持ちを、暴かれてしまった。
 だけどどうする? どうしろってんだ。

 どうしようもない。
 どうしようもねーじゃねえか。
 天国が、好きだなんて。


「言えるかよ、ちくしょう……」


 言葉通り、天国はそばにいるんだろう。
 それが分かっているから、俺はこの気持ちを口に出すことも出来なかった。
 流れる涙を拭うことも出来ずに、俺はただ。
 溜め息を吐いて、髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。

 友達だよ。
 そばにいるよ。

 何気ない天国の言葉が、俺の中を嵐のように吹き荒れていた。
 甘い響きの、残酷な言葉。


 その夜。
 寝入った俺を覗き込む気配が在ったのは多分、気のせいじゃなかったんだろう。
 なあ天国。
 俺がお前を好きだっつっても。
 友達だから、そばにいるって。
 お前はそう言うんだろうか。



END





ぎゃふ!
突発犬猿!
何やらここ数日もののけとか幽霊とか妖怪な天国さんが金沢の中でブーム中。
しかしこれ何のパロかって、10月号アフタに載ってた読み切り「ねこぜの夜明け前」がちょっとツボというかヒットというかまあともかくこういう話好きだよー!
な話でございました。

最初は猿が見える人にしようかと思ったんですけど、人見知りで無愛想で引きこもりぎみな人にさせることは出来ず…!
ていうかそんなん冥きゅんじゃないですか。
とこの人選に相成りました。
全国の冥きゅんファンの皆様ゴメンナサイえれー楽しかったでございます。

ちなみにこの話、漫画だと見開き2ページくらいです。
台詞はほとんど一緒ですが、原作では別に恋心は抱いてませんすいません(笑)

ていうかおお振りの5巻が10月発売らしいですがえらい早いっすねこないだ4巻出たばっかりですよ、な金沢でした。
小説っていうよりアフタ感想な話だなこれってば。