日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/09/05(日)
SS・ミスフル]ときめけ青少年!【中編】(芭猿…未満)


 退屈は、好きじゃない。
 落ち着くのは、まあ好きだけど。
 とか何とか、言ってみたりして。

 だからホラ、こういうことになってみたりとか、しちゃったりして?

 だけど仕方ない。
 目を外すのを恐れてるようじゃ、最初から賽なんて振れないから。
 例え、外して痛い目を見たとしても、それすら退屈を凌げるのなら、だなんて。

 若いから、ってことでさ一つ。
 許してくんないかな?







     
ときめけ青少年!







 手のひらに出来ている無数の肉刺を隠す為に、手のひらから手首にかけては包帯。
 更にその包帯を隠すように黒地に同じく黒のレース使いのアームウォーマー。
 長さは肘の手前ほどまで。
 一見すると黒一色に見えるが、よく見ると控えめな赤で蜘蛛の巣の柄があちこちにプリントされている。

 トップスはニット地のノースリーブだ。
 こちらも色は黒。右肩から胸元にかけて英字や十字架がプリントされたガーゼが無造作にいくつも縫いつけてある。
 元からそういうデザインなのか、それともリメイクでも施したのか袖部分は切りっぱなしのように布がガタガタになっている。
 ついでに言えば、左右で僅かに長さが違っていた。右の方が少しだけ、長い。

 その上には、やはりこれも黒の半袖シースルーシャツを重ね着してある。
 ノースリーブだけでは流石に体の線がバレるので、こちらはサイズが大きめだ。
 前開きのデザインのそれを、一番上のボタンだけ嵌めて。
 前から見るとシンプルなそれだが、背中側にプリントが施されている。
 柄は、骨だ。
 着用している人間のX線写真でも撮ったかのように、背中側にどん、と背骨から何から骨の柄が大きくプリントされている。

 ボトムスは灰色の、膝丈ジーンズ。
 灰色の中に埋もれるようにして、薔薇の花がプリントされている。
 サイド部分には銀色のジッパーが付いていた。

 足元、膝から足首を覆うのはレッグウォーマー。
 黒地のそれは、アームウォーマーと同じデザインのもので。
 違うのは赤いリボンが付いていることぐらいだろう。
 細いサテンのリボンは、膝の裏でかわいらしく結ばれている。

 長めの丈のレッグウォーマーに覆われて見えないが、靴は多少底が高め。
 レッグウォーマーの裾から覗く僅かな部分から察するに、革素材だろう。
 こちらも色は黒らしい。

 アクセサリー類はと言うと。
 首にシルバーらしいクロスのチョーカー。
 右手の薬指、人差し指と左手の中指にそれぞれ一つずつ、これまたシルバーの指輪がはめられている。
 右手薬指の物は至ってシンプルな、飾りの施されていないただのリングタイプ。
 人差し指の物は髑髏の顔になっている。
 最後、左手中指にはめられた指輪は太めで、表面に模様が刻まれていた。
 近くでじっくり見せてもらわなければ判別できないだろうが、模様は太陽と蛇だ。





 と、いうわけで。
 この格好だけで猿野天国だと一発で見抜ける奴はそうそういまい!
 とばかりに上から下までゴシックパンクなファッションに見を包んだ天国は、沢松により下された使命を実行する為に電車を乗り継ぎ渋谷を訪れたのだ。

 服が黒系なので、メイクも多少濃い目に。
 とは言っても明美の時のようなものではなく、あくまでナチュラルベースにだ。
 せっかく服装からは自分だと分からないようにしたのだから、メイク如きで見破られてたまるか、と最後の方は段々主旨が変わってきていたのだが。

 髪形もいつもとは違う。
 放っておくと好き勝手にあちこち跳ねる髪を、整髪料で撫でつけてある。
 それだけでも充分印象は変わるのだが、念の為に黒のベレー帽を合わせて更にイメージから遠ざけてみた。
 完璧、というよりも後半は楽しんでいた感バリバリな変装具合である。
 どちらかといえば女装、というよりもユニセックスめいた容貌になっていたが。

 まあ確かに、この格好を見て猿野天国だ、と気付ける輩はそうそう居ないだろう。
 よほどの審美眼と洞察力を兼ね備えていなければ。
 ……皮肉な事に、レギュラーメンバー、だけではなく最近の天国を取り巻く人間にはそんな輩がごろごろしているのだということを、天国は知らない。

