日々徒然ときどきSS、のち散文 |
2004/07/10(土) |
[SS・ミスフルパラレル]終わる世界に祝福の花束を【前編】(犬猿/パロ、悲恋) |
考えたくはないけど、終わりは来る。 それはいつか訪れる、必然。 何事にも、どんな関係にも、想いにも。 分かっていても、理解していても、覚悟していても。 それでも。 俺は、終わりたくなんてなかった。 終わってしまいたくなんて、なかった。 終わる世界に祝福の花束を【前編】 セミダブルのベッドは、二人寝には向かない。 まして、図体のデカイ男が二人並んで寝るには全く持って不向きだ。 実際、最初の頃は片方が落ちてしまうことだって珍しくなくて。 苦心の末に編み出した打開策は、二人がベッドの真ん中に寄り添い合うようにして眠ること、だった。 寄り添って、抱き合って眠ること。 第三者が知れば砂を吐くか苦笑するしかないような。 それでも、人間どんな状況下でも慣れてしまうことができるもので。 文句を言って、照れて、それでも二人寝に慣れて行って。 抱き合いながら眠る毎夜。 天国が人間の適応力って怖ぇの…と呟いたのに、返ってきたのは微笑だった。 一人なら充分過ぎる広さだろうベッドに、窮屈だと分かっていながらそれでも二人寝をすることを選んだ。 捨てられた猫がぬくもりを求めて寄り添い合うように。 孤独な子供が傷を癒し合うように。 そこには多分、いつか終わりを告げるだろうこの関係を少しでも肌で感じていたいという想いが少なからず含まれていて。 けれど、それでも。 心の何処かを苛む終わりの予感を感じながら、それでも。 誰かに触れながら、その体温を感じながら眠るのは想像以上に心地良かった。 終わりの予感を感じさせないほどに、暖かかった。 だから。 「こんなに、広かったっけかな……」 一人ベッドに寝転がりながら、呆然とそんな言葉を呟いた。 広い、なんて。 そんなはず、ないのに。 むしろ、一人で寝て丁度いいほどの広さなのに。 触れていた、抱き締めていたぬくもりがないだけで、痛いほどの孤独が胸を刺した。 広がる白いシーツが目に痛くて、たまらずに瞼を伏せた。 目の奥がつんと痛むのは、その白が目に痛かった所為だ。 だから、涙が出るのは仕方ない。 自身に、言い訳のようにそう言い聞かせ。 伏せた瞳の端から、零れた涙がシーツにじわりと広がった。 泣いてない。 泣きたいわけじゃない。 だから、これは泣いてるわけじゃない。 抱き締める背中がないのは、ひどく虚しくて、寒くて、淋しくて。 子供のように丸くなって、自分で自分の腕を抱きしめるようにして眠った。 けれど、一人寝の淋しさよりも何よりも。 狭いベッドで抱き合いながら眠ること、それに慣れた時のように。 いつかは、一人で眠ることに慣れてしまうだろう自分がいること、それが何よりも怖くて、許せなかった。 「ちくしょう……」 名前が、呼べない。 呼んでも、声が返ってこないから。 だから、呼べない。 それがますます、淋しさを増長させた。 一人で眠るベッドはただ冷たくて、どこかへ逃げ出してしまいたくなった。 けれど、行く宛てなどないから、ただ淋しい心を抱えるしか術がなく。 終わらないものなんてない。 分かっていたのに。 分かっていた、そのはずだったのに。 突然に断ち切られた痛みは、どうしようもなく心を苛んだ。 見慣れた、部屋に居た。 ふと気付いた場所は、見慣れた部屋だった。 落ち着ける場所、空間。 そこは、犬飼の住む部屋だった。 ベッドの脇にあるローテーブル。 その上に置かれた洒落たデザインのスタンドが、淡い光で部屋を照らしていた。 オレンジ色の優しい光が、ベッドに眠る人影を包み込んでいる。 セミダブルのベッド、その真ん中で。 縮こまるようにして寝息を立てていた。 その姿がひどく小さく見えて。 ただ抱きしめたいと、そう思った。 「猿」 何故だろう。 名前を呼ぶのが、ひどく久し振りなような。 ただ名前を呼んだだけなのに、泣きたいような心地になるような。 犬飼はベッドに膝をつくと、眠る天国の肩にそっと手を置いた。 そのまま起こすつもりだったのだけれど、身じろいだ天国の頬に涙の跡が見えて。 それに、思わず眉を寄せる。 お世辞にも涙腺が強いとは言えない天国が涙を流すのは、そうそう珍しいことではないのだけれど。 それでも、眠りながらまで泣くのは、珍しいことだった。 無意識下まで残る、その涙はただただ哀しい色をしていて。 なんでお前、一人で寝てんだ。 なんで、一人で泣いてんだ。 自分は一体どうしたのだろう、とか。 