日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2005/05/14(金) |
[SS・ミスフル]たった一つをさがしに(芭猿) |
「みゃあさあ、星の王子さまって知ってっか?」 天国がそんなことを言い出したのは、とある日の夕方のことだ。 そろそろ梅雨入りしそうな季節、真冬に比べると大分気温は暖かくなり日も伸びた。 それでも日が伸びたその分だけ部活終了の時間は伸びるから、帰り道の景色はいつでも似たようなものだった。 即ち、日が沈んで暗い。 ぽつりぽつりと星が瞬き始める空を見ながら、宵闇に紛れるようにそっと手を繋ぐ。 それを始めたのがどちらかは分からないけれど、それはもうすっかり二人の間で習慣になっていた。 苛酷な練習を繰り返す手のひらは柔らかくなんてないけれど。 ぎゅっと握った手を握り返されるのが嬉しくて、いつでも自然に手を繋ぐようになっていた。 学校が違う。 部活で忙しくて遊ぶ暇もほとんどない。 けれど、だからこそ。 会える時間が大切で、会えない時間を埋めるように手を繋いだ。 言葉だけじゃ足りないから。 体温で、気持ちを分け合うように。 「あー、なんとなく。花とかキツネとか出てくるやつだろ」 「ホンットに何となくだな。まあお前が星の王子さまに変に詳しくても、それはそれで……何かヤだけどさ」 「褒めたいのか貶したいのかどっちなんだよ」 「別にどっちでもないから」 渋い顔になった御柳を見て、天国が可笑しそうに笑う。 それが面白くないような気がして、御柳は握った手に少し、力を込めた。 気付いた天国が、笑いながら握った手、その指で御柳の手の甲をなぞる。 宥めるような仕草で。 子供扱いされているようなのは気に食わないけれど、触れる指が心地良かったのに満足して、指先に込めていた力を抜いて元通りにした。 「で? 王子さまが何なんだっつの」 「いや本題は王子さまじゃなくてさ。作者の方」 「作者?」 誰だっけ、と首を傾げるが。 本の内容ですらうっすらとしか覚えていない御柳が作者名まで出てくるはずもなく。 早々に考えるのを諦めて問うような視線を天国に投げる。 視線を受けた天国はまあそうだと思ったから、とでも言いたげに少し肩を竦めた。 「サン=テグジュぺリっての。お前その様子じゃ話もマトモに読んでないだろ。今度貸すから読んでみ? いいぞお、あの話。色々深い」 「で、その作者がどうしたんだよ」 「ああ、その作者さ。戦死してんだよ。飛行機…っつか戦闘機か。まあそれに乗ったまま、帰らなかったんだってさ」 「ふーん。まあそういう時代に生まれたんなら珍しくもないんじゃねえの?」 興味がない、というか星の王子さま自体がよく分からない御柳の返答はどこか投げ遣りにも近いもので。 けれど天国はそれに怒るでも気分を害するでもなく、軽く苦笑った。 それから天国はふっと空を見上げる。 まるで何かを探すように。 「俺はさあ、サン=テグジュぺリは星を探しに行ったみたいに思えるんだよな」 「星ぃ?」 「うん。王子さまが探したみたいに、大切だと思えるたった一つの花を探しに行ったんじゃないかなってさ。飛行機なんてあつらえたように乗っちゃったもんだから」 空に煌く無数の星、その中のどれかに自分にとっての唯一無二があって。 そこに在る、それだけで嬉しいのも愛しいのも、本当なのだけれど。 大切だから、大好きだから、会いたい、この手に触れたい、そう思ってしまうのだって間違いじゃない。 だから。 彼はきっと、探しに行ってしまったのだ。 大好きなたった一つに触れる、その為に。 「見つけたかなー……」 「俺は、よく知んねーけど。見つけたんじゃね?」 天国がそうしているように空を見上げて、御柳は言う。 思いもかけない言葉に、天国が驚いて御柳を見た。 視線を引き戻せた、それに御柳は笑って天国の頬に唇を寄せる。 ちゅ、とわざと音を立てて。 「俺だって見つけたし。それこそ星の数ほど人がいる中からさ」 「……お前、そやって口説くんだ」 「人聞き悪いな。お前の話に乗ってやったんっしょ?」 「嬉しいから、まあいーけど」 御柳をじとりと見やりつつ、天国はぼそりと呟くように言って。 にやにやと嬉しげに笑う御柳に向かって、べえっと舌を出してみせた。 そうしながらも手を握った、そのままで。 絡めた指先、そのぬくもりは。 探し当てた、たった一つのものだから。 END 星の王子さま好きです。 猿のサン=テグジュぺリへの思いはそのまま私の考えだったりして。 星を探しに行っちゃったひと。 ていうかアンタら天下の公道で何をやってんのていう、ね(笑) |