日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/09/10(金)
SS・ミスフル]ときめけ青少年!【後編】(芭猿…未満)


 外すか当たるか。

 分からないから、賽を振る。
 それが勝負の醍醐味だろう?






     
ときめけ青少年!





「くあー……っっぱり、音は生で聴くに限るぜ」


 ぐーっと腕を伸ばしてストレッチよろしく筋を伸ばす。
 そうしながら、天国は満足げに呟いた。


 訪れたEastでは幸いにも当日券が売られており、天国はライヴに潜り込むことに成功した。
 今日のライヴはワンマンではなく幾つかのバンドが出演する対バン形式だった。

 高校に入学してからは部活三昧でライヴはおろか都内に出てくること自体少なくなっていた。
 それでも音を聞くのが好きな天国にとって、数ヶ月のブランクなどは少しも問題ではなかったらしい。
 知っているバンドこそ少なかったが、しっかり楽しめてしまった。
 格好が格好だっただけに、前列には行かずに壁際で大人しくしていたのだけれども。


「人集まってんな…どっかのビラ撒きか?」


 Eastを出た道路に、幾人かが集まっている。
 それも女ばかりだ。
 どこかのバンドのメンバーが来てでもいるのだろうか、と少し興味をそそられる。

 ファン獲得の為に地道な活動はかかせない。
 大きな会場を借りるだけの人気がないバンドは、人気のあるバンドがライヴをやるのに合わせて自分たちのチラシを撒きに来たりする。
 地味だけれども、自分たちの名前を少しでも知ってもらうには大切な活動の1つだ。

 ファン獲得はバンドマンにとっては死活問題なので、彼らは必死である。
 そんな姿勢は、天国は嫌いではなかった。


 俺の知ってるバンドだったりして〜?


 少しの期待を抱きながら、天国は通り過ぎるついでとばかりに幾人かに囲まれている人物を覗き見る。
 そこで、思わず口が開いた。
 ついでに、見なければよかった、と瞬時に思った。


「お、見っけ。さすが俺、時間バッチシじゃ〜ん」


 にやにやにや。
 そんな効果音がぴったりの笑いをその整った顔に貼り付けて、思わず硬直してしまった天国に歩み寄ってくるのは。


「御柳、芭唐……」

「よ。待ってた」


 待たれる覚えはねえよ、こっちは。

 げんなりと内心で呟く。
 声に出してそれを言う気力すら、今の天国にはなかった。

 そんな天国の様子を余所に、御柳は天国の目の前に立つ。
 天国の視線に、御柳はくっと笑った。

 少し首を傾けて、口の端をきゅっと上げて。
 髪がさらりと揺れるその音が聞こえたような気がして、天国はどうしてか眉間に皺を寄せて御柳を見た。
 さりげない仕草、そこから伺えるどうしようもない男っぽさに、上昇したはずの機嫌がすうっと下降するのが分かったからだ。
 それが何故だかは、分からなかったのだけれど。

 人の輪の中に立っていたのは、天国に歩み寄ってくるのは、ここに訪れる前にも駅で一度見た顔だった。
 御柳芭唐、彼が幾人かの少女たちに囲まれて立っていたのである。
 バンドマンではないけれども、これだけ整った顔をしていれば声の1つや2つかけられて然りだろう。
 天国は迂闊にも覗き込んでしまった自分を、内心で叱咤した。

 御柳の周りを取り囲んでいた少女たちの視線は、そのまま自分へ向かってくる。
 言われずともアンタ誰、という言葉が伝わってきて天国はいたたまれなくなった。

 何が哀しくて、俺がこんな針のむしろな心境を味わわにゃならんのだ。

 ずどーん、と背後にブラックホールを背負ってしまった天国は、だから気付けなかった。
 御柳が連れてきた視線、それが興味津々ではあったものの刺すようなものではなかったことに。
 それを裏付けるように、彼女たちは御柳にしつこく取り縋ろうとしていない。

 厚底の分もあるけれども、彼女たちにしてみれば天国は背が高い。おまけに、黙っていれば顔もそれなりなのだ。
 その上格好が格好なものだから、今の天国は性別不祥な美形、である。
 美形が美形に歩み寄る図、というのが興味をそそられないわけがない。


「ここ立ってても埒あかねえし。どっか行かね?」

「……どこに」

「どこがいー?」

「帰る」


 付き合ってられるか。

 短く言って、天国はすたすたと歩き出す。
 空腹は感じたが、仲良くご飯を食べるような間柄でもない。
 第一御柳は、自分のことなど覚えていないとああもハッキリ言っていたのだから。
 そんな人物と肩を並べて食事など、美味しいものも美味しくなくなりそうで厭だった。
 にべもなく言い放った天国の後ろを、御柳は懲りた様子も見せずに着いてくる。

