日々徒然ときどきSS、のち散文
過去の日記カテゴリ別

2004/05/12(水)
SS・ミスフルパラレル]黒曜石が映す景色は(天国の涯設定)



天国の涯【ヘヴンズエンド】設定、番外編第四段。
登場人物、天国と黒豹。





【黒曜石が映す景色は】



「郵便でーす、毎度おおきに」


 かららん、とベルの音。
 それに重なるように空気に乗せられる、声。
 今日も今日とて閑古鳥のなくカフェには、客の姿はない。
 買い物に出かけてしまった店主屑桐を待っていただけの天国は、聞き慣れた声にふっと笑顔になった。


「ようクロ、久し振りだな」

「せやな。顔合わすんは2週間ぶりか?」

「16日だよ、正確には」

 折り目正しく言い直せば、クロと呼ばれた男はへらっと笑う。
 その笑顔の意図が分からず首を傾げれば、男は指を振った。


「そないに正確に覚えてくれとるっちうんは愛の証やな〜、と思てん」

「……アホか」

「ちうかええ加減に黒豹て呼んでくれてもええんちゃうか? クロクロて、犬やないねんから……」

「人のこと言えねーだろ、それは」

「ええやん。天ちゃんて呼びやすいねんて!」


 言っても無駄だ。
 思いながら天国は棚からカップを出すとそれにコーヒーを注ぐ。
 そのカップは、いつからか彼専用のものになってしまっていた。

 男の名は黒豹。
 この街で何でも屋兼仲介屋を営んでいる。
 天国の涯の住人の中にも、彼の持ってくる仕事で稼いで入る者も少なくない。
 住人ではないにせよ、彼の存在は多かれ少なかれ天国の涯に影響をもたらしているのは間違いない。

 天国は彼をクロと呼び、黒豹は天国をテン、と呼んだ。
 まるで動物に付けられた名前のようなそれを、けれど口で言うほどに二人は嫌がっているわけではなかった。
 住人同士の間に築かれたものとはまた違う、しかし確かな信頼関係。
 子供のような名前で呼び合う二人の間には、そんな空気が確かに流れていた。


「ほいよ、クロ専用ブレンド」

「んー、おおきに。色んなトコで飲んできたけどな、ここのコーヒーがいっちゃん美味いわ」

「淹れがいがあるよ、そう言ってくれるとさ」

「ホンマやで。天が淹れてくれとるもんやさかい、尚更や」


 コーヒーを口に運びながら、黒豹はてらいもなくそんなことを言う。
 出会った当初から何を考えているのか分からないと思ってはいたが、相変わらずその考えの及ぶ所はよく分からない。
 けれど。そんな彼が時折見せる、営業用ではない笑顔は天国の好みだった。
 それに、何だかんだで好かれるのは嬉しい。
 好かれる、というよりも懐かれる、といった風情の黒豹の感情の表し方は天国にとっては分かりやすくてありがたかった。


「どっか行ってたのか?」

「ああ、仕事でな。ちょい遠出しててん」

「ふーん。ヘルがぼやいてたぜ、クロがいないから仕事が回してもらえないって」

「あーのあんちゃん、ちっとは自分で探そうっちう気はないんかい」

「頼られてんだろ? 良かったな〜?」

「図体のデカイ男に頼られても嬉しないわ」


 カワイイ女のコやったらまだええのに、などとぼやく黒豹を見ながら、天国は可笑しくて笑った。
 当の本人、ヘルこと犬飼がいたらおそらく顔を顰めたであろう違いない物言いが、なんだか無性におかしくて。
 笑い出した天国を、黒豹は驚いたように見つめたが。
 自身もまた、天国の笑顔につられるようにふっと笑んだ。

 黒豹は、おそらく日の当たる世界ばかりで暮らしている男ではないのだろう。
 その黒曜石のような瞳が、時折どんな闇よりも深い色をしているのを、天国は何度か目にしていた。


「俺もお前のことは頼りにしてるよ、クロ」


 笑いながら、けれど紡ぐ言葉は本音から零れた。
 飄々とした、掴みどころのない男だけれど。
 その深い闇色をした瞳を、キライだとは思えない。
 むしろ、闇を湛えたその色は他の何より正直で綺麗なのではないかとさえ思う。

 人は、己の昏い部分には目を背けてしまいがちだ。
 汚いと、醜いと分かっていながら正視できるのは確固たる精神力を持っていなければできないこと。
 けれど、黒豹はそれが出来る人間なのだろう。
 薄く笑いながら、自分の陰惨な部分をもさらりと認められる。
 彼の目は、そんな目だった。


「……クロ?」


 返事がないのを訝しく思い、洗い物をしていた手を止めて黒豹を見上げれば。
 何やら激しく感動しました、とでも言いたげな顔で天国をまじまじと見つめている目がそこにはあった。
 思わず後ずさりそうになりながら、天国は問う。


「何お前、どしたんだよ」

「いや〜……何やむっちゃ感動してん」

「何が。なんで」

「やって俺、むっちゃくちゃ天ちゃんに愛されとんなぁって」

「何がどうなったらそんな結論に達するんだよ」

「ええてええて。もう隠さんでも気持ちは分かったわ」


 いや、それは流す所じゃないだろ。
 言いかけたところで、カフェの奥、天国の涯からのドアが開いた。

「ヘルじゃん。どうしたんだよ?」

「……仕事」


 立っていたのは犬飼だった。
 ずかずかと、黒豹の横まで大股で歩み寄るとずい、とその大きな手のひらを差し出しぼそりと呟く。
 黒豹の顔が引き攣るのを、天国は確かに見た。


「俺かて依頼こなして帰ってきたばっかやねんぞ?! 仕事仕事て、ちっとは自分でも探してみいや!」

「仕事、くれんのも仕事だろうが」

「うぐっ。天ちゃ〜ん、アカンわ、躾しなおしてんか」

「無理だ。頑張れ」

 受け答えは、にっこりと極上の笑顔をもってして。
 けれど言葉は、突き放すどころか突き刺さる勢いの響き。
 がく、と頭を垂れた黒豹は、けれどすぐに立ち直った。


「やったるわ。ここで挫けとったら何でも屋の名が廃るしな」

「また来いよな」

「おー、天ちゃんの顔見に来たるわ」

「行ってくる」


 にっこり笑顔の黒豹と、無表情のまま言う犬飼と。
 対称的な二人に、天国は思わず吹き出した。
 それでもひらひらと手を振って送り出してやる。



 同情しているわけじゃない。
 まして、救おうとなんて思えるわけがない。
 それでもただ、この目を否定することはできない。
 したくない。
 だから、天国は今日も彼の訪れを笑って受け容れ、そうして彼の気に入るコーヒーを注ぐのだ。
 その黒曜石を見ながら、ただ静かに。








番外編。
本編で出てきてもいない人ですよまた。
何故か気分が盛り上がって書いてしまった黒豹さん。
関西弁万歳。(しかし適当なので多々間違いがありそうなのがイタイ)

番外編は番外編で、一応タイトル同じ系統にしてるんですけども。
……分かってもらえてますかね?(笑)