日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/09/04(土)
SS・ミスフル]ときめけ青少年!【前編】(芭猿…未満)


「渋谷ハチ公前に2時間座ってくること。本気女装プラス、人待ち顔でな。以上」


 健闘を祈る、だなどと取ってつけたように付け加えられ。
 にやりと笑って下された、死刑宣告の如き言葉。
 このまま1発殴って気絶させてしまえば逃げられはしないかと、本気で考えてしまった。







     
ときめけ青少年!







「悪ぃ天国、これに誤字ねえかチェックしてくんねーか?」


 そう言った沢松に渡されたのは、数枚の紙だった。
 反射的に差し出されたものを受け取ってしまった天国だが、紙面に目を向けて怪訝そうに眉を寄せる。


「別にいいけどさ……何だこりゃ?」


 何かをプリントアウトしてきたものらしいそれには、ずらりと文字が並んでいた。

 時間は昼休み。
 生徒たちは昼食をとったり昼寝をしたりと、各々の休み時間の過ごし方を満喫している。
 かくいう天国と沢松もつい先ほど昼食を食べ終えたばかりだ。
 次の授業は移動でもない為、さてこれからどうしようかと考えていた所に沢松が天国に先ほどの紙を手渡してきたのである。


「次の校内特別新聞の記事だ。今日の放課後提出なんだよな〜」

「何お前、もう記事書かせてもらってんのか?」

「まっさか。ミーハーでありこそすれど記事に関しちゃ譲らないあの梅さんが、記者のノウハウを覚えたばっかの俺にそこまでやらせるワケねーだろ」

「……いやに説明的かつ褒めてるのか貶してるのか分からないな、お前の言い方」

「気にするな」


 気にするわ、と内心で呟きつつ天国は受け取った紙を読み始める。
 何やらインタビューのようだが。
 最初の数行を読んだところで、天国は顔を上げた。


「なあ沢松、これってよ…?」

「そ。こないだから始まった新コーナー」

「それが何で校内新聞に載るんだよ。大体これ、他校の奴とか答えてたんじゃなかったか?」

「だーから、言ったろ? 校内"特別"新聞だって。掲示板に張り出してるのとはまた別物なんだよ」

「……納得いかねぇ」

「野球部関連は話題にゃ事欠かねえからな。記事も多くて編集は苦労すんだよ」


 梅さんが半狂乱でよー、などと言いながらも沢松の表情はどこか楽しげだ。
 何だかんだ言っても報道部の仕事は楽しいのだろう。
 ……その分苦労も多いようなのは否めないけれど。

 わざわざフォントも変えてんのか、ご苦労なこって。
 昔っから細かい作業好きだったしな〜沢松の奴。
 何気に天職なんじゃねえか、こういうの。

 口には出さず、そんなことを思ったりして。
 沢松の苦労話に生返事をしつつ読み進めていた天国だが、記事も最後にさしかかろうとする所でふと、動きを止めた。


「どうした天国? 誤字発見か?」

「……っの野郎、ふざけたことぬかしてんじゃねえかよ」


 低くドスの効いた、怒りに染め上げられた声。
 天国の顔にはありありと憤怒の色が浮かび上がっている。
 それは沢松に向けられたものではなく。

 何事かと天国の視線の先を追った沢松は、納得したようにああ、と頷いた。
 天国が目にしていたのは、新コーナーの御柳の記事だったからである。


「百歩譲って"誰それ"はまぁ許そう。俺も日常生活を送るに当たってテメーのことなんざ頭にねえからな。実際今これ読むまで忘れてたしな。いやむしろ目の前にしていようがアウトオブ眼中だがな。駄菓子菓子……もといだがしかし! この脅威の成長率を誇るスーパースラッガーかつ全霊長類の頂点に立とうかという男猿野様を言うに事欠いて"ぜんぜんたいしたことない"たぁ一体全体どういう了見だゴルアァァァ!!」

