日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/07/16(金)
SS・ミスフルパラレル]天国の涯【ヘヴンズエンド】11


【見通す目】



「上手くやれそうか?」


 オーナーこと屑桐に問われたのは、夕飯を作っているその最中でだった。
 天国の涯【ヘヴンズエンド】では朝食と夕食がサービスとして出ることになっている。
 勿論それを摂るか否かは、本人の自由だ。
 先ほど出かけた犬飼のように、一言残しておけば後から食べたりもできる。

 天国は一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに屑桐の言葉が示すのが新住人の件なのだと気付く。
 一通りの動向を思い出してみて、天国は一つ頷いた。


「案外愛想はいいみたいだし。多分、大丈夫」

「そうか。ならいい」

「……わざわざ聞かなくても、分かってんでしょーに。ホントは」


 少しだけ面白がっているような、どこか呆れているような口調で天国はぽそりと呟いた。
 それが聞こえていない筈はないというのに、屑桐は答える様子もなく。
 天国は苦笑とも溜め息ともとれる息を洩らした。

 不思議なひとだ、今更ながらにそう思う。
 天国の涯【ヘヴンズエンド】に住むには、ただ鍵になる言葉を言っただけでは資格にはならないのだ。
 それに気付いたのは、ここでの生活にもすっかり慣れた頃だったのだけれど。

 運良く鍵を手に入れることが出来たとしても、屑桐に認められなければここで暮らすことはできない。
 その基準が何処にあるのか、それは天国には分からない。
 ただ単に趣味や気分で決めているのかもしれないし、もしかしたら確固とした判断基準が儲けられているのかもしれない。
 だがそれは、天国の与り知らぬことだった。

 それでも、不思議なことに屑桐の人選は確かなもので。
 何が確かか、と言われればただなんとなく、としか答えられないのだけれど。
 少なくとも天国にとっては、彼の選んだ人物は一緒にいて居心地が悪くなるようなタイプはいなかった。


 ……俺も、他の奴らにとってそうなんかな。


 サラダを混ぜながら、ふとそんなことを思った。
 自分にとって居心地がいいのなら、他の人間から見ての自分はどうなのだろう、と。
 嫌われたり憎まれたりはしていない、それぐらいは分かる。

 けれど、好かれているかどうか、と聞かれれば。
 正直なところ、分からなかった。



「なあオーナー。どうして人って嫌悪感には敏感なのに、好かれてるのには鈍感なのかな」

「自ずから嫌われたいと願うのは余程の偏屈者だろう。人は少なからず好かれたいと願っているものだ。だから嫌悪がよく見えるんじゃないか?」

「……オーナーも、好かれたいって思ってんの?」

「お前が俺をどう思ってるのか知らんが、俺も一応は人間なんだがな」


 茹で上がったパスタを皿に盛りつけながら、屑桐がふっと微苦笑した。
 天国は屑桐の返答に一瞬きょとんと目を瞬かせたが。
 数瞬の間を置いてから、楽しげに声を上げて笑った。


「ゴメンナサイ、別に俺オーナーを人外だとか宇宙人だとか思ってるワケじゃないからさ」

「そう思われてるようならとっくに追い出してる」

「こっわ。どこまで分かってんの?」

「……さあな。ヘヴン、ここはいいからそろそろ上の連中を呼んでこい」

「分かった。あ、ヘルは帰ってきてから食べるって」

「ああ、本人から聞いている」


 階段を上がりながら、結局話を上手くはぐらかされたことに気付く。
 やはりいつまで経っても、屑桐には敵いそうにないと改めて実感させられた。



「俺は少なくとも嫌いじゃないって、言えばよかったかな……」









ちょっと明るい感じで。
屑桐さんてばすっかりお母ですけど(笑)