日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/06/03(木)
[SS・ミスフルパラレル]天国の涯【ヘヴンズエンド】9

【見下ろす景色、その街並】



「……マジに、何もねーのな」


 屋上に立った時、御柳が最初に言ったのはそれだった。
 御柳の言葉に天国は気分を害した様子もなく、むしろ呆れたような目をして。


「だーから言っただろ。何もねーんだって」

「こりゃホントに物干し場だな」

「それも言ったじゃん」


 色気も何もあったものではない。
 コンクリート張りの床は、吹きさらしのせいであまり綺麗とは言えないし。
 天国が言っていた通り何故かベンチが隅に置いてあったりもするし。
 その他は、洗濯物を干すのであろうロープが張ってあるだけで。


「あーでもいいじゃん。風、気持ちいーし?」

「だろ? 寂れた中でここから見る景色が俺様唯一のオアシスってーワケなのさ〜」

「キャラ違ぇし」

「うっせぇ! 黙って癒されてろ!」


 どこの世界に自分が働く場所を寂れた、と公言してしまう奴がいるんだ。
 大体癒されるのにそう凄まれたら効くもんも効かねーだろが。

 そう思ったが、ふと見た天国の横顔が本当にリラックスしきっていて。
 御柳は、寸での所で口を噤んだ。
 くるくると表情が変わる。
 怒ったり、笑ったり、喚いたり。
 かと思えば、闇色を覗かせたり。

 見ていて飽きないそれは、御柳にとっては貴重だと言えた。
 飽きないモノ=楽しいモノ。
 退屈を何より嫌う御柳には、天国のように自分の気を引き続ける存在は珍しく、かつ希少価値の高いものだった。



「お、教会とかあんのなここにも」


 何とはなしに見やっていた屋根の中に、十字架が見てとれた。
 特徴のあるそれは、ある程度距離があろうともその建物が何なのか一目瞭然で。
 呟いた御柳に、天国が目を向ける。
 視線に、御柳が天国を見返した。

 ぶつかったのは、何の感情も寄越されない、透明な瞳。
 ガラス玉のような、綺麗ながらもどこか紛い物のような。
 見覚えのある目だ。
 そう、思った。
 自分は何度も、そう数えきれないほどこんな目を見てきた。
 時と場所は違えど、どこにでもある。

 それは多分、人の心の闇と光、その狭間。


「なーに見てんの。何、まさか俺に惚れた?」

「っ、ちょっと意外だっただけだっつの。教会とか、そういうの気にするタイプに見えなかったからさ」

「あー? 別に気にするってほどでもねぇけどさ。どこ行っても同じだよな、と思っただけっしょ」


 あの十字架は。

 言えば、天国が僅かに目を眇める。
 そこに在るのは、哀しみでも喜びでもない。
 強いてあげるのならば、懐古とでも表現するのが1番近いか。
 懐古、だけではなく。
 様々な感情が綯い交ぜになったその瞳に、御柳は焦燥感にも似た気持ちを覚えていた。

 何を、見ているのか。
 何を、考えているのか。
 ここではないどこかを見ている、その目に映るのは。映っているのは。

 一体、何なのだろうか。


「……だけど、ここから見りゃ全部同じだよ。悪いことも、いいことも」


 懺悔なんて、ここからじゃ届きもしない。

 呟いた天国の細い声は。
 風に浚われ、御柳に言葉を挟ませてはくれなかった。







屋上紹介。
何もありませんけれど(笑)