「あ、天国落ち着け、長いぞセリフが」

「これが落ち着いていられるかー!! っつか"ぜんぜん"くらい漢字変換しろよ!!」

「改行の関係でその方がいんだよ」


 椅子を倒しつつ立ち上がった天国は、叫び…というより最早雄叫びを上げて手にしていた紙をばりぃっ、と破った。
 クラスメイトたちは既にこの騒動には慣れているのだろう、一瞬天国たちに目を向けはしたものの特別リアクションを取るわけでもない。
 沢松はと言えば、慌てる様子もなく椅子に座ったまま天国の動向を見ているだけだ。
 記事のデータはフロッピーに入れてあるし、何より。


「っつか……ノン、ブレス、で言った、から、きちぃ……」


 立ち上がったかと思った天国だが、次の瞬間がくりと膝をついてしまう。
 天国の肩は、全力疾走した直後のように大きく上下している。
 それを見ていた沢松はやっぱりな、とばかりに肩を竦めた。


「そーなると思ったっつの。ホレ、茶でも飲んで落ち着けー」

「お、おう」


 落ちが酸欠とは不覚、などと額を押さえながら天国は倒れた椅子を起こして座り直した。
 こくこくと、冷たいお茶で喉を潤す。
 飲み終えたペットボトルを机の上に置いて、人心地ついた天国はようやく誤字チェックを頼まれた紙を破いてしまった事実に気付いた。


「あ、てか勢いで破いちまった…悪ぃ」

「あー、まあいいさ。それなりの報復はさせてもらうしな」

「……ほーふく?」

「そ。報復。用紙代もインク代もプリンタ動かすのに使ってる電気代もタダじゃねぇしな〜。部室でもプリントアウトできっけど、多分梅さんに嫌味言われっだろうしな〜」


 言いがかりだ!
 お前はどこぞの当たり屋か!

 そう叫んでしまおうかと思ったが、面倒になって思わず黙り込んでしまった。
 少しだけ、沢松が何を言い出してくるのか興味があったせいもある。
 その選択が失敗だったことにも気付かずに。

 天国の性格を熟知している沢松ならではの、やり口。
 こう言って、興味を煽っておけば必ず食いつく、と。
 扱いやすそうに見えて案外扱いにくかったり、かと思えば驚くほど単純だったり。
 天国を意のままに操作するのは、その実案外難しいことだったりする。

 けれどそこはやはり保護者たる者の面目躍如か。
 口を噤んだ天国に、沢松はそれと知られないようにニヤリと笑った。




「渋谷ハチ公前に2時間座ってくること。本気女装プラス、人待ち顔でな。以上」




 ここで話は、冒頭の言葉に繋がるのである。

 言われた天国は、咄嗟に言葉を理解することが出来なかった。
 きょとん、と目を丸くして沢松の顔を凝視している。
 鼓膜を揺らした言葉を脳内で処理しなければならないのに、そのあまりの突飛さに脳が受け付けを拒否してしまったらしい。
 今のうちに畳みかけるか、とばかりに更に沢松は言葉を続けた。


「写メでいいから証拠写真撮ってこいよな。健闘を祈る」

「っ! てんめ…っ!」

「はーい授業始めるよー。猿野、拳での語らいは後にしな」


 天国にとってはバッドタイミング、沢松にとってはグッドタイミングで、教師が訪れた。
 いつのまにか予鈴がなっていたらしい。
 ちなみに次の教科は現国である。
 現国担当は姐御肌の女性教諭で、天国はどうにもこのタイプには逆らえない。
 まあ基本的に女性には逆らえない体質ではあるのだけれど。

 うぐ、と唸って立ち上がっていた天国はしぶしぶ着席した。
 その背後にずうううん、と重苦しい影が見て取れて、沢松はよしかかった、とこっそり拳を握ったのだった。

 おあつらえ向きに、今日の部活は監督が休みの為中止と来ている。
 だからこそこの計画を持ちかけたのだけれど。
 影を背負ったまま、天国はブツブツと何事かを呟いている。

 俺のイメージからかけ離れてて、だのウィッグは逆に目立つか、だの。
 何だかんだで女装計画を立てているらしい。
 ノリが命の性格なものだから、ここまで来たら目に物見せてやる気なのだ。




 ……類は友を呼ぶ。

 どちらにしろ、二人とも退屈嫌いな人種なことだけは、間違いないようである。





後編へ続く!



UPDATE/2004.09.07