日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/09/25(土)
SS・+なお話]「はじめましてっ。」2(ミスフル+おお振り)


「はじめましてっ。」2




 駅でぶつかった少年は、自分と同じ年で、そして自分と同じように野球をやっているらしい。
 野球、という単語を聞くだけで何となく嬉しいような気分になってしまう。
 自分も野球をやっているのだと告げると、彼は笑って名前とポジションを口にした。
 自己紹介をしてくれているのだと気付き、自分もそれに倣って名前とポジションを名乗る。
 ピッチャーだ、と言ったのに、彼はなんだか嬉しそうな顔をした。

 自分よりも色の濃い、けれど柔らかそうな栗色の髪。
 その髪と同じ色の瞳は、彼の強い意思を写しているかのようにきらきらしていた。
 強い光の、目。

 少し、田島くんに似てる、かな?

 まっすぐに前を見据える、強い光の宿った目に。
 自分のチームメイトが、何となく重なった。
 スラッガーというのは、根元がやはり似るものなのかもしれないと。
 そんなことを何となく思う。

 猿野天国、そう名乗った彼は野球に関しては素人なのだ、と。
 肉刺だらけの手で、笑った。
 酷使しているのだろう手のひらは、それだけで彼の練習量の多さと野球への思いを言葉ではなく語っていた。


「みーちゃんて呼んでい?」

「ふへっ?」


 三橋の名前を聞いた後、何事か考えるような顔をしていた天国は。
 子供のような顔で笑いながら、そう言った。
 まっすぐに、三橋の目を見ながら。

 み、みーちゃん?

 聞き返そうとしたのだけれど、声は音にならずに。
 呆然と視線を送っていると、天国は困ったのと焦ったのとが入り混じったような顔をしてぱたぱたと手を振った。
 最初に笑顔を見た時も思ったけれど、天国は優しい表情をする。
 決して押しつけがましくない、それでも心にそっと触れるような。

 初対面の人との会話は慣れない自分だが、それでも。
 いつもよりずっと話しやすいことに、三橋は気付いていた。


「もしかしてあだ名とか嫌いなタイプ? だったらちゃんと、フツーに呼ぶからさ」

「ぇ や、あのっ」


 根本的にボキャブラリーが少ないのだ。
 思いが上手く言葉にならずに、辟易しながらただぶんぶんと首を横に振った。
 三橋の大袈裟なまでのボディランゲージに、天国はちょっと驚いたようだったが。
 すぐに、三橋の言いたいことが伝わったらしく、へらっと笑った。


「ん。じゃあみーちゃん、な。俺のことも好きに呼んでいーぜ?」

「あ、うと。さ、猿野、くんっ」

「フツーじゃん。ま、呼びやすいならそれにこしたことないか!」


 笑うと、子供みたいな顔になるんだ。

 初めて会うのに、どうしてだか安心できるのは。
 多分、まっすぐに自分を見て、まっすぐに笑顔を向けてくれるからだろうと。
 天国の笑顔にぎこちないながらも笑い返しながら、三橋はそんなことを考えていた。






「俺な、あだ名とかつけんの好きなんだ」

「ふう、ん?」

「だって何かさ、その方が何となく近付いた! って感じすんじゃん? そりゃ、そういうのだけじゃ人間関係測れないけど。でもそういう、分かり易い形ってあるにこしたことないかな、って」


 子供っぽいかもだけど、と少し肩を竦めて天国は言う。
 二人はぶつかった場所から、駅のホームへと移動してきていた。
 ついさっき行ったばかりなので、10分程待たないと次の電車は来ない。
 途中構内にあるジューサーバーで買ったジュースを片手に、二人は並んで話をしていた。

 初対面であるにも関わらず、天国は以前から親しくしていた人間に接するように屈託ない笑顔を向けてくる。
 基本的に人当たりが良いのだろう、何度も言葉に詰まる自分に対しても天国は嫌な顔一つ見せることはなかった。
 初対面の人間相手では盛大に緊張かつ人見知りをする三橋にとって、天国のそういう態度はありがたかった。