何故突然部屋の真ん中に立っていたのだろう、とか。 冷静に考えれば不可思議なことは多かったのに、それよりも何よりも先ず天国のことが気にかかった。 頬を伝う涙を指先で拭う。 その感触に起こされたのか、天国がゆるゆると瞳を開けた。 泣き濡れた瞳が、起き抜けでぼんやりとした色を湛えながら犬飼を見上げてくる。 「いぬ…?」 吐息のような声音で、天国が犬飼を呼ぶ。 零れそうな目を覗き込んだ途端、声が出なくなった。 言いたいことがあったはずなのに。 問いたいこともあったはずなのに。 言葉は、すっかり頭の中から抜け落ちていた。 触れたい。 抱きしめたい。 湧きあがるのは、そんな想い。 指先で天国の頬に触れながら、どうしようかと考えていると。 天国はもぞもぞと身体を起こし、ベッドの上に座り込んだ。 膝立ちの犬飼は、自然天国に見上げられる形になる。 向けられる目はただまっすぐで。 この目だけは、変わらない。 出会った日から、ずっと、ずっと。 「犬……だよな?」 囁くような声で問いながら、天国はそっと手を伸ばしてくる。 目の前に在るその存在を確かめるかのようにゆっくりと、頬に、額に、髪に指先でなぞるように触れた。 犬飼はされるがままに受けいれ、ただ天国を凝視している。 俺が犬飼冥でないなら、誰だってんだ。 そう言いたいのを抑え、ただ天国のしたいようにさせていた。 言葉が、出てこなかったから。 例え出てきたとして、口下手な自分はロクでもないことしか言えないのだろうから。 それならいっそ黙っていた方がいいと、そう判断して。 黙っていても、天国なら分かってくれるだろうと思った。 自分よりも少しだけ体温の高い指が、ふわふわと触れていく。 触れる指が、天国の存在を確固たるものとして犬飼に伝える。 逆もまた然り。 触れる頬が、唇が、髪が、犬飼の存在を天国に伝える。 単純なそれが、どうしようもなく心を満たしていく。 想いを伝えるのが、言葉だけじゃないと。 それをまざまざと思い知る。 「犬……ッ」 呆然とした様子で犬飼に触れていた天国が。 唐突に、くしゃりと顔を歪ませた。 泣きそうな、けれど笑いたいような、様々な感情が入り混じった表情だった。 ぶつかるような勢いで、天国は犬飼に抱き着く。 唐突なそれに多少よろめきはしたものの、天国の体重を支えることに慣れた犬飼が倒れるはずもなく。 子供のようにしがみつく天国の髪をそっと撫でれば、回された腕にぎゅうっと力が込められた。 「やっと、帰ってきた」 「……悪かった」 「バカ犬。無駄にコゲやがって」 「……さる」 「遅ぇよ、ちくしょう。ちくしょう、何だよ…」 「泣くな、猿」 「泣いてねぇっ!」 震える腕も、肩も、声も。 どれもが泣いていることを示す材料なのに。 それでも首を振る天国が、ただ愛しかった。 包むようにしてその背を抱き返せば、一瞬びくりと震えて。 けれどすぐに弛緩した身体が、犬飼の胸にもたれかかってくる。 ゆっくりとその背をさすってやれば、天国は隠すことなくしゃくりあげ始めた。 抱きしめた背中は、以前と寸分違わぬ暖かさだった。 犬飼の胸元に顔を埋める天国には、きっと鼓動が聞こえているのだろうと思う。 伝う涙がシャツの胸元を暖かく濡らしていく。 薄暗い、オレンジのスタンドの光しかない部屋。 そこに、天国の泣き声だけが響く。 慰めの言葉など知らない、持たない犬飼はただ黙って天国の背を撫で擦り続けた。 下手な言葉よりも、その方がきっと伝わるだろうと。何の根拠もなく考えてそうしていた。 「…っ、ぬ、かい…っ」 「ああ」 「バカいぬ…っ……」 「ここにいる」 「ふ、ぅ……」 すっかり夜の帳が降りた今は、外の音も聞こえて来ない。 静寂に包まれた世界。 音のない世界の中で、天国の声だけが確かに耳を穿つ生きた音で。 あまりに静かだからか、この部屋だけが世界から切り離されてしまったかのようにも思えてしまう。 外の世界から放り出され、音のない場所をゆっくり漂っているのではないかと。 そんなことないなんて、頭では分かっていても。 いっそのこと、そうなってしまえばいい。 そう、願わずにいられなかった。 「…っ、会い、たかった」 「俺もだ」 「触りたかった」 「俺もだ」 「……淋し、かった」 「……っ」 言葉が出てこなくなって、犬飼はただ頷くことしかできなかった。 切ない。 愛しい。 天国の髪に頬を埋めて、犬飼はひっそりと涙を流した。 抱きしめた背中は以前よりも痩せていて。 そんなことが、ただ無性に悲しかった。 Continue・・・ ちょこっと未来の話。 二十歳ぐらいのイメージで。 |