日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/06/10(木)
SS・ミスフルパラレル]HBM!シャイツ、御柳の事情。


 がんがん、と。
 ドアを叩く音に、天国は顔を上げた。


「はいー?」

「お、天国かっ? シャイツの御柳芭唐くんでーす。ここ開けて開けて」

「芭唐? またえらく早いお越しだな……」


 呟きながら時計を見上げる。
 午後1時になろうかという所。
 やはり、約束の時間よりも随分と早い。
 首を傾げながら、それでも客人を放っておくわけにも行かず。
 天国は立ち上がるとドアを開けた。


「なあ、打ち合わせって」


 3時からじゃなかったっけ。
 そう続くはずだった天国の言葉は最後まで発することを許されないまま終わってしまった。
 ドアを開けて中に入り込んできた御柳が、がばっと天国に抱きついてきたのである。

 天国よりか年下だけれど、天国よりか背の高い御柳。
 そのデカイ図体に、それはもう遠慮なく手加減なく懐いて来られて、天国の悲鳴は音になることすらなかった。
 何故なら天国の顔面は御柳のシャツの胸元に押しつけられる格好になっていたから。


「おー、マジで天国だ! 何だよツイてないかと思ったけど全然ラッキーじゃん。いややっぱこれって俺の運の良さの賜物っしょ!」

「い、息ができんだろーがー!」

「ありゃ。ワリーワリー。天国に会えたのが嬉しくってさー」


 何とかかんとか窒息する前に顔を上げることが出来た天国は、肩を上下させて空気をしっかり吸い込んだ。
 あーもう死ぬかと思った、とぶちぶち言いつつも、天国は御柳を中に招き入れた。
 御柳はそんな天国の肩を叩きつつ、あはははと笑っている。
 御柳のそういう態度はいつものことだったので、天国は最早リアクションを起こす気にもならずに。


「まあ座れば? 何か飲むか?」

「スポーツドリンク系あったら、それでー」

「アクエリならあるけど」

「ごちになりまっす!」


 何のキャラなんだよ、と笑いながら天国は冷蔵庫からペットボトルを出した。
 既に勝手知ったる御柳は棚から紙コップを取り出している。
 紙コップにアクエリアスを注ぎつつ、天国は最初に問おうとしていた疑問を再び口にした。


「つーか打ち合わせって3時からだろ? こんなに早くどしたんだ?」


 天国の言葉に、御柳がひくりと顔を引き攣らせた。
 無表情ではないのだけれど、常にシニカルに笑っている御柳にしては珍しいそれに、何かおかしなこと言ったっけか、と首を傾げた。
 御柳は眉を寄せたまま、注いでもらったアクエリアスをくーっと飲み干すと、たん、と音を立てて机に置いた。

 いやあの、何ですかその酒を飲む中間管理職みたいな仕草は。
 芭唐くん、君一応バンドマンなんだよ?
 しかも花形っつーか顔っつーかのヴォーカルなわけだよ?
 少なからずファンとかもいるの、俺知ってるんだけど、なあ……

 ファンのコが見たら驚くというかショックを受けるというかなんだろうなあ、と思いながらも敢えてそれを口に出すことはない。
 御柳は天国の年下ながらも、その威圧感と性質の悪さは一級品だからだ。
 今まで何度、口八丁手八丁でやり込められてきたことか。

 勿論のことながら、少なからず天国に好意を寄せている御柳は天国に対しての愛想は気持ち悪いほどに(知り合い他、談)良いのだが。いっそ清々しいほどに鈍い天国は御柳が寄せるそんな感情にこれっぽっちも気付いていない。
 御柳がそれぐらいでめげるワケもないのだけれど。


「今日の連絡あったの、さっきなんだよ……」

「マジ? だって時間変更って、5日前には聞いてたぜ俺」

「イジメだ……イジメなんだよ……俺おんなじ学校行ってんのにっ!! やだやだイジメカッコ悪いっ!」

「お、おいおいおいおい。落ち着けよ」


 こんなテンションの御柳を見るのは初めてだ。
 両の拳をぎゅぐーっと握り締めて声高に叫んだ御柳に、天国は笑いを堪えながらひらひらと手を振った。
 御柳のハイテンションに驚きつつも、高校生らしい姿が微笑ましく見えて仕方ない。
 天国の制止に、けれど御柳は更に言葉を続けた。
 やはり異常なテンションのままで。


