日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/07/11(日)
SS・ミスフルパラレル]終わる世界に祝福の花束を【後編】(犬猿/パロ、悲恋)


 終わらないものがないなんて。

 ちゃんと、知ってた。

 どれだけ幸せで、大切で、手放し難いものでも。
 いつか終わるんだと、そんなの知ってた。
 だから、その時の自分の持てる全部で、精一杯で。
 大切なものは、大切に抱えてやんなきゃならないって。

 終わること。
 それは、いつだって怖い。
 その痛みは酷く心を乱し、傷つけ、時には二度と立ちあがることもできないような気分にだってなる。
 それでも、終わる痛みを恐れて大切なものが一つもないなんて、淋しいと思ったから。

 だから。

 俺は、選んだ。


 あの手を、握ることを。






   終わる世界に祝福の花束を【後編】






 事故だった。

 信号待ちをしている所に、運転を誤ったトラックが突っ込んだのだ。
 車は見るも無残な有様だったが、犬飼本人には外傷はほとんどなかった。
 大破した、という表現がぴったりな車とは裏腹に、腕も脚もきっちり付いたままで。

 全身打撲による内臓破裂と脳内出血がどうとか説明をされた。
 耳には入っていたのだけれど頭にまで届いてはいなかったので、天国は未だに犬飼の死因をよく分かっていなかったりする。
 霊安室の空気の冷たさに震えたのと(死体置き場なのだから当たり前だろうと犬飼本人に先ほど言われたばかりだ)、横たわる犬飼があまりにいつもと変わらないので今にも起き出してくるんじゃないかと疑ったことは、何故かハッキリと覚えている。



「ぃ…冥」


 声の端が掠れた。
 呼び慣れない名前は、やはりまだ少し途惑いがある。
 ついでに言えば、言い間違えそうになることも多数。

 名前で呼びたい、そんなことを言い出したのは意外にも犬飼の方だった。
 呼べるうちに呼んでおきたい、その言葉を天国が断るはずもなく。
 頷けば、犬飼は嬉しそうに笑った。

 やれることは、やっておきたかった。


 期限付きの逢瀬。
 それはきっと、もう二度とは巡らない。
 だから、二人でやれることを、やっておきたかった。
 それがどれだけ些細でくだらないことでも。



 触れれば暖かい。
 心臓も動いてる。
 指先を切りつければ、きっと血だって流れる。

 それなのに、犬飼冥は死んでいる。
 そう、世間的には死んだ、ことになっている。
 何の因果か、手違いがあったのか。
 それとも天国持ち前の奇跡とやらが起こったのか。

 生きている時と寸分違わぬ様子で犬飼が天国の元へ帰ってきたのは、今から2週間前のことだった。
 眠る天国の枕元に、長い旅路からひょっこり戻ってきたかのような顔で。
 別れる前と何一つ変わらない様子で。
 犬飼は、立っていた。

 それに、驚くよりも何よりも「遅い」と詰った。

 ただただ、会いたくて堪らなかったから。
 淋しかったから。


「何だ天国、どうかしたか?」

「……呼んだだけー」

「付き合いたてのカップルじゃあるまいし、くだらねーことしてんな」


 苦笑しながら、犬飼は天国の額を小突く。
 長い指。
 触れられるのが心地いい。
 思わず目を伏せれば、ふわりと髪を撫でられた。

 タイムリミットは、今夜だという。
 天国の元に帰ってきた犬飼は、自分でも何故分かるのか分からない、と首を捻りながらそれを告げたのだった。

 一度死んだ人間が、またいなくなるというのは。
 一体どういうことだろう。
 どうなるのだろう。

 考えても分からないから、考えないことにしていたけれど。
 今夜に迫ったそれを意識せずにいるのは、どうにもムリな話だった。
 名前を呼んでも、触れられても、抱きしめても。
 この腕がもうすぐ消えてしまうのだ、と。
 それを、考えずにいられない。


 逝かないで、ほしい。
 いっそ、連れていってほしい。


 喉まで出かかった言葉を必死で飲み込む。
 言ったところで、犬飼が困るだろうことは容易に想像が付いたから。
 感情が、胸の内を嵐のように逆巻いている。
 いくつもの感情が折り重なり、渦を巻いて。
 苦しい、と。
 切ない、と。
 新聞を見ながらコーヒー牛乳を読む犬飼を見やりながら、天国はそんなことを考えて。シャツの胸元を、ぎゅっと強く握った。