 話しやすい、なぁ。

 そんなことを考えながら、手にした100%オレンジをこくりと飲む。
 ちなみに天国はミックスを買っていた。
 ふっと香る柑橘の匂いに、思わずふっと頬が緩んだ。
 美味しいものを食べたり飲んだりすると、ホッとする。


「みーちゃんさ、球速い?」


 何気ない口調で、問われた。
 ぎしり、と体のあちこちが固まるのを感じる。
 自分の球の遅さは、誰よりもよく理解していたから。

 勿論、バッテリーを組んでいる阿部や、それ以外のチームメイトたちは三橋の投球を貶したりはしない。それどころか、褒めてくれたりする。
 だけれども、三橋は速球を投げたかった。
 だから、自分の球の遅さをちゃんと分かっていた。
 黙り込んだ三橋をどう思ったのか、天国はあー、と声を出した。


「変化球なピッチャーなんだ?」

「え あ、う」

「うー、じゃあ俺みーちゃんの球打てねえかもなー」

「う、つ?」

「おう。だってスラッガーは打つのが仕事! んで、ピッチャーは打ち取るのが仕事、だろ」


 バットを持つ仕草をしながら、天国はにっと笑う。
 けれど三橋がその言葉に答えるより早く、天国はきゅうと眉を寄せて。
 どうしたのかと三橋があわあわしていると、天国がはあ、と盛大に溜め息を吐いた。
 それはもう、哀しげな様子で。


「……なんだけどさー。俺、変化球苦手。ストレートはいんだけど、曲がるのとか全然ダメ。最近はまあ、少しマシになったんだけど、さ」


 少し拗ねたような早口で、天国は言う。
 紙コップの端をがじがじと齧るその顔は、怒られて不貞腐れた子供のようだった。
 三橋は空になった紙コップの淵を指先でなぞった。

 何とはなしに見やった天国の手は、何度見ても傷だらけで。
 高校から野球を始めたという彼は、多分誰よりも必死に我武者羅に練習をしているのだろう。
 聞いたわけでも見たわけでもないが、痛々しい手はそれを物語っていた。

 一生懸命な手。
 野球を好きだ、と語る手。
 天国は多分きっと、バッターボックスに立つ時もまっすぐに前を見据えるのだろうと、何となく思った。


「で、もオレ……球遅い、から」

「遅いと何か悪ぃの?」

「速い、方がやっぱり……いい よ」


 自分で言っていて哀しくなってくる。
 一人きりでマウンドに上っていた中学時代に比べれば、精神面でも技術面でも少なからず成長した、変われたと。そのはずだと思っていたのに。
 泣きたいような気分になっている自分に気付き、どうにも情けなくなった。
 天国と目を合わせていることが出来ずに、手の中で弄っている紙コップに視線を落とした。
 俯くように。


「だってさ、遅いのだって技術じゃん」

「おそ……ぎ、じゅつ?」

「うん。俺のチームの、さ。んー……俺は、親友だと思ってる奴がいるんだけど」


 言われた言葉はあまりにも意外で。
 ぱちぱちと瞬きをしている三橋に、天国は頷いてみせた。
 それから、親友、という言葉を口にするのに少し照れたようにはにかむ。


「そいつが、さ」


 ほんのりと頬を染めたまま、天国はきゅっと唇の端を上げた。
 好戦的、というのが多分正しいのだろう、そんな顔。
 それもまた笑顔なのだけれど、今まで三橋に向けられていたそれとは明らかに異なっていた。
 一瞬前に見せたはにかむようなそれとは打って変わった表情。
 空気がぴりりと緊張するような。