 ついでに言えば、確かに今の格好は一見しただけでは天国だと分からない。
 それだけを見れば変装成功だと思えるだろう。
 駄菓子菓子…もとい、だがしかし。
 埼玉の片田舎でバリバリにゴシックパンクファッション、というのはそれだけで目立つのである。
 スター登場、と言わんばかりに他者の視線を集めまくってしまうのである。

 厚底靴の効果もあって長身美形に仕上がってしまった天国は、そりゃもう人目を引きまくっていた。
 どこかしらで詰めが甘いのは、天国らしいと言うか、何と言うか。
 知らぬが仏、とはよくぞ言ったものである。



「さて、と……あの辺でいっか」


 いつ訪れても渋谷は人が多い。
 人波が途切れる事などあるのだろうか、と思ってしまうほど。
 前から来る人とぶつからないように注意して歩きながら、天国は目的地…ハチ公前広場を見渡す。
 この場所を待ち合わせに使う人間は多いらしく、植え込みの回りに張り巡らされた手摺りには人がずらりと並んでいた。

 スーツ姿のサラリーマン、制服姿で携帯で話をしつつ笑っている少女、恋人でも待っているのかしきりに時間を確認しているスーツ姿の女性……
 大勢の人が、いる。
 その誰もが違う時間を、同じこの場所で共有している。
 皆、さも当たり前の事のような顔をしているけれど、よく考えてみれば不思議なことだ。

 沢松に連絡しとかなきゃな、と天国は手摺りの空いている部分を見つけすとんと座り込んだ。
 天国の格好に驚いたのか、先に座っていたOL風の女性が一瞬目を丸くした。
 それに天国は僅かににこりと笑んでみせたりなんぞして。
 格好はこんなですけど中身は人畜無害です、的な笑顔。
 携帯を取り出した天国は、女性の頬が微かに赤く染まったことには気付かなかった。


 文面はただ完結に「着いた」とだけ。
 そこに、駅に着いた時に携帯のカメラで写してきた、渋谷駅の表示を添付する。
 ちなみに山手線だ。ホームを降りてすぐ、目の前にあったそれを写してきたのだった。
 本当はハチ公を撮ろうと思っていたのだけれど、広場はきっと人が多いだろうと思ったから避けたのだ。
 いざ広場に足を踏み入れてみて、自分の判断が間違っていなかった事に安堵する。
 これだけの人がいる中でハチ公の写真を撮るだなんて、羞恥以外の何者でもない。

 送り終えて、待ったと思う暇もない早さで携帯が震えた。
 電車の中でマナーモードにしたまま、解除するのを面倒でしていない。
 どうせ帰りも乗るのだから、とそう思っての判断だった。
 ぶるぶると身を震わせる携帯を開き、メールをチェックする。
 思った通り、送信者は沢松だった。
 彼も天国同様携帯世代なので、返信は早い。


「健闘を祈る、ね……昼間言ってたのと変わんねーじゃん。芸のない奴め」


 返信は「芸風がワンパターン」とでもしてやろうか。
 そんなことを考えながら、何とはなしに顔を上げた天国だったのだが。


「あ」


 上げた視線の先、知ってる顔があった。
 知っている、というだけで知り合いではない。
 けれど、まさしく今日の昼間話題に上がっていた人物なだけに、天国の脳裏にはすんなり彼の名前が浮かび上がってきた。
 昼間の出来事がなければ、知ってる顔なんだけどどちら様でしたっけ、で済んだのだろうけれど。
 あれだけ叫び倒した人物の名を、今日の今日で忘れられるはずもない。


「御柳芭唐じゃん」

「あ?」


 雑踏の中、突然自分の名前を呟かれれば驚くのは当然だろう。
 例に洩れず、御柳もまた怪訝そうな顔で天国の方へと顔を向けた。
 瞬間、天国は自分の状況を思い出して慌てて口を塞ぐ。
 そうしたことで声に出してしまった言葉が元通りになるわけではないのに、何故人は失言をすると口を押さえるのだろう。

 あわあわと慌てながら、天国は半ば呆然とそんなことを考えていた。
 ついでに、このまま何事もなかったかのように通り過ぎてくれないかと。
 後者はどちらかと言えば希望、ではあったのだけれど。

 しかしながら脆く儚い希望など打ち破られるのが世の常である。
 もぐもぐと、ガムを噛んでいるのだろう口を動かしながら、御柳は迷いのない足取りで天国の前へと歩んできた。