 強い天国の視線を、ずっと感じている。
 苦しいほどの感情に、葛藤しているのだろう。
 けれどそれは、犬飼もまた同じだった。

 何故帰ってきたのか。
 また、置いて逝かねばならないのか。
 中途半端な逢瀬など、残酷なだけだと思うのに。

 会いたいと、また同じ時間を過ごしたいと、そう思ったのは事実。
 その願いが叶ったこと、それが嬉しくないと考えれば嘘になる。
 けれど、あまりに唐突で一方的に作用した奇跡に、途惑いを覚えるのも本当で。


「天国、俺な……」

「うん?」

「や、何でもねえ」

「言いかけてやめんなよ! むっちゃ気になるし」

「……何でもねえんだ、俺も呼びたくなっただけかもしんねー」

「いやぁん、冥きゅんてば純情パイン★ なんだから」

「とりあえず、逝ってください」


 相変わらず、明美への早変わりは見事だと感心するしかない。
 犬飼が冷たく言い放てば、ノリが悪いだのとブツブツ言いながら変身を解いたが。
 天国が突然黙り込んだのは、その直後のことだ。
 不自然な沈黙に、犬飼は怪訝そうに眉を寄せる。

 俯き加減の天国の顔は、前髪で遮られよく見えない。
 感情をまっすぐに表す瞳が隠されているからか、犬飼は今の天国が何を思っているのかがよく分からなかった。
 雰囲気からして、それが楽しいことや面白いことではないことだけは感じ取れたけれど。


「天国…?」

「それで、お前と一緒にいられんなら」


 それでもいいよ。

 消え入りそうな声だったのに、それはしっかり犬飼の耳に届いた。
 未だに天国は俯いたままだ。
 呟かれた言葉には、深く静かな哀しみが宿っていて。
 自分がこれから天国を置いていくのだと、それをハッキリと自覚させられた。

 置いていくこと。
 置いていかれること。

 どちらが辛いのかと問われれば、それには答えられない。
 多分どちらもが同じだけ苦しいから。
 だから、安易な慰めもできない。
 自分が天国の哀しみを感じるように、天国もまた自分の哀しみを受けとめているのだろうから。


「なあ、聞いてもいいか?」

「何をだよ」


 手にしていた新聞を畳んで、コーヒー牛乳のパックをテーブルに置いて。
 犬飼は、天国に向き直った。
 その声音に真剣なものを感じ取ったのだろう、天国は俯いていた顔を上げて居ずまいを正した。
 犬飼はそんな天国の頬を左手でそっと撫でた。

 帰ってきてからの犬飼は、ちょっとしたことでも天国に触れた。
 己の熱を刻むように。
 天国の熱を忘れずに覚えていようとするかのように。


「俺が、死んでから。何を考えてた?」

「……お前、それを傷心の恋人に聞くか? フツー」

「知りてーんだ。俺はまた、お前を残していくから」


 犬飼の声音に、逃げを打つことはできないと悟ったのだろう。
 天国は一瞬だけ、目を伏せて。
 淋しげな笑顔を見せると、自分の頬に触れる犬飼の手に、そっと手を重ねた。
 愛おしそうに、切なげに。


「最初は、さ。何が起こったのか、分からなかった」

「俺も、自分が死んだって自覚もしなかったしな」

「お前即死だったってよ? 辰羅川、泣いてた。でも、俺にしっかりしろってさ。やっぱ大将はしっかりしてるわ」

「辰は自分の感情を客観的に見られるからな…昔からそうだった」


 だからこそ、自分のような人間のストッパーになれたのだろう。
 今更ながらに思う。
 実年齢よりも大人びた考え方をする辰羅川の言葉は、時に鬱陶しいと感じたこともあったのだけれど。
 彼のような人間だから、自分のような人間でもはみ出すことなく野球を続けられた。
 過大評価ではなく、それには感謝をしてもし足りないと思っていた。


「そんで?」

「俺、知ってたんだ」

「何をだ?」

「終わらないものなんてないってことだよ」

「……ああ」


 苦いものを、飲まされたような気分だった。

 自分が考えていたことと同じことを、天国が考えていたと知ったから。
 あんなに近くに居たのに。
 同じ時間を、出来るだけ一緒の時間を過ごしていたのに。
 知らないことが、まだあったのかと。

 幸せそうに笑うその奥で、迫る冷たい終わりの予感に、天国も耐えていたのだと。
 それに微塵も気付かなかったことが、苦しかった。

 そんな犬飼の心境がそれとなく伝わったのだろう。
 天国は軽く首を振る。


「俺が、臆病だっただけだ。お前は悪くない」

「俺も、知ってた。終わりが来ること」

「……そっか」


 告げた言葉に、天国は軽く目を見開き。
 それから、穏やかに笑った。
 そこには、苦しみも後悔も、なかった。

 犬飼が天国を凄いと思うのは、真実を知っても受けとめられることだった。
 もたらされた真実が、自分にとって痛いものでも、暗いものでも。
 天国は、在るものを在るがまま、まっすぐに見据えて受けいれる。
 諦めでも許容でもない。

