日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/06/05(土)
SS・おお振り]あなたがだいきらいです another


 傷つけるつもりじゃ、なかった。

 そんなの綺麗ごとだ。
 本気の想いは、どうしたって誰かを傷つける。
 それが、深く強い想いであればあるほど。



「廉、言って」


 榛名の言葉に、三橋はぼろぼろと盛大に涙を零しながら首を振った。
 言葉が出て来ないのだろう、その唇はきゅっと引き結ばれたまま。
 彼の強情さは、知っている。
 泣いて、震えて、それでも残酷なほどの貪欲さを、その身の内に宿しているのだ。


「言えないことないだろ? ホラ」


 優しく、穏やかに。
 けれど口にする言葉に、どれだけ三橋が傷ついているか。
 想像することは出来るけれど、三橋じゃない榛名には、やっぱり思い描くことしか出来なくて。
 それが無性に寂しいように思えて、榛名は三橋をそっと抱き寄せた。

 榛名の大きな手のひらに、三橋の肩はひどく儚く思える。
 けれどその儚さから想像しえないほどの強さが、そこにはある。
 幾度か目の当たりにしたこともあるそれに、驚きそして世界の価値観を塗り替えられていくような衝撃を覚えたのを、今でもハッキリと思い出せる。


「言わなきゃ、進めないだろ……」


 ぽつり、掠れた声が落ちた。
 その声は、自分でも驚くほどに弱々しい音で。
 榛名は、くしゃりと顔を歪めると三橋の肩にこつ、と額を押し当てた。
 今だ泣き続ける三橋の肩は、身体は、小さく震えていて。
 その原因はまごうことなく自分にあると分かっていながら、どうしようもなく慰めたい気分になるのを押さえきれなかった。

 泣くなよ、とその耳元で囁いたのなら。
 三橋は、どんな顔で自分を見るのだろうか。

 震える肩を離したくない。
 このままずっと、なんて。
 いつからそんなことを思うように、なったんだろう。


「廉、言ってくれよ、頼むから」

「……っ、や、です……っ」


 榛名の懇願にも、三橋はただ頑なに首を振る。
 その肩を抱いたまま動けない自分にも非はあるんだろうな、と。どこか他人事のように冷静に榛名は考えていた。

 それでも。
 立ち上がれなくなってしまうその前に、この手を離さなければ。
 愛しく思うのなら、尚の事。


「時間かかっても、いいから。キライって。大嫌いだって、言って?」


 ああ、言葉ってこんなに痛いもんなんだな。
 痛くて、切なくて、哀しい。
 それを言えと強要しているのは他でもない自分なのに、いざ三橋の口からそれを聞いたのなら、泣いてしまえそうな気もする。

 言えよ、と。
 言わないでくれ、と。

 相反する気持ちと、震える肩を抱きながら。
 榛名は、途方に暮れて目を閉じた。
 ふうっと洩らした息が首筋にかかったのだろう、三橋がぴくっと身じろいで。
 面倒なことが多過ぎる、と苛立った榛名は三橋の肩を抱くその指に少しだけ、力をこめた。


END




自作お題ムックの「貴方が 大嫌いです」の別ヴァージョンでした。
そう、元はといえば別れ話だったわけです。
メモで別れVerも残っていたので、加筆修正しつつここに持ってきてみました。
お題に沿ってるのは多分こっちなんでしょうけども。


UPDATE・2005/4/29