「ぜってー先輩たち分かってやってたに決まってっしょっ! 受験だからって俺で憂さ晴らししてんだあの人らはっ!! 今日も面談だとかいきなり言うしー!」

「あー、録と白春って受験生だっけかー。大学どこ行くんだ?」

「天国、俺の話聞いてたか……?」

「うん勿論。でもさー、無涯も真面目ってか、偉いよな」


 にこにこと語る天国に裏表というものは当然のように存在している筈もなく。
 珍しくも力の入っていた御柳は、毒気を抜かれてがくー、と机に突っ伏した。
 ああもうやっぱり天国には敵わない。
 そんなことを内心で呟きながら。

 天国は御柳のコップに2杯目のアクエリアスを注ぎながら、一人うんうんと頷いて。


「シャイツの実力と人気ならさ。充分メジャー行っても成功すると思うのに」

「まーなー……大学は行け、そこまで続かないのならその程度ということだ、だもんな……普通は言えねえっしょ、あんなん」

「無涯がリーダーだからこそ、お前らは上手く行ってる感じするよな」

「……それは、ある。あの人の統率力は俺、何だかんだで結構尊敬してっし」


 机に懐いたまま、ぶつぶつと御柳は言う。
 その、拗ねたような照れたような口調が何とも言えず幼く感じられて、天国は小さく笑った。
 ステージでどれだけ派手なパフォーマンスを見せても、大人びた言動があっても、やっぱり高校生なんだなあと思える。
 天国は笑いながら、御柳の頭を撫でてやった。
 よしよしと、子供にそうするように。

 御柳の髪は、見た目通りさらさらとしたストレートで。
 前に一度脱色してるのかと聞いたら、それはしていないが少し色を入れているという答えが返ってきた。
 学校は平気なのかと更に問えば、それはもうしれっとした顔で入学前からこの色で地毛だって言い張ってるから平気、と言われ末恐ろしいヤツだと思ったのを覚えている。
 あの時は、まさかここまで仲良くなるというか懐かれるというか、な関係になるとは思ってもいなかったのだけれど。


「構って貰えなくて淋しいなら、俺が少しは構ってやるよ。勉強とかもまあ少しなら、教えられると思うしさ」


 何気なく言った、言葉。
 それに御柳が、勢いよく顔を上げた。
 それこそがば、と音がしそうな勢いで。

 天国がそれに驚き、身を引く隙を与えずに、御柳は天国の手をがしっと掴む。
 上背がある御柳の掌はやはり大きくて、天国の手は包み込まれるような形になっていた。
 学校を卒業してしまえば身長を測る機会など殆ど訪れないが、伸びているかいないかぐらいは、まあ感覚的に分かる。
 高校卒業以後、身長の伸びはほぼ見受けられない天国にとって、現役高校生な御柳の体格の良さは正直羨ましいものだった。

 そんな天国の葛藤など知る由もないのだろう御柳は、何やらきらきら…いやむしろぎらぎらとした笑顔で、天国に言う。


「それ、マジで?!」

「え、あ、うん。忘れてないトコなら教えてやれっけど」

「うわー、それすっげ助かる! テスト前で暇そうな日とかさ、マジ頼んでいっか?」

「何だよ芭唐、お前そんなにヤバイのか?」

「数学はどん底。得意なヤツは勉強しなくても点取れるぐらいなんだけどさ」

「数学かー。数学なら俺ちょーど得意だから、教えてやれんぜ!」

「おー、やっぱ俺ってラッキーじゃーん。じゃ、宜しく頼むぜ天国セ・ン・セ」

「あっはっは、任せとけー」


 笑う天国は、知らない。
 御柳が内心でほくそえんでいたことを。
 そう、御柳は天国に勉強を乞うほどテストがヤバイ、なんてことはないのだ。
 実直真面目な屑桐がバンドのリーダーなのだから、成績不信になどなればどんなことになるか。
 それでなくとも、要領のいい御柳は何となく、で張ったテストのヤマがほぼ的中してしまうという特技を持っていて。
 そんな特技があるのだから、テストで苦労したことも、これから先苦労するようなこともない筈なのだけれど。