 なあ待てって、無視すんなよ、だの言っているが、それすら天国の神経を逆撫でした。
 何故そんなにも苛立つのか、理由も分からずに。



 Eastからも大分離れた頃。
 御柳が周囲に視線を走らせ、そろそろいっかな、と口の中で呟いた。
 無論のことながら、天国には気付かれないように、だ。


「てか、そういう格好趣味なわけ? 猿野」

「!!!」


 唐突に、そう本当に何の前触れもなく名を呼ばれた。
 目をまあるく見開いた天国は、慌てて御柳の方へと顔を向ける。

 どうして名前を、一体いつから。

 言いたいことは沢山あるのに、驚き過ぎて声が出て来ない。
 ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしていると、御柳がさも可笑しそうに笑った。
 目を細めて、喉の奥を鳴らす。
 猫みたいだ、とぼんやり思った。


「いつから気付いてたんだ、って?」

「それと、名前、何で知ってんのかって」

「試合したじゃん。別におかしくないっしょ」


 嘘だ。
 俺のことなんか知らないって、ああもハッキリ言ってたくせに何をぬかすか。

 剣呑な光が目に宿るのが分かる。
 厚底靴のせいで縮まったとはいえ、それでもやはり二人の身長差は埋めがたいもので。
 自然、睨み上げる格好になった天国に、御柳は肩をすくめてみせた。
 けれどその顔からは相変わらず笑みが絶やされることはない。
 小馬鹿にされているかのようなそれが、どうにも天国の中の不快感を煽った。


「試合ん時とズイブン雰囲気違ぇけど、どっちが素?」

「……どっちだっていいだろ」

「ま、そーだけどさ。黙って座ってりゃ、結構俺好み」

「そりゃどうも」


 一体何が言いたいんだコイツは。

 思いつつ御柳を見れば、途惑いが顔に出たのだろう。御柳が笑いながら言う。
 すい、と顔を近づけられて、天国は眉間の皺を深くした。
 自分に合わせるために相手が少し屈むことですら、気に食わない。


「んなに、ショックだった? お前なんか知らねえって、言われたん」

「テッメ……」

「おー怖。睨むなよなー、俺繊細だから傷付いちまうぜ」

「ワザとらしいこと言ってんじゃねえよ。目的は何かさっさと言え。先に言うがくだらねーことなら付き合わねーんで、そのつもりで」


 悔しい。

 読まれていたのだ、腹の内など。
 いつからだろう、少なくとも駅前で顔を合わせた時は気付かれていなかった筈。
 とすると、ライヴに行っているその間に思い出したか、調べでもしたか。

 それでも、この上悔しさを表だって見せるのはなけなしのプライドが許さずに。
 天国は悔しさを胸の内に押し込め、御柳を睨んだ。
 隠し切れない感情が言葉の端を尖らせたが、それはこの際仕方ないことだと諦める。


「だーから、怒んなって。ところでコレ、なーんだ?」

「その口調がムカツクんだよっ、テメーは! なんだも何もね……ぇ、って、それ俺のじゃねーかよ!!!」

「今頃気付いたワケ? だから待っててやったってのに」


 呆れた口調で言う御柳の手の上に乗っているのは、紛れもなく天国所有の携帯だった。
 御柳の手のひらの上、ちょこんと所在なげに鎮座ましましている。

 いつ。なんで。どうして。

 先ほどから浮かぶのが疑問符ばかりだと情けなく思いながらも、それも仕方ないかと自身をフォローするように思い直した。
 常日頃破天荒だ無茶苦茶だと言われ続ける天国だが、目の前の男の行動は天国のそれなど軽く飛び越えている。
 それも本人が悪意満々だというのだから、性質が悪い。

 とりあえず今は、携帯を取り戻す方が先だ。
 思い立ったが吉日、とばかりに天国は携帯に手を伸ばす。
 御柳の手の上に置かれた、本来ならば自分の手元にあるべきそれに向かって。


「はーずれー」

「避けんなアホ! っつか人の携帯パクっておいて何しゃあしゃあとしてやがる! いいから返せ戻せ今すぐに!」


 伸ばした手は、ひょいと避けられた。
 いとも簡単に。
 苛立った天国が声を荒げれば、御柳が顔を顰めて片手で耳を塞ぐ。
 大仰な仕草だが、それが妙に堂に入っている。


「お前声でけーのな。音も高いし。声変わりしてねぇの?」

「し、失敬な! したに決まってんだろこのヴォケがぁぁ!」

「へー。そりゃご愁傷様」

「意味分かんねえよ!」


 言葉を交わしつつも、天国は携帯を取り戻そうと躍起になっている。
 しかし飄々とした様子の御柳は、そのどれもを避けていた。
 背の高さと相俟って長い手が、ひらひらと舞うように動く。

