日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2004/08/04(水) |
[SS・ミスフルパラレル]禁忌故に惹かれる想いならば、代わりに何を差し出してみせるか |
「鬼と人は相容れないんだよ、分かるだろ?」 静かな声音で言う天国の足元に、御柳は蹲っていた。 立っていられない。 足が震え、背中をイヤな汗がつたう。 見下ろす天国の目は、ただ冷たい色をしていた。 今までに見たことのない、何の感情も映さない目。 その髪と同じ、栗色だった筈の天国の目は、鮮やかな朱に変じていた。 それは多分、血の色と呼ぶのが相応しいような色。 美しすぎるが故に、おぞましさを感じる。 これが、鬼の目か。 何もかも全てを投げ出してしまいそうになる。 鳥肌が立つほどの、凄烈な引力。 「お前は帰れよ、芭唐」 言った天国の指が、御柳の背後を指し示す。 元来た道を戻れと。 人里へ帰れと。 眉一つ動かさずに、天国は言う。 見下ろす目は、けれど御柳を見てはいなかった。 天国の、その紅い目は。 御柳をすり抜け、もっとずっと遠くの何かに向けられていた。 天国の過去に何があったのか、御柳は知らない。 直接聞いたことはないけれど、天国は御柳が生まれる、そのずっと前から存在していたようだった。 気が遠くなるような時間を、どんな風にどんな想いで。 「帰るわけ、ねーっしょ」 「……死ぬだけなのに?」 「死なねーよ。言ったっしょ、俺はお前といることに決めたんだって」 天国の放つ鬼の気に気圧されながらも、御柳はにやりと笑って。 それでも口にした言葉は嘘でもはったりでもない。 決めたのだ。 他の誰でもない自分の意思で。 しなやかで優しくて、それ故に脆く傷つきやすい、この魂の傍にいたいと。 御柳の言葉に、天国の表情が変わる。 それまでずっと能面のように無表情だったのが、仮面を脱ぎ捨てるかのように。 ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえた。 唇の隙間から、尖った牙が覗いた。 現れたのは、怒りの表情だ。 けれどそこに在るのは純粋な怒りだけではない。 怒りと、哀しみと、困惑と。 様々な感情が入り混じった天国の瞳は、深い色をしていた。 「何も知らないくせに!」 悲鳴のような声で言った天国が、手を振り上げる。 そのまま殴られるかとも思ったが、天国の手は御柳に触れる直前でふっと力なく垂らされた。 迸るような怒りの感情とは裏腹の、何もかもを諦めたような、全てから遠ざかっているかのような仕草だった。 触れてくれればいいのに。 殴られてもいいから、触れてくれればいいと思う。 思い返せば、天国は出会った時からいっそ極端に感じるほどに接触を避けていた。 触れることを躊躇い、恐れるような顔で。 「残される苦痛も、終わらない時間の中で感じる孤独も、知らないからそんな傲慢なことが言えんだよ、お前は!」 「だから……何度も言ってるっしょ」 「な、にす…!」 鬼の目は、ただの人間である御柳にとってはそれだけで強い。 人外のものを避けようとする、それは人間としての本能だ。 けれど、御柳は。 その本能に逆らい、振り切り。 腕を伸ばして天国の胸元を掴むと、ぐいと自分の方へと引き寄せた。 首筋を汗が伝うのを感じながら、それでも笑って。 「苦痛も孤独も、俺が全部奪ってやる。永遠の代償に、俺は俺を差し出してやるってな」 それこそ傲慢と言うに相応しい御柳の言葉に、天国は。 数瞬間を置いてから、くしゃりと顔を歪めた。 その目は未だ紅いままだったけれど。 泣き出しそうなその目は、どこか子供のようで。 糸が切れたように座り込んだ天国を、御柳は躊躇うことなく抱きしめた。 END 猿野天国生誕記念2005! 第六夜はまたもパラレルでした。 何だこりゃ、と言われてしまうような鬼の天国と人間な芭唐。 UPDATE・2005/07/27(水) |