 世界が存在していることを当たり前のように受けとめる、そんな風にして。

 事実をありのままに認めること。
 感情に流されず、ただ受け容れること。
 それがどれだけ難しいことか、犬飼は少なからず知っていたから。
 だからこそ、天国の姿勢には一種の尊敬の念をも抱いていた。


「だけど。だけどさ、俺」

「天国?」

「知ってたのに、終わらないものなんてないって。ちゃんと、知ってたのに。お前の手に二度と触れられないって知った時に、思っちまった」

「……何を」


 重ねられた手が、震えている。
 天国の瞳に、涙が膜を張っている。
 寄せられた眉と、真一文字に結ばれた唇。
 泣き出す寸前の、表情だった。

 それでも、天国の言葉が聞きたくて。
 犬飼は、言葉の続きを促すように天国に向かって一つ頷いてみせた。



「世界が、終わるんじゃないかって」



 神様。

 居るのか居ないのか分からないそれに、祈ったことなんてないけれど。
 天国の言葉を聞いた時、初めて思った。
 二度目の別れがどれだけ辛くても。
 手を離すことの痛みに心が悲鳴を上げても。

 もう一度、出会えて良かったと。
 気持ちを聞けて、良かったと。

 偽ることのない言葉を聞けたから、自分も天国に言葉を残せる。
 存在を、残せる。
 ただ無意味に生きることよりも、誰かの心に存在を刻んで果てることの方が。
 10年の年月よりも、きっと重い。

 それが、ただのエゴでしかないとしても。
 確かにその時、犬飼はそう思った。







 終わると思った。

 口にして、初めて気付いた。
 犬飼を失って、自分は世界が終わると感じていたのだと。

 いっそ、一度眠って目を覚ました時に世界が終わっていればいいと。
 そんなことさえ、願っていたことに。


 勿論、目を覚ましても世界は終わってなどいなくて。
 何事もないように廻る世界を憎み、当たり前のように生き続ける自分に少なからず絶望したのだ。
 頬を、涙が伝っていくのが分かった。
 今更拭う気にもなれずに、ぼんやりと犬飼を見つめる。

 そこにあったのは、意外な表情だった。


「いぬかい……?」


 名前で呼ぶ、それさえ思わず忘れてしまっていた。
 そのことにさえ、気付けなかった。

 犬飼が、柔らかく微笑んでいたから。
 嬉しそうに、ひどく優しげに笑っていたから。

 何故、笑うのだろう。
 そう思って、天国は首を傾げた。
 犬飼は頬に触れていた手で、その指先で天国の涙を拭う。
 暖かな指は、天国の心にまで触れたような気がした。


「泣きザル。バカだなお前、世界がそんなことで終わるもんかよ」

「な…っ」


 何を言うんだ。
 大体それが目の前で涙を流す恋人に向けて言う言葉か。

 言おうと思ったのだけれど、声に出す前に犬飼が天国の口を塞いだ。
 さりげない仕草で、しかしながら天国を沈黙させるには効果覿面のキス。
 条件反射状態で黙り込んだ天国に、犬飼はどこか満足げで。


「終わんねーよ。俺一人がいなくたって、世界は終わったり変わったりもしねー」

「おま、人がどんな想いで」

「最後まで聞け。終わんねーもんなんてねーよ、お前がさっき言ったみたいにな。でも、分かってんだろ? 終わっても変わっても、そこに在った事実だけは変わらねーんだって」

「けど! そんでも、お前はいなくなるじゃねーか! 俺を置いてくじゃねーか! それだって変わらない!!」

「お前がそれを言うなよ!!」


 悲鳴のような声で犬飼が怒鳴った。
 聞いたこともないような声だった。
 それに、思わず天国は身を震わせる。

 目の前にある犬飼の顔が、泣きそうに歪んでいた。
 苦しそうに、悔しそうに。

 それを見て、天国は自分が感情に任せて口走ったのがどんな言葉だったのかを悟る。
 言ってはいけないことだった。
 口にしてはいけないことだった。
 例えそれが事実でも。

 言った方も聞いた方も傷付く言葉なんて、紡いではいけなかったのに。


「……悪い」

「謝んなよ……避けて通れないことなら、向き合った方がいいんだ」

「とりあえず、怒鳴っちまったからな」

「いつものことじゃん。いつも通りってさ、その方がきっと大事だったりすんだよ」

「ああ、そうだな」


 くしゃりと髪を撫でられ、天国はずるずると目の前の犬飼にもたれかかった。
 犬飼の腕が天国の頭を自分の肩に乗せるようにして抱く。
 されるがままにその肩に頬を預けて、天国は目を閉じた。
 泣いてしまったせいで、目の奥が痛い。