 どう考えても遊ばれているのが悔しくて、蹴りの一発でも叩き込んでしまおうかと、物騒な所に考えが及びかけた時。


「ま、目的は果たしたからな。返してやんよ」


 ぽい、と放られた携帯を天国は慌てて掴み取った。
 落としたらどうするつもりだ、とか。
 目的って何のことだよ、とか。

 言う前に、ようやく舞い戻った携帯が音を立てた。
 着信音に設定してあるのは、天国が目下のところお気に入りの洋楽である。
 意外に思われるかもしれないが、沢松が洋楽好きなこともあってか天国もある程度は聞きかじっていたりする。
 密かに司馬と洋楽トークをしたこともあるを知っているのは、ごく一部の人間しかいないのだけれども。


「誰だよ、んな時に……」

「俺」

「は? 何言ってんだお前脳味噌湧いてんのかよ」


 悪態をつきつつ携帯を開いた天国は、目を丸くした。
 液晶画面に表示される名前、それは『御柳芭唐様』だったのだから。
 鳴り続ける携帯と、目の前の男とを交互に見比べてしまう。

 あ、こんなに長く着メロ聞いたの、ダウンロードの時以来かもしんね……

 今は関係ないことに思いをはせてみたりして。
 人はそれを現実逃避と呼ぶ。

 目の前に突きつけられた、御柳のものだろう携帯。
 その液晶画面には自分の番号と、『猿野天国』の文字が浮かび上がっていた。


「保護者の許可は貰ってんぜ? 安心しろよ」

「なっ、何が安心じゃおいゴルァ! 人の携帯かってに弄くり回して情報操作してテメエどこの組織の回し者だっつーんだよていうかプライバシーの侵害もいいトコだっつのええおい!!」

「おー、よく舌回んな、お前」

「そんじょそこらの女子アナには負けねえ自信がある!……って違うだろ!」


 何が哀しくてこんな場面ですら笑いを求めるのか俺は。

 思いはするけれども、一度身についた癖はそう簡単に抜けるものでもなく。
 ノリツッコミをしてから、天国は再度背後にブラックホールを出現させていた。
 効果音はずどーん、とでも言うところか。
 その間に御柳は携帯を切っていた。

 その手が自分の方へと伸ばされるのを、天国は呆然と見やる。
 次から次へと事が起こって、脳が切り換わってくれない。
 対応するのを投げてしまったらしい。


「あー、でもあながち嘘じゃねえなぁ」

「……何がだよ」


 何だか良く分からないけれどとにかく一気に疲れを感じてしまった。そのせいで、答える天国の口調には覇気がない。
 そんな天国の心境を知ってか知らずか、御柳は目を細めてくっと笑った。
 伸ばされた手、その指先が頬に触れる。

 先の練習試合では気だるげで終始やる気などなさそうにしていた御柳だったが。
 触れた指先は、彼の歴戦を物語っていた。
 使い込まれた、という表現がしっくりくるような固い指。長い年月、使い続けたことを何よりも雄弁に語る。
 それは、未だ初心者という肩書きを背負っている天国には持ち得ないもの。

 何だかんだ言って、コイツも野球少年なんだよなぁ。

 ぼけっと御柳の顔を見ながら、天国はそんなことを考えていた。
 酷く無防備なその表情に、自身は気付いていない。
 脳が対応を投げてしまった時の人間の反応など、所詮こんなものだ。

 だから、天国は気付かなかった。
 今の自分たちの体勢が、恋人同士のそれのようだと言うことに。
 頬に触れていたはずの御柳の手が、さり気なく後頭部に回されたことに。


「お前、やっぱ俺好みだってこと」


 吐息が触れるほど近くに、御柳の端正な顔がある。
 さらりと音がして、前髪が触れ合った。
 そうして、唇に感じた暖かさ、それは……?


「い、ぎ」


 意図せず、半開きの口からよく分からない音が洩れる。自分でも音を出そうという意識はなかったので、それに全く意味はない。
 目を瞬いて状況を認識しようとする天国とは対称的に、御柳は楽しげににやにや笑っているままだ。

 キスされたのだ、と気付くのと、悲鳴を上げるべく息を吸い込むのがほぼ同時。
 だったのだ、けれど。
 声帯が音を発する前に、天国の口は塞がれていた。
 身長同様大きな手のひらが、天国の口を覆う。

 何だかこの図は、傍目から見るとちょっとどころではなく犯罪ちっくなのではないでしょうか。
 ていうか何でこんなに人通り少ねーんだここはオイ一応でも何でもなく都内だろ、天下御免の渋谷だろ、なのに何で……ってあああもしかしなくてもさっきのって俺のファーストキッス★ってーやつじゃなかろーかああ?!