 わあああああ、来んな来んな来んな来ないでくださいぃぃっ。
 内心で大絶叫してみるものの、効果などあるわけもない。
 ぴたりと、目の前で止まった御柳を天国は呆然と見上げているしかなかった。


「何か用?」

「い、いえ」

「俺の名前、言ったっしょ」

「ちょっと顔、知ってたんで」


 ぼそぼそと、おそらく御柳にとっては聴きにくいだろう音量で天国は答える。
 けれど相手もさるもので、おそらく雑踏での会話に慣れているのだろう、天国の言葉をちゃんと聞きとっていた。
 目線を落として、無視でも決め込んでしまえばいいのだろうと分かっているのだけれど。
 そうすることは、天国のプライドが許さなかった。
 何より、昼間読んだ記事のことを考えると、まさか見抜かれることなどないだろうと思ったのだ。

 それでも、心臓が早鐘を打ってしまうのは仕方ない。
 どきどきどき、と。
 手のひらにじわりと厭な汗が浮かんで、天国は無意識に拳を握っていた。
 浮かんだ汗が、肉刺隠しの為に巻いた包帯に染み込んで行くのが分かる。

 バレる筈はない、と思う反面、心のどこかが警告を発している。
 ここから離れた方がいい、と。
 天国は密かに、自身の危険探知センサーの精度にはかなりの自信があった。
 別名「勘」とでも称するべきそれだけれど。


「ねえ芭唐どうしたの〜? 知り合い?」

「んや…ちょっとな」


 その声は、天国の意識の外から割り込んできた。
 まったくもって気付かなかった。
 御柳の後ろに、ランクで言うなら特A++ぐらいの美女がいる。
 顔だけではなく、かなりのプロポーションだ。


 うっわ、羨ましい。


 思わず内心でそう呟いてしまう。
 すぐに虚しい、と思いはしたものの健全なる青少年男子たるもの仕方がないだろ、と自分で自分を慰めてみたりして。
 それがますます虚しさを増長させているのに、そこはかとなく哀しくなった。

 しかし悔しいながら、目の前の男は確かに整った顔立ちをしている。
 先日の試合の時はそんな観点で見ていなかったから気付かなかったが、犬飼もかくや、の美形である。
 犬飼を美形と見とめるのは甚だ不本意ではあるが、事実は事実として認めるしかないので、それは悔しいがこの際深く考えないことにする。
 少し周囲に気を向ければ、幾人かの視線が御柳に向けられているのが分かった。
 視線の元は、ほぼ女性だ。


 まあ、愛想はよさそうだしな。
 この顔ならもてるよな。
 っつか、美男美女カップルかよ……


 そこまで考えたところで、天国は急に今の自分の置かれている状況にいたたまれなさを感じた。
 片や美女とのデート中、片や理不尽な指令とやらで貴重な時間を潰しつつボケっとしてる、なんて。
 急激に、けれど抑えようもなく悔しさやら虚しさやらが湧き上がってきて、天国は立ち上がった。

 厚底靴のおかげで普段より身長が5cmほど増している天国に、御柳がデケエな、と呟いた。
 御柳の後方にいる美女も同じことを思ったのか、綺麗にカールした睫毛に彩られた目をぱちぱちと瞬いていた。
 しかしながら天国はそれに構うつもりもなく。


「それじゃ」


 まあ、結果的に呼びとめることになってしまったのは事実だし。
 一応謝っておこうかな、などと思いそんな言葉を投げて。
 天国はすたすたと歩き出した。

 丁度駅前の信号が青に変わる。
 信号待ちの人が道路に溢れ出す、その波に天国も乗った。
 歩きながらどこへ行こうか、と考えを巡らせる。
 何だかんだで、部活部活の毎日だったので渋谷に来るのも久々だった。

 ゲーセンにでも入ろうか、と考えたが。
 ふと通り過ぎた店の窓ガラスに映った自分の格好に、もっと相応しい場所を思いついた。


「ライヴでも行くか。当券ありゃ、だけど」


 ここから一番近いのはEastかWest、でなければ足を伸ばしてAXか。
 目的の決まった天国は颯爽と、けれど楽しげに歩き出した。







全然芭猿じゃなくてすいませ…
しかも無駄に長いし。
ってか趣味走ってます。重ね重ねすいません。

UPDATE/2004.09.14