日々徒然ときどきSS、のち散文
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2004/05/23(日)
SS・ミスフルパラレル]天国の涯【ヘヴンズエンド】8



【フルハウス】



 ただいま、そう言って笑った青年は階段を上がってくると二人の前で足を止めた。
 背が高く、御柳と目線が並ぶほどだ。
 二人と一緒に立っていると、天国が小さく見える。
 決して天国が低いわけではないのだろうけれど。


「あれ〜? もしかして2号室、入ったんだ?」

「おう、今日からな」

「ふ〜ん。しっかし、見事に男ばっかりになっちゃったねぇ、これで」

「いんだよ。麗しいお嬢様方はこんな小汚い所にいちゃいけねーだろ」


 小汚いって、自分の働いている場所にそこまで言うか、普通。
 思わず呆れるが、御柳は懸命にも口を閉ざしておいた。
 天国の言葉に、青年はそうかもね〜、などと頷いている。


「俺も、妹にはここで暮らして欲しくないな〜」

「暮らさせる気もねーくせに」

「あはは、まぁね〜」


 間延びしたような喋り口調は、どうやら彼の癖らしい。
 御柳が男を見ていると、視線に気付いたのか青年はにこりと笑んだ。
 穏やかな物腰。
 だけれど、どこか油断ならないと。
 そんなことを、御柳は考える。


「俺ね、3号室なんだ〜。名前は」

「フルハウス」

「ちょっとちょっとてんごく君〜」


 言葉を遮り、天国はけろりとそんなことを言う。
 天国の言う儀式こと、呼び名を彼もつけられているのだろう。
 それが、フルハウスというわけらしい。
 既にヴィシャスという名を付けられてしまった御柳は、説明されずともそれを瞬時に解した。


「んで、こっちの新住人がヴィシャスな。仲良く……は別にしなくてもいいけど、揉め事起こすなよ〜」

「ヴィシャスで紹介すんな。俺は本名でいいって言ったっしょ」

「どうせそれで呼ぶんだから一緒だろ」

「一緒じゃねーし」


 大体管理者が仲良くしなくても別にいい、とのたまうのもどうかと思う。
 青年を見やれば、彼も同じようなことを考えたのだろうその顔には苦笑が浮かんでいた。
 青年は手を伸ばすと、くしゃりと天国の頭を撫でる。
 弟か何かに接するように。


「ま〜たあだ名付けたんだ? 好きだねぇてんごく君も。ていうかさ、俺のこともいい加減名前で呼んでくれよ」

「それをアンタが言うか。俺はてんごくじゃねーって何度言っても聞かないくせして」

「いいじゃないか〜、てんごくだって意味は同じだろ? あ、俺は剣菱ね。ちなみに本名だから。どーぞヨロシク」

「ああ、俺は御柳っての。コイツはあー言ってっけど、まぁ人並み程度の付き合いはできるしするつもりなんで」


 コイツ、と言いながら御柳は天国の後ろ頭を軽く小突く。
 小突かれた天国は御柳を睨んで、子供のように小さく舌を出した。
 そんな天国を見て剣菱がふっと笑った。
 優しげな表情。
 けれどそこに、微かに過ぎるのは憐憫の情にも似た何か。
 一瞬のことだっただけに、それが何か判断することはできなかったけれど。


「しっかしお前、マジで俺以外にも変な呼び名付けてんのな」

「変ってなんだ、失礼な!」

「事実を述べたまでデスガ?」

「っきぃ〜! その中途半端な敬語やめやがれぇ! ムッカつく!」

「そりゃ失礼」


 にやにやと笑いながら言ったのでは、言葉に説得力の欠片もない。
 御柳のそんな表情をしっかり見てしまった天国は、不機嫌そうに眉を顰めた。
 それ以上の言葉を言ってこないのは、言っても無駄だと悟ったからだろう。
 なかなかの判断力だと思う。


「ま、いいんじゃないの? ここに居る人間は多かれ少なかれ名前なんて忘れたも同然の人間なんだからさ〜」


 軽い口調で。
 ぽつり、世間話をするような言い方で、剣菱はそんなことを言った。
 静かな声、それでも耳に響く音。
 何でもないような言い方、それなのにひどく重い。

 御柳は思わず剣菱を見やっていた。
 その表情は、相変わらず穏やかだ。
 けれど、だからこそ紡がれた言葉が重く感じられる。
 苦渋と辛酸を舐めてきた、そんな人間だからこその言葉、表情。

 御柳に聞こえたのだ、天国に剣菱の言葉が聞こえなかったはずはないだろうに。
 それでも、天国は答えを返そうとはしなかった。
 その表情は変わらない。
 読めないカードのように。


「フルハウス、この後は何もねーの?」

「うん。夕飯まで部屋で寝てようかと思ってね〜」

「そか。じゃあ夕飯出来たら起こしに行くな」

「うん、ヨロシク〜。じゃあオヤスミ、御柳くんもまたね〜」


 ひらひらと手を振り、剣菱は自室へ歩み去って行く。
 御柳は取り敢えず軽く会釈をするに留めた。


「俺らも行くか。屋上拝見ツアー♪」

「ああ、そうだな」


 へらりと笑って、天国は屋上へと続くという階段に向かう。
 2階へ上がる為に使った階段に比べて、随分と狭くて急だ。
 天井が低く、昇りにくいという感は否めなかった。
 前を歩く天国は、上がり慣れているのだろう足取りも軽くぽんぽんと上がっていく。


「なあ、聞いてもいいか?」

「んー?」

「あの人は、なんでフルハウスっての?」


 なんとなく、気になった。
 フルハウスと言えば御柳得意のポーカー、その中の役の一つだから。
 天国は階段を上りながら、御柳の方を振り返る。


「ポーカーやったら、3回連続でフルハウス出したから」

「……へえ、そう」



 気の抜けたような、そんな返事しかできなかったのは。
 仕方ないことだった、と思いたい。










細切れ連載、1000文字のはずが今回は大盤振る舞い!
2000文字超えちゃった!(笑)
いつもより多めにお送りしますv

やっとこ他の住人がちゃんと出せたのでその喜びが思わず量を増やさせました。
剣菱さんです。
3号室です。

ちょ〜…っと苦手。
とか言ってたのが嘘のように書けちゃいました。
流石パラレル! 気持ちイイ!(どないやねん)
彼がフルハウス3回連続で出した場面とか、見てみたいな〜(他人事?!)

しかし御柳さん、何故に剣菱氏をそないに警戒なさるのか。
野生動物の勘かしら〜??
きっと瞬時に「コイツ最恐だ…」と本能が悟ったのね(笑)