「おー、何か色々考えてんなぁ。どーでもいーけどここ、ホテル前だし? 騒ぐのはやめといた方がいーんじゃね?」


 言われ、天国は視線を巡らす。
 ……その通りだった。

 やけに人通りが少ないわけだ。
 ていうかそりゃ男二人がこんな場所に何か曰くありげな感じで立ち話してたらそりゃ人も寄りつかないわけっすよねぇあはははは。

 破綻している思考回路に、何だか泣きたくなってくる。
 何がどうしてこんなことになってしまったのか、それを考えてみる。
 久々のライブに、良い気分になっていた筈だったというのに。
 何が、悪かったのか。

 ぐるぐるぐる、と考えて考えて。
 辿り着いた結論は、そういや目の前のコイツのせいじゃねえのか、だった。
 その間ずっと口を覆われていたというのだから、やっぱり天国の脳は活動を放棄してしまっているままなのだろう。
 無防備極まりない。


「お?」


 口を覆われたままの天国は声を出せないので、音を発したのは御柳だ。
 唐突に声を出した理由は、天国が自分を睨み上げてきたから。
 感情が混線しているらしい天国の目は、心なしか潤んでいて。
 今の体勢も相俟って、いい構図、などと内心で呟いてみたりする。
 天国がそれを知ったら一騒動どころか死人が出ただろう。

 と、そこまで考えたところで。


「ってぇ! 何すんだよ!」


 びり、と電流が走ったような衝撃を感じ、御柳は反射的に天国から手を離して飛び退っていた。
 衝撃の正体は何てことはない、天国が口を開いて御柳の手のひらに齧り付いたのだ。
 ふるふると手を振りながら言った御柳に、けれどそれ以上の声と勢いで天国が返す。


「うっせぇ! それはこっちのセリフだこの強姦魔!!」

「おい、それ激しく使い方間違ってんぞ」

「俺にとっては一緒だぁぁ!!!」


 威嚇する猫のように唸る天国の目じりには、おそらく本人も不本意なのだろう涙が浮かんでいる。

 あ、まじいーかも。

 その表情に、御柳がそんなことを考えているなどとは露知らず。
 天国は御柳が手を伸ばしても届かないであろう場所まで離れてから、ビシッと人差し指を突きつけた。
 命名・宣戦布告のポーズ。


「覚悟しときやがれよテメー!! いつか! 絶対に!! 復讐してやる!!」

「いつかとは言わずに今でもいんじゃね? おあつらえ向きに場所はあるし?」

「は……? っ、寝言は寝て言え、馬鹿野郎っ!!!」


 唸る天国を見ながら、御柳は相変わらず飄々とした態度で。
 親指を立てて背後を指し示す。そこには、ネオン眩しいホテルがあるわけで。
 御柳の示した先を目で追った天国は、面白いぐらい顔を赤くした。

 真っ赤な顔で怒鳴った天国はそのまま踵を返すと、バタバタと足音も騒がしく走り去って行く。
 Eastから出てきた時の様子からしてこの界隈には訪れ慣れているようだったし、放っておいても迷子になることはないだろう。
 御柳は親指の腹で唇をなぞると、ニヤリと笑んだ。
 それはもう、悪役もかくやな顔で。


「冗談抜きで、おもしれーし。直感を信じた俺、天才?」


 渋谷駅前で会話を交わした時に、何かは分からないけれど感じたのだ。
 きっと面白いことになる、と。
 だから会話を引き伸ばし、その隙に天国の荷物から携帯を抜いた。

 天国の背を追い行き先を確かめ、その間にかかってきた電話にも出て。
 表示が「鬼ダチ(沢松)」だったのを見た瞬間に、ピンと来た。
 コイツからなら情報を引き出せる、と。
 そしてそれは外れることなく。


「宣戦布告、受けてたってやろーじゃん」


 くっくっと笑いながら、御柳はポケットから取り出したガムを口の中に放り込んだ。
 本当に面白くなるのは、きっとこれからだ。
 根拠もなく、けれどきっと外れることのないだろう予感が、御柳の身を包んでいた。




END




あ、あれー? 最初の予定と違う話になっ(切断)
おもしろいギャグのかけるひとをわたしはそんけいします。
(滂沱の涙を流しつつ)

ときめけ青少年。
青春はこれからだ。
な感じの話をね。書きたかったのさ。

自分なり15巻補足話。
特殊メイクもできちゃう猿なら、本気女装くらいお手のものだよねっ★
というわけでゴシックパンク衣装入門編的な服装で。
でも埼玉でやったら目立つよ多分。