日々徒然ときどきSS、のち散文
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2005/06/30(木)
SS・ミスフル]水無月の終わりに(剣猿)


 しとしとと降り続いていた雨は、学校が終わる頃には止んでいた。
 傘を片手に、家路を辿る。




   
水無月の終わりに




「てんごくくんみーつけた」


 帰り道。
 学生の本分を試される期間…所謂、テスト。
 その試行一週間前はどの部活も活動を禁じられる。
 そんなわけで、天国が所属する十二支野球部も例にもれずテスト休みに入っていた。

 一人じゃテスト勉強しない。っつーかできない。
 というわけでつい先ほどまで部活の仲間何人かと集まってテスト対策をしていた。
 部活がしたい、雨が多い、テスト範囲広すぎ、とぶちぶち文句を言いつつ。

 それでもまあ一通りの勉強はして、皆と別れて歩いているその時に。
 声を、かけられた。
 天国の知る範疇で、てんごくくん、と呼んでくるのはたった一人しかいない。


「剣菱さん! どしたんすか、こんな所で」

「んー、今日はウチに帰るんだよねー」

「そうなんすか。…で、それなのにどうしてこんな場所うろついてんすか」

「今帰りだから」

「……ああ、そうなんですか」


 けろりとした顔で返され、なんだかこの人との会話は疲れるんだよなあ、と思ってしまう。
 どうしてだか分からないけれど、彼と話していると会話の主導権を握られてしまうのだ。
 別に自分が主導権を握らないと気がすまないとか、そういうことは言わないけれど。
 ただ、剣菱との会話はどうにも疲れるというか気を遣うというか、なのだと思う。
 性格のせいもあるのだろうが、イマイチ会話をのらりくらりとかわされ、それでいて自分の手の内は晒されているかのような。
 そんな気分に、させられてしまうのだ。


「てんごくくん、聞いてくれないの?」

「は? 何をですか」

「ウチに帰る理由〜」


 にこにこ、と。
 笑いながら言う剣菱の顔には、企みも悪気もなさそうで。
 だから性質が悪いのだ、と思わずにいられない。

 聞いてくれないの、ってか。
 それ、アンタが言いたいだけでしょーや。
 つまり、どうして帰るんですか、って聞けって。
 そういうことでしょうが!!


「……なんで今日は帰宅なんですか?」


 しぶしぶ、と言った態で天国は問うた。
 これを聞かなければ多分帰してもらえないだろう、と。
 剣菱との会話は数こそそう多くないものの、なんとなくそんな気がしたから。
 そうして多分その予感は間違っていないのだろうとも思う。

 聞かれた剣菱は、天国が嫌々ながらだったことを気にした様子もなくにこー、と緩く笑ってみせた。
 ああ、この笑顔が曲者なのか。もしかしなくても。
 そう思いはするのだけれど、大体にして流されてしまうのだ。
 今日もやっぱり、流されているのだから。


「今日ねー、誕生日なんだよね、俺」

「あ、そうなんすかー」


 あははー、と剣菱が笑って言う。
 それに天国もあははー、と笑い返し、一瞬間を置いて。
 天国は勢い良く剣菱に顔を向けた。それこそ、音がしそうな勢いでもって。


「って、ええ?! 誕生日っすか??!!」

「うん、そうだよー」


 目を丸くする天国に、剣菱は相変わらず緩い調子で答える。
 天国は剣菱の顔を見ながら、何とも言えない表情になった。
 確かに、天国と剣菱の関係は薄い。
 学校は違うし、学年も違う。
 二人の間にあるもの、二人を繋ぐもの、それは。

 野球、それだけだ。

 それ以上はないし、それ以下もない。
 天国はそれでいいと考えているし、剣菱も同じだろう。

 けれど。
 分かってはいても、複雑な思いが胸中を渦巻いていた。
 今日、こうして会えなかったら。
 天国は今日が剣菱の誕生日だなんて知ることもないまま、1日を終えていただろうから。
 どうしてだか、それが厭だと思った。


「剣菱さん」

「んー?」

「これ、良かったらどうぞ」


 カバンの中を漁っていた天国は、ずい、と剣菱に探り当てた紙袋を差し出した。
 先ほどまで勉強していた某全国チェーンのドーナツショップのイラストが入った、それ。
 胸のすぐ前に差し出されたそれを受けとって、剣菱はふっと笑った。


「いいの?」

「……大したもんじゃないですけどっ。誕生日、おめでとうございます」

「嬉しいよ、どうもありがとう」


 へらりと笑いかけられ、何やら居心地が悪いような気になってしまう。
 自分でも言ったけれど、渡したのは本当に大したことないもので。
 家で食べようと思って買ったドーナツが二つ、入っているだけだから。
 嬉しそうに笑顔で礼を言われると、何やら申し訳ない気がしたのだ。

 黙り込む天国に、剣菱は可笑しそうに笑って。
 何笑ってんですか、と問う代わりにじろりと睨めば。
 剣菱は笑いながら天国の頭をくしゃりと撫でた。


「な、んですか」

「んー、てんごくくんは良いコだなあと思ってさ」

「意味が分かりません」

「明日から7月だね」


 何を言い出すんだこの人は。

 突然ぽんっと飛ばされた話題に、すぐに返答が出来ずに。
 相変わらず頭に乗せられたままの掌だとか、嬉しげに笑う表情だとか、そういうものをただぼけっと見ていることしか出来なくなる。
 呆ける天国に、剣菱は子供に向けてそうするようにことん、と首を傾げて。


「夏だよ、てんごくくん」

「……あ」

「本当は、言わないつもりだったんだけどさ」


 夏。
 そうだ、夏が来る。
 天国がまだ迎えた事のない、暑い熱い季節が。

 覗きこんで来る剣菱の目に、光が見える。
 鋭く尖った、まっすぐな眼差し。強い強い、光。

 灼かれる。

 どうしてそう思ったのか、自分でも分からないけれど。
 ただ、本能がそう悟った。
 この人の目は、夏の太陽に似てる。
 白くて眩しくて、目を逸らしてしまいたいのにそれが出来ない。どうしてだか。

 頭の天頂に置かれていた剣菱の手が、するっと滑った。
 大きな掌、その指が天国の耳に触れる。


「これも、言うつもりはなかったんだけど」


 目の前にある剣菱の唇が、ふっと緩んだ。
 ぴりぴりと、痺れるようだった空気が同時に和らいだ。
 だけど、声が出ない。
 剣菱が身を屈めて、顔が近付く。


「偶然じゃないんだよ、今日会ったの」

「え?」

「君を探してた。会いたかったから」


 夏が始まる前に。

 囁かれた言葉に、天国の目が丸くなる。
 耳朶に触れる吐息が熱い。
 まだ、梅雨も終わっていないのに。

 握っていた傘が、するりと手の中をすり抜けて。
 地面に落ちて、音を立てた。

 そんな、水無月の終わりの日。



END


剣菱兄やん、はぴばすでー。
1日遅れちゃったけど★(爆)


UPDATE/2005.7.1(fri)