日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2004/09/13(月) |
[SS・ミスフルパラレル]琥珀の狭間に浮かぶ名前は(天国の涯設定) |
天国の涯【ヘヴンズエンド】設定、番外編第五段。 登場人物、天国と屑桐。 過去話、出会った頃。屑桐視点。 【琥珀の狭間に浮かぶ名前は】 屑桐が出した紅茶を、少年は素直に受け取る。 それを一口飲むと、彼はぽつりと美味しいな、と呟いた。 どこを見ているのか分からなかった双眸に、ようやく人間らしい感情という色が灯る。 人心地着いたからか、大分落ち着いてきたらしい。 相変わらず警戒はしているようだったが、それでも纏う雰囲気は大分和らいだ。 少年の瞳は、その髪と同じく明るく透き通るような茶だったが、屑桐にはそれが透明な硝子玉のように見えた。 「屑桐無涯だ」 「…………?」 屑桐の言葉に、少年は首を傾げる。 表情に変化はないまま、けれどその瞳には不思議そうな色が浮かぶ。 目が、何をいきなりと問うていた。 「相手に名を尋ねる時には、こちらから名乗るのが礼儀だろう」 「無涯、ってーの?」 「ああ、そうだが」 頷けば、少年は屑桐の名を小さく繰り返した。 口の中でむがい、と。 言葉を教えられた幼子のように。 背格好から察するに自分とそう年は変らないだろう。 二つか三つ、下というところか。 けれど、そのどこか無防備な立ち振る舞いのせいか、少年は屑桐よりもずっと幼く見えた。 思わずその手を引いてしまいそうな。 庇護欲をかき立てられる、そんな雰囲気を彼は纏っていた。 それと同時に、底の知れない闇をも。 その闇が何なのかは分からなかった。 けれど、深い何かに少年は心を捕らわれている。それだけがハッキリ分かった。 その深い何かがあるが故の、無防備さなのかもしれない。 「ふーん。無涯、ね。いい名前だな」 「……そうか?」 屑桐の名を一頻り吟味してから、少年はそう言った。 意外と言えば意外な言葉に、思わず聞き返す。 それに、少年は驚きと不審が入り混じったような顔をした。 その双眸の奥には変わらず暗い何かが在り続けはしたものの、表情がある方がずっと人間らしく見えた。 視線を向けている場所も、己の感情をも曖昧な眼差しでは、どこか人形のようにも見えていたから。 そうして屑桐は、彼が人間らしい顔をするとそれがひどく人を惹きつけるのだと気付く。 本人はきっと微塵も気付いていないだろうが。 「何、俺、そんなに驚くようなこと言った?」 問われ、屑桐は自分も驚いた顔を見せていたのだということにようやく気付いた。 事実、驚いたのだ。 今まで、屑桐の名を聞いてこんな言葉を返してきた人物はいなかったから。 「すまない。そんなことを言われたのは初めてだったものでな」 「初めて? いい名前ってのが?」 「ああ。大概は俺の名を知ると返答に窮する」 微苦笑しながら言えば、少年は訳が分からない、と言いたげに瞬きを繰り返した。 存外長い睫毛が、ぱちりぱちりと上下する。 容姿だけを見れば至って普通の、標準的な顔立ちなのに。何故か、目を奪われる。 笑顔になったのなら、きっと、もっと。 屑桐の思考に気付くはずもなく。少年は少し眉を顰めながら変なの、と言った。 微かに、本当に気をつけて見ていなければ分からないほど微かにだが、少年は唇の端を上げる。 笑顔、とはきっと言い切れない、それでもようやくそれの片鱗を見ることができた。 「何でだろうな。そんないい名前貰ってんのに」 「何を根拠にそんなことを思ったのか、聞かせてくれないか?」 「根拠にって……んなに大袈裟なもんじゃないよ。字面がいいじゃん」 「字面?」 「んー、面と向かって褒めるのって、照れるな」 困ったように眉を下げながら言って、少年は持っていたティーカップに視線を落とす。 彼の視線の中、琥珀色の液体がゆらゆらと揺れていた。 それを一口飲んで、けれど目線は紅茶を見たまま。少年が呟くように言う。 「終わりがない、って意味じゃん。アンタの名前」 「何?」 「涯って、果てとか限りとか、そういう意味だからさ。アンタの名前は、果てがないって意味になる。だから、いー名前だと思った。そんだけだよ」 早口で、まくしたてるように。 揺れる琥珀の中に言葉が浮かんでいるかのように、視線をそこに落としながら少年は言った。 誰も言ったことのない、言葉を。 今まで、屑桐は己の名について深く考えたことはなかった。 屑桐の名を聞いた相手が、途惑おうと顔を曇らせようと、どうでもよかった。 けれど。 少年は、まるでなんでもないことのように言った。 屑桐の名前、無涯というその名がいい名前だと。 彼が纏う闇は、薄れない。 それでも、照れて俯く様子は年相応だ。 「そろそろ其方も名乗ったらどうだ?」 「……好きに呼んでくれていーよ。ていうかさ、付けて。俺の名前」 一瞬の沈黙の後、少年はあっけらかんと言い放った。 名前なんて大事じゃない、そんな口調で。 「事情を詮索する気はないが……」 「名乗るから。少し経ったら、ちゃんと俺の名前教えるから。今は、呼ばれたくないんだよ。忘れていたいんだ」 だから、名前を付けて。 好きなように呼んでいいから。 それに答えるから。 言って、少年は笑った。 ほとんど泣き顔にも近い顔で。 笑って、それからすぐに俯いてしまう。 先程屑桐の名前を褒めたその時とは、様子が正反対だった。 深く俯き、屑桐からはその表情を窺い知ることはできない。 ただ、ティーカップを持つその手指が、かたかたと震えているのだけが見えた。 「……ヘヴン」 幾許かを置いて、屑桐は少年に呼びかけた。 ぴくり、と肩が震える。 そろそろと顔を上げる様子は、まるで叱られた子供のそれのようだった。 実際、今の彼は子供と同じような心境なのだろうと思う。 目が合うと、屑桐はもう一度少年を呼んだ。 「このカフェの名だが、構わないか? へヴン」 「………はい」 ありがとう、掠れた声で少年が言う。 与えられた名前を確認するかのように、目を伏せてヘヴン、と繰り返した。 泣きそうになった所為か、それとも歓喜の為か。 紅潮した頬の色が、どこか痛々しかった。 END 天国の固有名詞が出てきませんがこれを屑猿だと言い張ります私。 普通の原作設定でやろうと思ってた、屑桐さんの名前を褒める猿。 なんですがいつまでたっても書ける気がしないので天国の涯に組み込んでみました。 すんなり書けちゃったよ…そんなにこの設定好きなのか自分(笑) でも屑桐さんの名前、ホントに良い名前だと思うのです。 あ、ちなみにこの話は天国が15〜16歳ぐらい。屑桐さんはその二つ年上。 本編もそろそろ書かねば。ていうかさっさと住人紹介しないとー!! UPDATE/2004.12.10 |