 御柳がそんな嘘を言い出したのは、当然のことながら天国と二人の時間、というものを勝ち取る為以外に他ならない。
 天国が得意な教科が数学であることも、勿論知っていた。
 勉強を教える、という天国の言葉を聞いた瞬間に、御柳の頭の中ではコンピュータ並の速度で計算が始まっていたのだ。
 そしてまんまと誘導し、勝ち取った天国との勉強会という権利。

 けれど、それだけで終わらないのが御柳だ。
 どれだけ経験豊富なのかこの男は。


「あ、なーなー天国」

「んん?」

「ベンキョの話、他のヤツには内緒な。特にうちのメンバーには」

「へ? なんでだよ、別にやましいことするワケじゃねーのに」


 だって邪魔されたらたまったもんじゃねーじゃん。

 ……と、内心で思っても間違っても口に出したりはしない。
 二人っきりの勉強会、なんてベタなネタにときめく日が自分にこようとは思っても見なかったけれど。
 障害が多すぎる恋ゆえに、引っ掴んだ権利は何が何でも離さない気になる。


「さっきも言ったっしょー? 俺、受験生二人に憂さ晴らしの対象にされてんのよ? これで天国とベンキョなんつったら、そりゃもう嬉々として嫌がらせされんじゃんよ」

「そ…っかぁ? そこまで非道じゃないだろ、何たってメンバーなわけだしさ」

「甘い、甘ぇよ天国! のほほんとした顔で容赦なくボディーブローをきめてくると思ってみろよ! もー恐ぇの何のって!!」


 オーバーリアクションで頭を抱え、腕を擦ってみせれば天国も乗ってくる。
 神妙な顔つきでうんうん、と頷いて。


「いやむしろそこまで構い倒すのは愛だな。愛以外にはナイな。うんうん、愛されてんなあ。よかったじゃん、芭唐」

「うーれーしーくーねーえーっつの! まあともかくだ。俺の心の平穏の為にこの話は他には内緒ってことで、ヨロシク」

「へいへい。芭唐にはまだ分かんねんだな、歪んだ愛ってヤツがな……」

「俺は歪んでない愛が欲しい……」

「ま、内緒なのな? りょーかーい」


 くすくす笑って、片目を瞑って。
 冗談混じりに言い放った天国に、御柳は心の中でガッツポーズをとる。
 天国は口約束だろうと何だろうと、約束はきちんと守る性格だから。
 これでつまり、御柳は正式に天国との勉強会をゲットしたわけになるのだ。

 御柳の思惑を知らない天国は、鳴り出した電話を取りにいった。
 その背中を頬杖ついて眺めながら、やべえ幸せかも、と御柳は思う。
 ここに来るまでは色々と最悪だった1日だが、一気に挽回してしまった。
 もしやその為に不運なことが続いていたのではないかとも思ってしまうほどに。
 嬉しさが押さえきれずに、御柳は天国がこちらを見ていないのを確認しながら、よっしゃ、とばかりに拳を握った。


 恋するオトコは、いやきっと誰しもが。
 必死で、不器用で、不恰好なのだ。
 カッコ悪いくらいに一生懸命で。
 ドキドキするぐらいにまっすぐになる。



 天国に対して色々と必死なのは、天国の周囲を取り巻く人間全てが同じことで。
 皆が皆、隙あらば一歩先へ行こうともがいて足掻いているのだ。
 知らぬは本人ばかりなり、な事実なのだけれど。

 とりあえず今日の所は、天国との勉強会を獲得した御柳がほんの少〜しだけ、リード。



END



猿野天国生誕記念2005!

第三夜は日記SSにて失礼いたします〜。
趣味に偏りまくったHBMシリーズ、趣味だからこそ御柳の話が最初なわけで(笑)
他バンド、他メンバーもぼちぼち書いていければなあ、と思います。
需要はおもっきしなさそうな設定ですが(ぅぅ)


UPDATE・2005/07/24(日)
(天国誕生日前夜!!)