「猿。世界は終わんねーぞ。覚えとけ、終わんねー。俺がいなくなってもだ」

「……知ってるよ」

「いーや、分かってねぇ。今だって目が溶けそうなぐらいに泣いてるくせに」

「勝手に出てくんだから仕方ねぇだろ」

「なあ、猿。俺な、ドラマとかで死んでいく奴が生きてる奴に笑えって言うのは嘘だろって思ってた。残酷だって思ってた」


 ああ、この犬は人様が哀しみに暮れているってーのにまたワケの分からない事を言い出しやがったよ。

 思いはするが、声には出さずに。
 それは多分、髪を梳く犬飼の手があまりに心地良かったからだ。
 そういうことに、無理矢理することにした。
 溢れる涙の所為で声が出なかったわけでは、決してない。

 言葉を返さない天国をどう思ったのか、犬飼の肩が微かに揺れる。
 おそらくは苦笑でもしたのだろう。
 顔を見なくてもそれが分かる自分が、少し健気だなと思った。


「けどな、今ならそう言うのが分かる気がすんだ。相手が、お前だから」

「……意味分かんねーぞ、犬」

「俺はお前の笑ってる顔が好きだ。今だから言うけどな」

「ていうか、何でお前そんなに饒舌になってんだよ……」

「言わなきゃ、お前が知らないままだと思ったからだ。なあ猿、俺が消えても世界は終わらない。だから、笑え。いつもみてーに」


 そこまで言われて、何となく分かった気がした。
 死は、きっと恐れるものではなく。
 勿論残念に思うことではあるのだろう。遣り残したことがあったり、想いを寄せる人間がいる場合は。

 それでも、終わらないものがないように、死なない人間もいない。
 生きることと死ぬことは、正反対に思えるけれどきっと密接に繋がっていて。
 死を迎える人間は、きっとそれを穏やかな心地で迎えられるのだろう。
 目の前に現れたドアを開けるような、そんな風な気持ちで。

 その感覚は、生きている人間、死がまだ遠い人間には分からないのだろう。


 笑え、と。

 いつものように笑っていろ、と。
 そう言われた。
 頼まれた。
 正確には命令口調だったけれど、犬如きに命令されるほど落ちぶれちゃいないので、頼まれたということにする。

 不安なのも哀しいのも、どちらも同じだけ心を支配していて。
 けれど、それ以上に想い合った事実は変わらない。
 そう、忘れていた。
 終わらないものはない。
 それでも、感じた想いも起こった出来事も、嘘にはならない。

 いつか、それが、過去になっても。


「しょーがねーから、笑ってやるよ。お前が好きだから。笑って、送ってやる」

「……俺の勝ちだな」

「は?」

「俺は、お前を愛してっから」


 耳元で告げられた言葉は、あまりに優しく心を叩いた。
 柔らかく爪をたてられたようで。
 天国は、犬飼の声が震えているのを気付かないフリをすることにした。

 答える代わりに背中に回した腕に力を込めて。
 零れそうになる涙を止めるために、犬飼の肩に強く額を押しつけた。





 貴方の世界が終わる時には、最高の祝福をしてあげるから。

 だからだから、安心して。





END










思わぬ長さに。
流石に疲労困憊いたしましたが。
何のパロかお分かりいただけましたでしょうか?
はい、邦画「黄泉がえり」です。

実は当初の予定ではWeb拍手お礼の話でした。
が、ちょっと長くなってしまったので日記に書き出したらえらいことに(笑)
前後編にまで発展してしまいました。
どれだけ計画も立てずに書いているかバレましたな…


以前ちこっと迷っていた日記SSを更新履歴に載せるか否か。
結局載せることにしました。
自作するようになったもんで文字数制限がなくなったんですよ。
そうしたら今回みたいなんも書けるようになったんだな、と気付きまして。
だったら一つのコンテンツ扱いさせていただいてもいいかな、と。

そんなこんなで犬猿でした。
悲恋嫌いな方ゴメンナサイ。



あ、そうそう。
今日ははっぴ〜ばーすでーとぅ〜み〜♪なのですた。
それで書くのがこの話ってどうよ、自分(笑)
相変わらず欲望の赴くまま生きてるなぁ。
今更改善する気もありゃしませんが。

雅風に言うのなら、Happy birthday to me,,,FUCK!!ってとこ?(笑/雅っつ〜よりJか?)
世の中斜めに笑いながら見上げつつ見下ろして。舌出し中指おっ立てて。
ロケンローに生きたい。
そんな仕草が似合う彼奴らが凄いと思う。

ちうかもう年取りたくない(笑)