 ああ、コレ は。

 知っている。
 そう思った。
 天国の表情を。纏う空気を。

 マウンド、だ。

 18.44m先のミットを、まっすぐに見据える時。
 視線の先にはバッターとキャッチャー、そしてミット。
 自分の放った球を受け止めてくれる、ただ一つの。

 マウンドに上っている、時に。
 こんな空気を感じる、ことがある。


「ソイツは、豪速球を投げるタイプじゃないし、かといってキレのある変化球を持ってるわけでもなかった。そんでも、練習して遅いのだって武器にしちまってたぞ?」

「武器……遅い、のが」

「ん。俺はピッチャーの何たるかー、とかは全然分かんねえけどさ。色んな奴がいるんだから、色んなタイプの投げ方があっていーと思うけど」

「色んな……」


 天国の言葉をオウム返しに呟きながら、それでもただ嬉しいと思った。
 多分、天国は思ったことを口にしているだけで自分を慰めようとか勇気づけようとか、そういうことは微塵も考えていない。
 けれど、だからこそ。その言葉にある真実味と暖かさが三橋の心をふわりと包んだ。

 打算も計算も裏もない。
 まっすぐなまっすぐな、言葉。


「てーか俺、初心者ならでは! みたいなこと言ってもい?」

「う、ん?」

「俺からすりゃー、キャッチャーミットの構えてあるとこにボール投げられんのも凄いと思うんだよ、うん」

「ふえ」


 言葉と同時に、鼻先にぴっと指を突きつけられる。
 それに驚いて肩を震わせつつ、けれど思わずまじまじと目の前の指を眺めてしまう。
 どう返していいのか分からず黙ったままその指を何となく見ていると、天国がうぅん、と小さく唸った。
 見れば天国は困ったような照れたような中途半端な顔になっていて。
 どうしたの、問う前に天国がことんと首を傾げた。


「みーちゃん、もしかして呆れた?」

「え、ええ? な、こと ない、よっ」

「いや、だって……黙っちゃうしさ。野球経験者からすれば、どんなノーコンだよって思われたかなあ、って……」

「お、思ってない、思って ないっ」

「……マジに?」


 じとり、と音のしそうな目で天国が目を向けてくる。
 三橋はその言葉に必死になってこくこくこく、と何度も首を縦に振った。
 天国は暫く拗ねたような目で三橋を見ていたが。
 やがてふっと口元を緩ませると、くつくつと笑い出した。

 優しい笑顔だ。
 何度見てもそう思う。
 天国は自分を初心者だと言う。その所為でミスも多く仲間に迷惑をかけることも多いのだ、とどこか寂しそうな顔で言っていた。
 だけど、それ以上にきっと。
 天国はその笑顔と、存在で皆を支えているのだろう。

 緊張も不安も全てをゆるゆると解かし、暖かな気持ちで満たされるような心を感じながら三橋はそう思った。
 だって、初対面の自分でさえこんなにも優しい気持ちになる。
 そんな彼の存在が仲間にとってどれだけ大切なものかは、この目にしなくとも分かるような気がした。


「ごめんごめん、言っただけだって! みーちゃんは素直なんだな〜」

「呆れたり、とかっ、してない よ?」

「うん、分かってる。な、今度はみーちゃんとこの野球部の話、してくれよ」

「に、西浦、の?」

「うん。俺だってちょっとしたんだしさ」

「え、ええと……」


 何から話そう。
 考える三橋に、天国がゆっくりでいいよと笑う。


 結局二人は周囲にほわほわと、何やらゆるーい感じの空気を撒き散らしながらそのまま話し続けたのだった。
 携番とメールアドレスを交換した二人がその後ちょくちょく連絡を取り合うようになったことや、連絡をしている姿をチームメイトに誰だったのかと問い詰められたりするのは、まあ。
 事実だけれども、まだ少し先の話である。





ゲームセット!!












ミスフル+おお振りでミス振りでした。
個人的にお花が二輪、な話です。
という話をトモヨシさんに延々としておりました、付き合わせてごめんなさいありがとうございましたお渡しした駄文の一番最初はこういう話でした。(私信かい)

でもこの二人、かわえーと思いません?
同じ埼玉県民、しかも何やら近隣住まいっぽいかもー? ということに気付いた瞬間に組み上げられた話でした。
南浦和駅のジューサーバー、実は時々寄ったりします。
パンプキンスープは絶品でした…v

部活帰りに飲むとよいよ。十二支も西浦も。


UPDATE/2005.2.22(猫の日だ!!)