日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/06/25(金)
SS・ミスフルパラレル]在りし日の幻に捧ぐ、恋歌(芭猿/戦争物)
額に巻かれた、真っ白いハチマキ。
 随分と長いそれは、風に揺れると白い軌跡を描く。
 その額には、何も描かれていなかった。
 あるはずの日の丸は、そこにはなかった。


   在りし日の幻に捧ぐ、恋歌


 命を言い渡されたのは、三時間ほど前のことだった。
 決行は、一週間後。
 一周間後の今日今頃は、自分はこの世にはいないだろう。
 命令の内容は、敵軍の艦に飛行機ごと突っ込むこと、だからだ。

 不思議と、恐怖はなかった。
 天国の前にも、同じ内容の命を受けた友人たちが何人も空へ飛び立っていたから。
 覚悟が出来ていた、というよりもどこか諦めにも近い心境だったのかもしれない。


「晴れるといいな、俺ん時も」


 ぽつり、誰にともなく呟く。
 空は、雲一つない快晴だった。
 何故か不思議と、特攻隊が飛び立つ日は晴れることが多い。
 晴れ渡った青い空に、彼らは命を散らしに飛び立つのだ。
 その青は哀しいほどに綺麗で、天国は幾度も友人たちの為にひっそりと涙を流した。

 空ぐらい、泣いてくれてもいいのに、と。
 上官は勿論のこと、家族だってその瞬間には泣いてくれはしないのだから。(家族が泣くのは戦死の通知が届いてからだ、それだって随分と時間がかかると聞いた)
 それならば、空ぐらいは。
 誰のためにでもなく、泣いてくれればいいのに。

 そう、思っていた。
 自分に同じ命令が下される、その瞬間までは。
 けれど、何故だろうか。
 いざ友人たちと同じ立場に立った時、心静かに、穏やかに晴れを望む自分がいる。


「御柳ー、そっちは晴れてっかー?」


 どこかおどけた調子で呼ぶのは、つい3日ほど前に死地に赴いた友人の名だ。
 友人、と言うには少しばかり近しい関係の。
 最後に見たのは、彼の背中だった。
 白いハチマキが風になびいて、まぶしかったのを覚えている。

 普通ならばその額には日の丸が描かれているのだが、御柳のそれには何も描かれておらず。
 不思議に思った天国がそれを問えば、御柳は皮肉げに笑った。

 国の為に、命散らそうなんざ思ってねーし。

 上官に聞かれたらタダではすまないような、そんな言葉と共に。
 御柳の素行は普段からあまりいいとは言えないものだったから、別段それにも意味はないのだろうと、天国はそう考えたのだが。
 笑いながら、御柳はこう続けた。

 お前の前に立ちはだかる奴が、少しでも少なくて済むように。いって来る。

 そう言った時の笑顔は、皮肉げなものではなく。
 どこか淋しそうな、それでいて嬉しそうな曖昧なもので。
 驚いた天国が御柳の頭に触れれば、御柳はますます笑みを深くした。




「雑魚掃除、してくれたんだろなー? ま、俺様にかかっちゃぁ……」


 言いかけて、急激に虚しくなった。
 口をヘの字に曲げて、天国は空を睨みつける。
 面影は、何故だか最後にみた背中ばかりだ。
 それが追い掛けても追い掛けても届かない幻のようで、訳もなく胸が苦しくなる。

 ああ、俺はやっぱりお前のことが好きだった。
 それが、友人としてか家族としてか、もっと別の想いからなのかは分からないけど。
 好きだった。今でも、好きなんだろうと思う。


「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」


 頭を過ぎった、和歌。
 今の心境としてはこんなところかな、とそれを呟く。
 涙は、出なかった。


END







和歌て。
アンタこのネタむしろ 村 中 兄 で やんなさいよ。
そんな呟き(むしろ一人突っ込み)をしてしまいました。

ちなみに作中の和歌は和泉式部です。百人一首です。
いやもうホント、村中兄でやれば良かった(笑)
でも浮かんだ後ろ姿が芭唐さんだったので。
藤原興風の「誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」
と悩みましたが。

晴れ過ぎた青空は、どこか淋しい。
そんなイメージを昔から抱いてたりします。
戦争物嫌いな方、ごめんなさいでした。